ギーミッツとコンカフェ嬢のフェーン スウィートバウム少女石化事件3
それから2人はひとまず冒険者ギルド某支部内のフリースペースである大テーブルの一角を使い今後の方針を簡単に共有した。
まずミュルガルデがミュウの部屋を尋ね、ミュウが石化されるまでの動向を辿る事ができないか調べる事にした。
メェメはインダスバウムでミュウが石化される前の目撃情報がないか聞き込む。
イチはフェーン捜索依頼の依頼者であるギーミッツに接触する事に決めた。
メェメが単独でインダスバウムでの調査を申し出たのは、単純に彼女は文字が読めないので何か日記やメモ書きのような物を見つけても内容を理解できないからという理由がある。
この時代、まだ連邦内の識字率は十分とは言えなかった。
直接の関わりのないイチがミュウの部屋に立ち入るのも不自然なので、部屋の調査はミュルガルデに任せると言う訳だ。
3人は毎朝某支部に集まり調査の進捗を報告し合う事を約束し、各々が行動を開始した。
蛇足ではあるが、この石化したミュウを救命する行為に対して報酬は発生しない。前述の通り報酬が発生するためには、誰かがミュウを助命するための報酬を用意するか、冒険者ギルドが必要性を感じギルドからの依頼として報酬を用意するかであったが、この時点でも後になっても事態は変わらなかったであろう。
ミュルガルデとメェメは友誼の為に、イチは己の正義と人情が命ずるままにその自由に動く脚を動かしたのである。
イチは某支部でモーリンから紹介状を貰うと、その日の晩にギーミッツの家を訪ねる事が出来た。
冒険者ギルドから発行された書類を見てギーミッツは快く彼の部屋にイチを招いてくれた。
ギーミッツの部屋はスウィートバウムの中でも比較的裕福な者が集まる一画のマンションで、2階に住んでおり、単身ではあるが居間がひとつに寝室がふたつという十分すぎる広さの部屋を借りていた。
「少し前に引っ越したんですよ。いずれフェーンと住む時に備えて」
そう語りながらギーミッツはイチを居間のテーブルに着くよう促すと、品の良いティーカップに淹れた紅茶を出してくれた。
ティーバックの紅茶だが安くないのかなかなか香りが良い。
部屋を観察すると家具の質が良く、なかなか暮らしぶりが良い事を伺わせた。
ギーミッツは平社員ではあるが、シローキンカンパニーは潤っているのだろう。給料はなかなか良さそうだ。
「すみません、僕のために狼階級の方が動いてくれるなんて」
「いや、お気にせず」
イチの目から見てギーミッツは40手前くらいに見え、左目に比べて右目がやや小さい事以外は至って平凡な顔であった。
背格好も平均的であるが、黒い髪に白髪が多く混じっているので、それなりに苦労しているのかもしれない。
声の調子や物腰から穏やかな人間性が伺え、年齢的に魔王大戦を経験しているはずだが、もしかすると当時は戦災を恐れて大日国にでも逃れていたのかもしれないとイチは思った。
「それで、どうでしょう?フェーンは見つかりそうですか?」
イチはなんと答えた物か迷った。
起きた出来事をそのまま伝えたら目の前の穏やかな男は心を掻き乱されてしまうかもしれない。
そうなれば得られたはずの情報をとりこぼす恐れがある。
「なかなか見つからないのが現状だ」
結局、石化したミュウの事は伏せておく事にした。
「そうですか」
ギーミッツはイチの答えに気落ちした様子を見せた。
フェーンが失踪してから毎日彼女の身を案じていたのだろう。
「こういう事は小さな情報が手がかりになるんだ。フェーンの事を詳しく教えてくれないか」
「ええ、彼女の事なら」
心なしか少し嬉しそうな口ぶりでギーミッツはフェーンの事を話し始めた。
二人が出会ったのは歓楽街セクサティギーの深夜喫茶だった。
深夜喫茶とは現代で言うガールズバーやコンカフェのようなもので、若い女性が手早く金銭を稼ぐ手段として世に広まりつつあった。
19世紀、戦後のバルティゴ連邦は未婚率が急上昇した時代でもある。
理由は明らかになっていないが、女性が活躍する時代になった事で結婚を重要視しない女性が増えたからではないかと見ている学者も少なくない。
ギーミッツも19世紀のバルティゴ連邦で異性獲得に悩む男のひとりであった。
そして深夜喫茶でフェーンと出会ったのだと言う。
「深夜喫茶の女と付き合っていたのか」
イチはギーミッツの話に困惑した。
イチは色恋沙汰には疎いが、深夜喫茶で働く女性が果たして目の前の平凡な男に恋をするだろうか?
