第4話 ヘンナ―とカスツール 感度3000倍なんて怖くない!(完)
イチが傷を治療し、ヘンナ―が拘束されてから数日。
カスツールは魔法学院の己の研究室で深夜まで自身の研究に集中していた。
____素晴らしい。
カスツールは興奮した様子で顕微鏡で己が新しく培養した狂熱病のスケッチをとっている。
この時期の連邦は湿気がひどい。
天井に吊るしたオイルランプの熱のせいもあって、何をせずとも額を汗が伝う。
ヘンナ―を連行した後、カスツールはイチらから冒険の一部始終を聞き、彼女らがヘンナ―の生み出した新しい狂熱病に己の薬が効いた事を聞くと彼女らに頼み血液を採取した。
バルティゴ連邦の医学の発展の為と説明するとイチ、イルハ、ヘルヒャンは喜んで血液を採らせた。
その血液の中から確かに狂熱病の細菌が確認され、そしてその形はカスツールが今まで見た事がない形に変容していた。
そしてなによりカスツールが喜んだのは3人が3人に同じ副作用の症状が現れた事であった。(特に獣人の血が濃いヘルヒャンにも変わらず同じ副作用が出た事に喜んだ)
これは自身が作り出した薬が安定しつつある事を意味している。
更にカスツールはこの頃、狂熱病に感染した人間の体液(血液でない)を事前に注射する事で狂熱病に感染する事自体を防げるのではないかという発想を得ていた。
この時カスツールがメモに残してた狂熱病予防のアイデアに、ヘンナ―が潜伏していた『バクスィンの遺跡』から名前をとり『ワクチン』と名付けていた。
これが後の世に予防接種として多くの種族を救う事になる物の起源である。
今、カスツールの研究室にはヘンナ―が生み出した新たな狂熱病の検体と、彼独自の特効薬の検体や資料などの研究成果がある。
それはカスツールの眼から見ても見事な物で、カスツールとは方法論が違うものの確かに狂熱病の薬としては有効で、特に重篤な状態にある患者に対して強い効果を発揮する事が期待できた。
ヘンナ―は狂気に呑まれて尚、先進的な研究を続け世界の医療に貢献していたのである。
____ヘンナ―には、感謝しなくてはならないな。彼は真に狂熱病の撲滅を望んでいた男だった。
今回の依頼は無論、カスツールの仕組んだ陰謀であったわけではない。
しかし、奴隷を用いた人体実験のレポートと健康な冒険者から得た狂熱病無力化までの過程は、ヘンナ―が狂気の実権に走らねば得られぬ成果であったのは否定できない。
(この時代、他の市民と同様にカスツールは奴隷撲滅に賛同していたので奴隷などを使った人体実験を拒絶していた。この事もヘンナ―がカスツールの元を離れた一因だろう)
____彼の異常も、治してやれるといいのだが…
ヘンナ―の狂気は彼が初期に生み出した薬の副作用で脳に異常が発生した結果であった。彼は皮肉にも自身の薬の危険性を自ら証明してしまう事になったのである。
カスツールは、病魔を憎み生命の尊さを誰よりも重んじ、優しく理性的であった過去のヘンナ―を知っている。
それだけに、彼は連れ戻されたヘンナ―の変貌ぶりを見て衝撃を受けると同時に深い悲しみを感じた。
カスツールとヘンナ―は魔王大戦を互いに生き抜いた友人同士だったのは言うまでもない。
____副作用が原因でヘンナ―が狂ったのであれば、研究を重ねれば彼を戻せるに違いない。私は、ひたむきに研究を続けるだけさ。
この世界に生きる全種族の歴史は、病との戦いの歴史である。
古くは文明を持たない時代からあらゆる種族が細菌やウィルス、そして己の身体から生み出される病に苦しめられてきた。
そしてその苦しみは今の時代になってもなお、終わる事はない。
しかしながらカスツール、そしてヘンナ―のような病と闘う者の存在が今の世も多くの生命を救っている事は間違いがない。
我々は決して彼らの功績と苦悩を忘れてはいけないのである。
そして、カスツールであるがこの日、狂熱病に関する新たなレポートを書き残した後に失踪する事になる。
カスツールの失踪を知り、冒険者ギルドは彼の行方を探したが見つけられず、紆余曲折ありカスツールの研究成果は連邦の平穏を脅かす恐れがあるものと見做して軍が保管する事に決定されてしまった。
その後、カスツールの姿を見た者はいない。
(このカスツールの失踪について、軍の仕業とする説が有力だが、現代においても確かな証拠は残されていない)
【感度3000倍なんて怖くない! カスツールとヘンナ―・完】
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小説も、読者様と物語のコミュニケーションですからね。
1話完結なのでイチ達のこんな姿が見たいなどの要望などもあれば是非!




