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『あの庭は妻の趣味だから潰せ』と仰ったそうですね。  作者: 秋月 もみじ
第2章

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第6話 異端の系譜


ゲルトルート・フォン・ハイデンベルクは、馬車ではなく騎馬で来た。


五十五歳の女性が一人で早馬を駆る姿は、王宮の筆頭植物魔法師という肩書から想像するものとは違っていた。銀髪を低く結い、旅装の袖をまくっている。馬を降りる動作に無駄がない。この人は机に座って命令する類の魔法師ではない。


エーリヒの館の前で馬を止め、荒野を見渡した。その目が、試験区画の深根樹を捉えたとき、一瞬だけ呼吸が止まるのが見えた。


「ブルーメンタール式ですね」


開口一番、それだった。挨拶もなく。


「おわかりになりますか」


「根の伸ばし方に特徴がある。地表の樹形で地下の根の形を読むのは、植物魔法師の基本です。あの深根樹は、地下水脈に向かって一直線に根を伸ばしている。通常の深根樹は扇状に広がる。一直線に導けるのは、ブルーメンタール家の技術だけ」


技術的な分析が正確だった。この人は植物魔法の実力者だ。水脈浄化こそ専門外でも、植物そのものへの理解は深い。


「フローラ・ブルーメンタール殿」


「はい」


「事前評価のために参りました。学術委員会に報告書を提出する前に、あなたの技術を直接確認したい」


口調は丁寧だが、温度がない。事務的だ。でも敵意とも違う。品定め、という言葉が近い。技術者が技術者を見る目。


「ご案内します」


◇◇◇


試験区画を歩きながら、ゲルトルートは土に触れた。


片膝をついて、土を指で摘む。匂いを嗅ぐ。舌には乗せなかった。私のやり方を知らないのか、あるいは知っていてやらないのか。


「鉄分の減少が早い。浄化蘭の活性が高い証拠ですね」


「はい。土壌のpHは着手時の4.8から現在5.6まで回復しています」


「一年二ヶ月で0.8。悪くない」


褒めているのか、そうでないのか。声の抑揚が読めない。


深根樹の幹に手を当てた。私と同じ動作。根の状態を感じ取ろうとしている。長い沈黙の後、手を離した。


「水脈に到達していますね。深度は」


「推定四十五メートル。ヴァイスフェルト領の深根樹より浅い位置です」


「ヴァイスフェルトでは」


「八年かかりました。ここでは七ヶ月です」


ゲルトルートの目が細くなった。初めて、事務的でない表情。


「八年と七ヶ月。条件の違いだけでは説明できない差ですね」


「経験です。十三年間の」


「……ええ。そうでしょうね」


ゲルトルートの声に、何か、苦いものが混じった。植物魔法師にしかわからない苦味。技術を認めると同時に、何かを呑み込んでいる。


◇◇◇


作業場で茶を出した。ゲルトルートは薄荷茶を一口飲み、「土耕。根が長い」と言った。マティアスと同じ反応。水を知る人は、水の味で語る。


「一つ、お話ししておくべきことがあります」


ゲルトルートが茶碗を置いた。


「私は三十年前、あなたの祖母に弟子入りを申し込みました」


手が止まった。


「祖母に」


「ブルーメンタール家を訪ねたのは、私が二十五歳のとき。あなたの祖母は当時すでに高名な植物魔法師で、水脈浄化術の存在は魔法学者の間で噂になっていた。私は王宮を辞してでも学びたいと思い、門を叩きました」


三十年前。私が四歳のとき。祖母はまだ健在で、実家の庭で私に植物魔法の基礎を教えていた。


「断られました」


「……なぜ」


「あなたの祖母は言いました。『この技術は血筋に依存する。ブルーメンタール家の魔力特性がなければ、習得できない。教えても無駄になる。申し訳ない』」


血筋に依存する。祖母がそう言ったのか。


私は知らなかった。祖母からは「誰にも教えるな」と言われたが、「血筋に依存する」とは聞いていない。というより、本当にそうなのか。ルートヴィヒは血の繋がらない義理の息子だが、基礎理論を理解し、庭師として実践を始めている。魔力がないから術は使えないが、知識は受け継いでいる。


「断られてから三十年、私はこの技術を『異端』と呼んできました」


ゲルトルートの声が低くなる。


「正直に申しますと、恨んでいたのかもしれません。学びたかった技術を拒絶されたことを。そして、その恨みが『異端』という言葉に変わったのかもしれません」


率直だった。この人は、自分の動機を隠さない。隠す気がないのか、隠せないのか。どちらにしても、この正直さは嫌いではなかった。


「ゲルトルート様。祖母は間違っていたかもしれません」


「……何を」


「血筋に依存するという点です。私の義理の息子は、ブルーメンタール家の血を引いていません。でも、植物魔法の基礎理論を理解し、庭の復元に取り組んでいます。この技術は、学びで受け継げる可能性がある」


ゲルトルートの手が、テーブルの上で止まった。袖口を無意識に摘んでいる。


「それを、学術委員会で証明できますか」


「証明します」


「私は、あなたの敵になるかもしれませんよ」


「構いません。技術の正当性は、敵味方で変わるものではありませんから」


ゲルトルートが立ち上がった。何かを言いかけて、止めた。代わりに、小さく頷いた。


「王都で会いましょう。学術委員会の前に。あなたの技術が本物かどうか、私が判断します」


◇◇◇


ゲルトルートが去った後、エーリヒが作業場に来た。


「あの人は強い」


短い感想。でも、エーリヒが「強い」と言うとき、それは純粋な評価だ。敵であれ味方であれ、強さは強さとして認める。この人はかつて軍人だった。辺境での戦闘を経験している。敵の強さを正確に測る目を持っている。


「だが、あなたの方が強い」


二言目が来ると思わなかった。エーリヒは普段、一言で止まる。二言目が出るのは、よほど言いたいことがあるとき。


「そうでしょうか」


「あの人は三十年前に断られて恨んだ。あなたは十三年間否定されても、やめなかった」


それは強さではない、と言いかけた。やめなかったのは、やめられなかっただけだ。庭を捨てるという選択肢が、私にはなかった。根を引き抜いたら植物は死ぬように、庭を捨てたら私が死ぬ。


でも、エーリヒの目を見たら、反論する気が失せた。この人は、私を強いと思いたいのだ。そう思わせておくのも、悪くない。


「ありがとうございます」


「……ああ」


そう言って、エーリヒは出て行った。普段通りの速さで。でも出口で一瞬だけ振り返って、こちらを見た。目が合った。すぐに逸らされた。


あの目は何だったのだろう。心配。信頼。それとも、もっと別の何か。


名前をつけるのは、やめておく。名前がなくても、伝わるものはある。

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