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インターミッション4 ビーフパイを買いに

 歴史的インターミッション4 



 『50食限定! 特大・3種のチーズビーフパイ。チーズと肉の海を泳ぎましょう』


 その素敵な売り文句がイチの心を突き動かした。


 それはイチが6月の湿気た夕暮れ時、冒険者ギルド某支部に依頼報酬を受け取りに向かった帰りの事である。

スウィートバウム冒険者通りで人気のパン屋『かざみドラゴン』で売れ残りのビスケットでも買って行こうと立ち寄った際に、パン屋の売り子であるサーヤ・ヤンパ(49歳・人族・女)が店頭にイチの背丈ほどもある大きなポスターを張り出した。

そのポスターに人間の頭ほどある巨大なビーフパイの絵と共に書かれていたのが冒頭の「50食限定!特大・3種のチーズビーフパイ。チーズと肉の海を泳ぎましょう」という売り文句である。


 ____3種のチーズ、特大、ビーフパイ……。


 イチはその張り出されたポスターの前でしばし立ち止まって味覚の空想の中を漂った。

『かざみドラゴン』は名前の通り、直立型のドラゴンを模した風見鶏を店先に立てているパン屋で、小麦に工夫があるのかバターかそれともイースト菌に不思議があるのか、この店で作られたパンやパイは芳醇な味わいと香ばしい香りでスウィートバウムの冒険者達に人気である。

その『かざみドラゴン』が1日限定で特別なパイを焼くというのである。

日時は明日の早朝オープンから。限定50食。


 イチは特別急ぐ理由もないのに小走りでルーナハイムに帰り着いた。

この素敵な報告をアパートの仲間に一刻も早く共有したかったのだろう。

ルーナハイムには何人かの仲間がいた。

ハーフエルフの少女タオ・メイメイ、人族で三十路前のエルビアニカ、ミノタウロス族のボインちゃんミュルガルデ。

他の者は冒険の旅に出ていた為に不在だった。


 イチは居間でくつろいでいる彼女らにまるでとても大変な宝物を見つけた子供のように爛々とした笑顔で報せた。


 「限定50職のビーフパイだ! しかも3種のチーズで特大だぞ! 一緒に買いに行かないか!? きっと並ばないと売り切れてしまうからな!」


 タオ・メイメイは食事中だったのでテーブルの上にある茹で卵のカラを剥きながらブスっとした表情で答えた。今日は軽い冒険をこなしてきたのか、まだ赤い冒険装束のままである。


 「朝からそんな重いの食べたくないわよ。胸やけしちゃうわ」


 エルビアニカはシャワーを浴びた直後でソファに腰かけながら木製のジョッキに注いだエールを飲んでいた。あいかわらず布面積の少ない黒いショーツにタオルで胸を隠しているだけのだらしない格好で非常にセクシー。


 「あ~、明日は昼から用事があるから朝からビーフパイはなあ…」

(余談だが、恐らくスタイルを維持したいエルビアニカは用事がなくともイチの誘いには乗らなかっただろう)


 ミュルガルデはエルビアニカより先にシャワーを使ったのだろう。かわいらしい花柄のネグリジェに着替えているがやはりその胸はとても豊満だ。彼女は治癒魔法の勉強をしていたようでテーブルの上に参考書とノートを広げていた。中々に勉強熱心。


 「私、ビーフパイはちょっと舌に合わなくて…、ごめんなさい」

(彼女はベジタリアンだ)


 3人の返事にイチはショックを受けた。


 ____だ、だれも興味がない!


 イチの想定していた3人の答えは以下である。


 ※空想のタオ・メイメイ。

 「良いじゃない! あんたにしては良い事教えてくれたわね!」


 ※空想のエルビアニカ

 「ビーフパイ! しかも3種のチーズか! これは楽しみだね」


 ※空想のミュルガルデ

 「明日早起きしてみんなで買いに行きましょう! 明日はビーフパイでパーティーですね!」


 しかしながら3人から返って来た答えは非情であった。

 