「結婚をしたら店を辞める約束をしていました」
「その、つっこんだ話をしていいかわからんが、デートなんかもしたのか?」
「ええ、何度か」
「そ、それじゃあ恋人同士がする事も」
イチは年齢の割にはウブなところがあり、男女の営みを想像し少し顔を赤くしてしまった。
「えっと、キスとかでしょうか? それはまだ……」
見るとギーミッツも顔を赤くしている。
もしかすると経験がないのかもしれない。
「しかし、私にはわからないがデートって何をするんだ?」
話題を変えようとしたイチだったが、ギーミッツから返ってきた答えにイチは不審を感じ始める事になる。
「だいたいセクサティギの街を歩いて、彼女が欲しい物を買ってやったり、美味しいレストランに連れていったり」
「物を買ってやるのか?」
「ええ、服とか靴とか、鞄とか。一度、下着を買ってあげた事もありましたが」
「自分の服なんて自分で買わせればいいじゃないか」
「彼女、家庭に事情があって、毎月実家にお金を仕送りしててお金がないんですよ。でも、深夜喫茶で働くのにはそれなりの格好をしないといけないので」
「それで服や下着を」
イチは自然な思考として、もしかするとギーミッツは良いように振り回されているのではないかと思い始めた。
大体、家庭に事情があって仕送りをしなければいけないのに生活が安定しない冒険者なんかをやりに上京してくるものなのだろうか?
しかし、それを指摘してギーミッツの気分を悪くさせても仕方ないので黙っていた。
「それで、フェーンがいなくなる前に不審な事はなかったのか?」
「僕から見て、そう言う風には…」
ギーミッツが言うには、5月の中頃、いつものようにフェーンが働いている深夜喫茶に会いに行って朝まで酒を飲みながら楽しく話していたのだが、次に店に会いに行った時には消息がわからなくなっていたと言う。
____もしかするとフェーンは単にどこか別の街に移っただけなんじゃないか。
イチはギーミッツの話を聞きながらそう思い始めた。
しかし、もしそうだとするとフェーンは随分ひどい少女である。
独身の男に良いように物品を貢がせ、結婚を匂わせ部屋まで借りさせたところで雲隠れするなどいくらなんでも義理を欠いている。
イチから見てギーミッツと恋人になっても特別に嫌な事はなさそうに思えた。
かと言ってイチがギーミッツに魅力を感じていたかと言うとそんな事はないし、もしこの場にエルビアニカあたりがいたら「男として魅力がないし、年齢から考えても18かそこらの女と付き合えるようには見えない」と率直な意見をぶつけていただろう。
しかしながら仮にフェーンがギーミッツを置いて自ら行方をくらませたとしたら、ミュウが石化させられなければならない理由はどこにある?
もしかするとミュウの石化とフェーンの失踪は無関係であるのではないか?
イチは思考の坩堝にハマり、下唇を吸って鳴らした。
結局、それ以上ギーミッツから得られる情報はなさそうだったので、イチは最終的にフェーンが働いていた深夜喫茶の地図をギーミッツに書いてもらい、その場を後にする事にした。
イチは雨が降るスウィートバウムを傘をさして歩きながら、ギーミッツが最後に言った事を反芻し何とも言えない気持ちになった。
ギーミッツはイチを見送り際、傘を広げるイチの顔を見てぼんやりとした顔でこう言ったのである。
「会社の同僚や友人は、僕がフェーンに騙されているんだって言うんですが、もしかして僕、良いように使われてたんですかね」
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小説も、読者様と物語のコミュニケーションですからね。
1話完結なのでイチ達のこんな姿が見たいなどの要望などもあれば是非!




