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イチの体験入店 スウィートバウム少女石化事件4

  イチはギーミッツとの面談を終えると帰りがけに立ち食い蕎麦の屋台でベーコン蕎麦を啜ってから彼女の住んでいるルーナハイムと呼ばれる寮に帰った。

ルーナハイムは近年スウィートバウムに出来始めた冒険者向けにシェアハウスで、2階がそれぞれの寝室やシャワー・トイレで、1階は広めのリビングとダイニングキッチン、そして管理人であるイリナ・ジーフ(人族42歳・女性)の居室となっている。

ルーナハイムは冒険者向けのシェアハウスでも珍しい女性用シェアハウスだった。

イチがルーナハイムに戻ると、リビングには治癒魔術師のローブを来たままのミュルガルデと、赤いTバックのショーツの他は肩からかけたタオルで胸を隠しただけというだらしない格好のエルビアニカが木のジョッキでエールを飲みながらソファに座っていた。

コーヒーテーブルの上に置かれたティーカップからは湯気が出ている。

まだ話し始めてから時間が経ってないのだろう。


 「イチさん、どうでしたか?」


 「先に着替えてくる」


 ミュルガルデにそう答えてイチは2階の自室に一旦戻ると、雑にガンベルトや衣服を脱ぎ捨て群青色の下着姿になり部屋着にしているTシャツだけ羽織って居間にやってきた。

先程少し雨に濡れたせいか下着姿だけでいるには肌寒い。


 「寒くないのかエルビアニカ?」


 イチはミュルガルデの隣に腰を下ろすと、片膝を立てながらエールを喉に流すエルビアニカに聞いた。

この29歳人族の女性は殆ど全裸に近い格好でその引き締まった肉体を見せつけている。毎日のようにエールを飲んでいるのに何故このプロポーションを維持できるのだろうか。


 「おばさんになると寒さに鈍くなるのさ」


 時にエルビアニカはこういう自虐的なジョークを言って人を揶揄う。彼女は婚期を逃している事をさりげなく気にしていた。

ちなみにルーナハイムの入居者で最高齢はハーフ・エルフのタオ・メイメイで彼女は36歳だが、ハーフエルフの成長速度は人の約3倍ほど遅いので実質的には12歳である為、エルビアニカを最年長と見て良いだろう。


 「メイメイは?」


 イチはいるはずのメイメイがいないのも気になった。


 「明日の朝から依頼でしばらく旅に出るそうです。今日は早寝をするって……」


 ミュルガルデから聞いてイチはミュウの調査にメイメイの手を借りる事ができなくなったので僅かに手痛さを感じた。

いざ荒事となるとタオ・メイメイは頼りになる。


 「ミュルガルデは何か情報を掴めたか?」


 「いえ、それが……」


 ミュウの部屋を改めさせてもらいはしたが、彼女の足跡を辿るための手がかりらしき物は残されていなかったと言う。

それどころか、部屋の大家はミュルガルデから魔法使いにミュウが石化された事を知ると、明日にでも部屋を整理するつもりだと言っていた。


 「ひどいですよね。まだミュウちゃん、死んだわけじゃないのに……」


 「____そうだな」


 そう言うイチだったが、大家の言い分も止むを得ないと心のどこかで思ってしまった。

全身が石化した者が、仮に魔法が解けたとして、いったいどの程度の確率でその生命活動を再開できるのだろうか?


 「あたしが知ってる限りじゃ、1ヵ月石にされた状態から立ち直ったのもいないわけじゃないんだ。なんにせよ早めに魔法を解いてやる事さね」


 こう言うエルビアニカの1ヵ月という言葉の信憑性は怪しい。

全身が石化したにも関わらず一命を取り留めた者の最長石化期間は記録されている限りだと半月であった。

イチとミュルガルデを元気付けようと話を盛った可能性は多分にある。


 「しかしなあ、今日はフェーンという深夜喫茶嬢の失踪がミュウの石化に関わってるんじゃないかと思って調べてたんだが、どうも空振りな気がしててな」


 そう愚痴を漏らすイチにエルビアニカが興味を示した。


 「深夜喫茶嬢の失踪……」


 「ああ、エルビアニカは知らないよな。つまり____」


 イチはエルビアニカとミュルガルデにミュウが深夜喫茶嬢のフェーン捜索に関わっていた事、フェーン捜索の依頼主であるギーミッツに会った事、ギーミッツの様子から見て単にフェーンが行方をくらませただけでミュウの石化と関わりがあるか怪しくなってきたという事を話した。


 「いや、イチちゃん。結論を急ぐのは早いね。フェーン失踪とミュウちゃんの石化が関連してる可能性は多いにあるよ」


 「そうだと良いんだが……」


 「夜の世界の女が急に居なくなる事なんざ珍しい事じゃない。捜索願いを出されるほうが珍しいくらいさ。ギーミッツはバカな男だろうけど、ギーミッツがいなかったらミュウちゃんがフェーンの捜索に手を出す事もなくて、そうなら石化させられる事もなかったって考えたほうが自然ってもんさね」


 エルビアニカの言葉は冷静で、それだけでなくポジティブでもあった。

 