 「ビーフパイだぞ! 特大だぞ! しかも3種のチーズだぞ! 限定なんだぞ! 次、いつ買えるかわからないんだぞ!」


 イチは3人を説得しようと熱のこもった口調で弁舌を振るったが、その言葉は届かないようで、


 「ていうかあんた朝からよくそんな重いもの食べようと思えるわね。太ってもしらないわよ」


 タオ・メイメイはそう言うとカラを剥いたゆで卵を口に放り込んだ。他の2人もウンウンと頷いている。

まさか他の仲間がこんなにも限定ビーフパイに興味がないとは思っていなかったイチはショックに顔を赤く染め「そ、そうか」と呟くとがっくり項垂れて部屋に戻っていった。

服を脱いで黄色の下着姿になるとベッドにいじけたように倒れて枕に顔をうずめた。


 ____いいさいいさ、ビーフパイはひとりで味わうさ。欲しいって言われてもわけてやらないもんね。


 しばらくいじけた後に飼っているダンジョンネズミに餌をやり、ベーコンと蒸した芋でしっかり夕食を採るとシャワーを浴びて寝てしまった。



 翌朝、イチとミュルガルデはビーフパイを買う為に『かざみドラゴン』の列に並んでいた。

結局ミュルガルデはイチがいじけていたのを不憫に思い、ベジタリアンに関わらずイチに付き合ってやることにしたのである。


 「すまないなぁミュルガルデ。つきあわせてしまって」


 「いいんです。もしかしたら他の皆さんも食べたがるかもしれないから、私もひとつ買って後で皆さんに食べてもらいましょう」


 「ミュルガルデは優しいなぁ」


 イチはミュルガルデの優しさに改めて感動した。


 「だけど、まさかこんなに行列になるなんてすごいですね」


 見るとビーフパイを買う為に並んでいる客の列はパッと見ただけでは人数がわからないほどである。


 「まさかこんなに並ぶとは。開店前に並ぶべきだった」


 イチはソワソワしている。ビーフパイが売り切れてしまう事を危惧しているのだ。

既に焼けたビーフパイの香ばしい香りが漂ってきており、イチは先ほどから唾液が止まらない。


 「ああ、もし売り切れてしまったらどうしよう」


 「大丈夫ですよ。きっと間に合いますよ」


 そう言うミュルガルデだったが前に並んでいる客の数は予想以上で、嫌な予感しかしていない。


 「財布、忘れてないよな」


 イチは今日は私服なので、青く染めた薄手のジャケットにショートパンツ、いつものカーペイト15式を挿しているガンベルトというスタイルで、財布は肩からかけたポシェットに入れている。念のため確認したが財布はある。


 ____ああ、イチさんはこんなに楽しみにしてるのに…


 ミュルガルデも私服で、ゆったりとした薄黄色のワンピースを着ている。

しかし平常心を欠いたイチと違い、ミュルガルデは冷静に列に並んでいる客を観察し、どうも自分たちの番が回ってくるのは良くてギリギリなような気がしてならなかった。


 「あぁ……、もし売り切れてしまったらどうしよう」


 イチはいつもの冷静な彼女はどこへやら、明らかにソワソワして意味もなく周囲をキョロキョロしている。


 ____あぁ、治癒魔法の精霊さん。どうかイチさんにビーフパイを……。


 ミュルガルデ自身はビーフパイに関心は薄いのだが、隣でお預けをくらった仔犬のように狼狽えるイチを見ると祈らずにはいられなかった。


 しかし現実は非情である。


 イチとミュルガルデが店に入る直前、パン屋のコックコートを着た茶色い帽子の人族の少年が店のガラスに貼っていたポスターを無慈悲に剥がし始めたのだ。

ミュルガルデがイチを見ると口をあんぐりと開けて目を点にしている。


 「あ、あの! ビーフパイ、まだありますか?」


 口をパクパクさせて言葉を失ったイチに代わり、ミュルガルデが藁にも縋るような思いで少年に尋ねると、


 「ビーフパイですか? 手前のお客さんで売り切れてしまいました」


 早起きなパン屋の少年は申し訳なさそうに頭を下げると丸めたポスターを持って店に戻っていったのである。


 そしてイチは足の力を全て奪われたかのように崩れ落ち始めた。


 「イチさん!」


 ミュルガルデはそんなイチをその豊満な肉体で受け止めどうにか立たせた。


 「ひどい…、ひどいよ。楽しみにしてたのに……。早起きして並んだのに……」


 イチは少しだけ泣きべそを掻いてミュルガルデのとても豊満な胸にその顔をうずめた。


 「イチさん……」


 ミュルガルデはイチが動けなくなって他の客の入店を阻まないように彼女をなんとか店先から引きはがすと、イチを落ち着かせる為に通りのベンチに座らせる為に動いた。


 なんとかイチをベンチに座らせた時に、通りの向こうからミュルガルデを見つけて血相を変え駆け寄ってくる羊人族の姿があった。

ミュルガルデが気が付くと、その少女は何度かパーティーを組んだ事があるミュルガルデの友人、メェメ・ルウールだった。


 「ミュルガルデ! 大変なの!」


 「どうしたんですかメェメ。何かあったんですか」


 メェメは言葉を出そうとしたが酷く感情が乱されているのか、ほとんど泣いているような顔をすると絞りだすように悲痛な声でミュルガルデにとても悲しい報せを伝えた。


 「ミュウちゃんが……、ミュウちゃんが………石にされちゃったよぉ………」


 バルティゴ都市国家連邦歴18年6月13日土の日。梅雨の空は重く、今にも雨が降りそうだった。











 次回、第5話 『スウィートバウム少女石化事件』







皆さまの感想やレビュー、評価が作品の方針に良い影響を与えます。


小説も、読者様と物語のコミュニケーションですからね。


1話完結なのでイチ達のこんな姿が見たいなどの要望などもあれば是非!

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