エピローグ 感度3000倍なんて怖くない!(終)
その後の事も語る。
ヘンナ―を無力化したイチであったが、問題は山積みだった。
まずイチはヘンナーのオオカミキリムカデに注入された狂熱病がどう影響するか恐れたが、再び狂熱病の発作が出る事はなかった。
一度狂熱病に感染し乗り越えた者は二度と罹患しない事をイチは失念していたのだ。
それだけでなく、身体を支配していた妙な感覚が徐々に引いてゆき、やや妙な疼きが残っているものの自由に動けるほど回復した。
恐らくではあるがカスツールの薬を接種した状態でヘンナ―から新たな狂熱病を受けた事が体内で不思議な化学反応を起こしイチの副作用を中和したのだろう。
彼女はまず冒険リュックの中から応急キットを取り出すと未だに血が垂れ流れている臀部を応急手当した。
汚れたショーツも取り換えたかったが替えを持ってきていないのでショーツはそのまま遺跡に捨ててしまった。
後日、この遺跡に足を踏み入れた冒険者が血とカビで汚れた女物のショーツを見て訝しんでいる姿が想像できる。
それはまあ良いとして、問題はイルハとヘルヒャンだった。
2人に打った注射は効果を覿面に発揮し、2人が重篤な状態になる前に彼女らの毒を中和した。
しかし、イチが味わったようにすぐに感度3000倍の副作用が彼女らを襲う事になる。
「イチ……あーし、あーし、なんか変なんだ……な、なんかっ、からだ___が、おかしい……」
ヘルヒャンはなんだか立ち上がったものの、鼻をヒクヒクさせながら自分の肩を強く抱き、蕩けた目でイチを見てか細くキュンキュンと切ない声を出した。
「い、イチさ___、ぼ、僕もっ、なんだか______おかしいんです______なっ、なんだか___変な」
イルハは壁に手をつき支えにしながら立ち上がったが、内股になり太ももをモゾモゾと動かし、股に疼きを感じるのか背中をそらしながら両手で股間を抑えてクニャクニャと揺れている。
「_________そうか、そうだよな」
イチはそんな2人の様子を見ていよいよ気が遠くなりそうだった。
まさか2人の尻にナイフを突き立てるわけにもいかないだろう。
かといってこの薄暗い遺跡に妙な気分に苛まれる若い冒険者の女子が2人、このままでは何も起きないはずがなくなってしまうだろう。
既にイチは鼻腔に腰の炎を灯した女の臭いを感じている。
さりとて、イチの冒険の知識の中では妙な気分になった仲間の冒険者を鎮める知識は持っていなかった。
「いっッッ、イチ______、あーしッ、どしたら___」
「イチさん、ぼ、僕、僕.....、おかっ! .........しいんです。助けて___くふっ!ください……っ!」
イルハもヘルヒャンも助けを求めイチに潤んだ視線を向けている。2人ともこのままでは「あら~」な事になってしまうだろう。
しかしイチにはこういう時の対処法が思いつかない。思いつかない時、イチの取る手段は至って単純である。
そう、暴力だ。
「馬鹿野郎! 歯を食いしばれ! 気を強く持て!」
イチはすり寄ってくる2人の少女にビビビと往復ビンタで気合を注入した。
しかし。
「イチさん______も、もっと………叩いて」
「あ、あーしも、もっと______たっ、くぅぅんっ! ___叩いてくれ!」
2人は正気を取り戻すどころか頬を赤く染めながら更なる被虐的な刺激を求めてイチをグツグツと沸騰した瞳で見つめている。
_________だ、だめだこりゃ。
まだ冒険は終わったわけではない。ヘンナ―を連行し、スィートバウムに帰らなければならない。
しかしこのままでは無理矢理馬に皆で跨ったとて、ろくに進めないまま同じ展開を繰り返すだろう。
イチは思わず天を仰いだ。
そこに空はなく、遺跡の白い天井が閉塞的に覆っていた。
◆