 「そしたら私は、どうしたらいいでしょう……」


 ミュルガルデはエルビアニカに意見を求めた。特別エルビアニカがこの調査のリーダーというわけではないが、こういった場合エルビアニカは相談を持ちかけられる事が多い。


 「そうさね……」


 エルビアニカは人差し指の側面を鼻筋に当てて考えると、


 「ミュルガルデはセクサティギーを中心に最近他に深夜喫茶嬢やそれに近い子が失踪した事件がないか探ってみるといい」


 「わかりました」


 「イチちゃんは、フェーンが勤めてる深夜喫茶の場所はわかったんだろう?」


 「ああ。勿論だ。そこに行って色々調べてみるつもりだ」


 自信ありげに言うイチだったがそんなイチの出鼻をエルビアニカが挫いてやった。


 「ダメダメ。夜の世界ってのはね、外から来た連中、特に冒険者なんかがコソコソすんのを嫌うんだよ」


 出鼻を挫かれて多少ムッとしたイチではあるが、エルビアニカの言う事ももっともだった。

イチは過去にスウィートバウムで発生した歴史上初の下着泥棒事件を解決した際に、似た経験をして危うく情報を得られなくなるところだったのだ。


 「じゃあ、どうすればいい。あんまり時間はかけられないんだぞ」


 「ちょうどフェーンが抜けて人手の欲しい店があるんじゃないか?そこに体入しちまえばいいんだよ」


 ちなみに体入とは体験入店の事である。今でもガールズバーやコンカフェでは雇用の間口を広げるために体験入店のシステムを取り入れている店が少なくない。


 「は? 体入だって?」


 エルビアニカの意外な言葉にイチは間抜け顔で聞き返した。


 「つまり、イチちゃんが深夜喫茶嬢になっちまえば良いんだよ」



 その後、多少の葛藤はあったがイチは結局エルビアニカの助言通り深夜喫茶の体験入店を試みる事にした。

もしミュルガルデの友人であるメェメが有力な情報を掴んでいたらまた別の方針も考えられただろうが、結局彼女も空振りで終わった。


 夜になればこそ歓楽街セクサティギーは本来の姿を見せる。

ガス灯を豪華に使った赤色の電飾アーチが街の賑わいを象徴し、そのアーチを潜れば1番街で、そこから大きく分けて全部で8つの区域に分かれる。

イチはこの街が好きではない。

この街は女が歩いていると見ればどこからともなく湧いて来た男どもが下心を原動力に群がってくると言っても過言でない。

(※拙作のスウィートバウム連続下着泥棒事件にその一端を書かせていただいたのでもしご興味があれば……)

結局、この日も数人の怪しげな男達をやり過ごしてイチは3番街人形通りの怪しげな煉瓦作りの2階建ての建物の前に辿り着いた。

ここには同じ建物に4件の店が入っており、フェーンが働いていた店は2回西側の『ハピネス』という深夜喫茶であった。

店の入り口には魅力的な少女のイラストと一緒に店の料金システムが書かれている。


 ____意外と安く飲めるんだな。


 そう思ったイチではあるがこれは彼女の世間知らずである。

確かにただ酒を飲むだけなら1時間いてもそう大した金額にはならないが、結局最初に表示された金額の3倍以上の会計になる事の方が多いし、店のキャストは全力でそうなるよう誘導するのが仕事でもある。

ともかく、ここまで来たからには扉を開けるしかない。

意を決して緑色に塗られた木製のドアを開けると、暖色のオイルランプで照らされた薄暗い店内が見えた。

壁紙やカウンター、椅子などはシックな黒色で塗られておりどことなく大人の世界を連想させる。


 「いらっしゃい………お客さん、でいいのかな?」


 店内にはまだ早い時間のせいか客がいないようで、イチと同じくらいの人族の少女が大胆に胸元や太股を露出した先鋭的な服を着てカウンターの中できょとんとした顔をしていた。


 「実は、体験入店、してみたくて……」


 「ああ! そうなんだ」


 人族の少女は納得した様子を見せるとカウンターの奥の従業員用の空間に一度引っ込むと鬼人族の女性を連れて来た。


 「セーゲンさん。体入だって」


 セーゲンと呼ばれた女性は鬼人族で、額から出ている一本角をマニキュアで光沢のあるピンクにしている。

眼はマグマのように赤いが、そのくせ肌は異様に白い。

短く切った髪は金髪に染めているのだろう。途中で黒色になるようグラデーションしている。

鬼人族にしては小柄で170cmほどの身長でバストサイズもEカップ前後ではないか。

見かけこそ若く見えるが、どことなく漂う疲れた雰囲気から30歳は過ぎているようにイチは思った。


 「入れんの?」


 「は?」 


 セーゲンはイチの顔をしっかりと見てから、胸からつま先までそのプロポーションを値踏みしていた。

今のイチは冒険者の身分を隠す為に青いベレー帽にレモン色の花柄チュニックという完全な私服姿なのだが、セーゲンの言葉からはわかりにくいもののイチの容姿だけを見て店で働かせる価値があると踏んだのだろう。


 「だから、今日から入れんのって聞いてんの」


 このようにしてイチの深夜喫茶体験が始まったのである。

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