結局、最終的には無事にヘンナ―を連行しながら3人は予定より遅くスィートバウムに辿り着き依頼を完遂した。
3人がどのような行いをしてスウィートバウムに戻ったかは恐らく読者が想像した通りの展開になったと思われる。
余談ながら遺跡の出口から近い所に身体を清めるのにちょうどよい安全な泉があったとだけ残しておく。
スウィートバウムに連行された後、ヘンナ―の扱いについてちょっとした混乱があった。
当時のバルティゴ連邦についての法律について軽く説明すると、この時代は国家の法律というものが機能不全を起こしていたと言わざるを得ない。
連邦法の基本的な理念は、連邦を維持運営する事だけに主眼が置かれており、外敵の防御と連邦の治安維持に関する条文しか作られておらず、新自由主義的と言えば聞こえは良いがその実態は夜警国家であった。
その観点で見れば、今回ヘンナ―が犯した罪は当時の法律で考えれば無罪とも言える。
ヘンナ―は確かにカスツールを出し抜き研究室から研究中の試薬や検体を持ち去ったに過ぎず、奴隷を用いた実験でハーフエルフの少女を死に至らしめたとはいえ、奴隷には市民権がない事もありヘンナ―の罪はカスツールとの当事者間で民事裁判所で扱うべきもので、法の執行機関(冒険者ギルド及びバルティゴ連邦軍)が介入すべきものではないとの見方が通例であった。
しかしヘンナ―が取り扱っていたのは狂熱病である。
ヘンナ―の最終的な目的は己が発明した狂熱病の特効薬を世に広める事ではあったが、一歩間違えればバルティゴ連邦内で狂熱病の感染拡大を引き起こす危険があった。
この事実から冒険者ギルドでヘンナ―を監視下に置く事が連邦の治安維持の上で妥当と考え、カスツールに了承を得た上で彼を冒険者ギルドの施設に軟禁しようとした。
しかし、そのヘンナ―の事を聞きつけ横やりを入れて来たのはバルティゴ連邦軍である。
軍はヘンナ―の身柄を自分たちの監視下に置くことを主張し、冒険者ギルドと意見を争わせた。(戦後、冒険者ギルドと軍の関係は険悪であった)
最終的な結果として連邦裁判所の判断は冒険者ギルドにヘンナ―の身柄を委ねるとの判断を下し、以後ヘンナ―は冒険者ギルドの監視下で医療技術の進歩に貢献する事となる。
しかし、そんな冒険者ギルドと軍との諍いはイチたちの知るところではない。
イチはスウィートバウムに帰ってすぐに医者に駆け込み、己で作った刺創を治療した。
この時代医療保険制度もなく、他の大多数の冒険者と同じく生命保険などに入っていなかったために今回の依頼報酬の2割程が治療費に消えたが、傷跡も綺麗に消えた。
(イルハとヘルヒャンも治療費を出そうとしたが、イチは断った。余談ながらミュルガルデがいればミュルガルデに治療を頼んだと思われる)
イルハとヘルヒャンだが、冒険から帰ってからしばらく、お互いよそよそしい雰囲気だがどこかしっとりとした空気を彼女たちの住処であるルーナハイムに漂わせていたのをエルビアニカが機敏に察した。
エルビアニカもベテラン冒険者として、女冒険者同士が冒険の後にそういう雰囲気になっていたのを何人か見ているので、イチを見て意味ありげな微笑みを浮かべていた。
イチはそんなエルビアニカに何も答えなかった。
何も答えず難しそうな顔で頭を振ると、腹を空かしているであろうダンジョンネズミに餌をやるために自分の部屋に戻っていった。
バルティゴ都市国家連邦歴18年6月3日水の日。雨季が訪れてすぐの湿っぽい季節の話である。
【感度3000倍なんて怖くない!・終】
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小説も、読者様と物語のコミュニケーションですからね。
1話完結なのでイチ達のこんな姿が見たいなどの要望などもあれば是非!




