感度3000倍なんて怖くない!…じゃない! 感度3000倍なんて怖くない!3
____しまった!
イチは内心で青ざめた。
ショートパンツとニーソックスの間に存在する絶対領域に奇妙な拳大の羽蟲が口吻(針のような物)を突き立てている。
「イチさん!」
ヘンナ―を取り押さえたイルハがイチを見て叫んだ。
「くそ!」
慌てて左拳で蟲を殴り潰したが、時すでに遅い。
「ひひひひひひ! 感染だ感染! 貴様も私の研究に貢献しろ! ひひひひひ!」
既に狂気に呑まれてしまったヘンナ―はイチが狂熱病に確実に感染したのを見て口から唾をまき散らして哄笑した。
恐らくこの時既に脳を蝕まれていたのであろう。
____くそ!まさか本当に狂熱病にかかるなんて!
イチは狂熱病に感染してしまった!
◆
時系列を無視して申し訳ない。
イチ達はブリーフィングの翌日、飛脚馬を借りて北東を目指しヘンナ―が潜伏している『バクスィン』の遺跡までやってきた。
しかし、イチ達の遺跡までの道中と、ヘンナ―を捕えるまでの過程を描写したところで読み進めるテンポを阻害し読者も筆者も喜ばないと判断し省略した事をお許しいただきたい。
ともかく、結果としてイチ達はヘンナ―を捕える事に成功した。
イチの狂熱病感染という結果を残して。
「イチ! 早く薬を使え! 狂熱病になるぞ!」
ヘルヒャンは彼女の銃、カーペイト14式カスタムを構えて周囲を警戒しながらイチとイルハにも気を配っている。
ヘンナ―は己の研究の過程で狂熱病菌を媒介させる熊ヤブ蚊を生み出していた。
この熊ヤブ蚊は現在では絶滅した種ではあるが、蚊ではあるが成人女性の拳大ほどの大きさがあった。
狂気に呑まれたヘンナ―が何を考えていたかはわからないが、もしかするとこの熊ヤブ蚊を用いたバイオテロのような物を考えて恐れがある。
イチ達はヘンナ―がけしかけた熊ヤブ蚊に刺されないよう駆除しながらヘンナ―を捕える必要があった。
この際、イチの射撃術とイルハの剣術が光り次々と熊ヤブ蚊を落としていったが、ヘルヒャンは熊ヤブ蚊の対処に追われ軽いパニックを起こしていた。
ヘルヒャンはクラフターとポイントマンの才能に恵まれていたが単純な戦闘技術は2人より数段劣っている。
危うく刺されそうになる所をイチに助けられ難を逃れたが、代わりにイチが刺される事になってしまったのである。
「ひひひひひひひひ! 感染したぞ! 感染だ! みんな狂熱病になるんだ! だが、安心なさい! 薬はあるのだ!」
「うるさい!黙れ!」
イルハは取り押さえたられたまま狂ったように笑うヘンナーの首を絞め、彼を気絶させた。
ヘンナ―はカスツールと同じく40を少し過ぎたほどの年齢だったが、ろくに風呂にも入っていないのか脂ぎった白髪の多い頭髪は乱れ、眼は落ちくぼみ頬はやつれ、正に狂人らしい風貌をしていた。
このヘンナ―の変貌ぶりは現在でも議論が分かれるが、初期の実験で自らに打った薬の副作用で脳に異常が発生していたと見る考えもある。
しかしヘンナ―はまごう事なき天才であった。
そしてその才能を破滅的な方面で発揮させた。
ヘンナ―は狂熱病を彼独自に進化させ、通常2週間ほどの潜伏期間がある狂熱病の発症を早めさせ、感染してから即座に症状が出るように凶悪化させたのである。
「うぁ……、う……」
イチは突然襲ってきた身体の異常に苦しみしゃがみこんだ。
____さ、寒い。それに身体が痛い。頭が灼けるみたいに熱い。これが、狂熱病か……。
「イチ! 大丈夫か。今薬を出してやるからな」
ヘルヒャンは崩れて立てないイチの冒険リュックから特効薬の入った魔法の箱を取り出すとその蓋を開けた。
すると箱の中に更に僅かに冷たい円筒状の金属製の箱が入っており、それを開くとヘルヒャンにとっては見慣れない注射器が出て来た。
この時代、注射療法はまだ一般的でない。
イチはブリーフィング時に一応の使い方を共有したが、医療知識のないヘルヒャンでは注射器を実際に使用するのには勇気がいる事だった。
カスツールに注射針の使い方をレクチャーされたのはイチだけだ。
「ど、どうすりゃいいんだよ!」
「か、貸してくれ…」
狼狽しキャンキャンと吠えるヘルヒャンの手からイチは奪うようにして取ると、悪寒に震えながら腰のベルトを外しショートパンツを脱ぎ始めた。
「お、おい! いきなりどうしたんだよ!」
混乱するヘルヒャンを手で制し、イチは水色のショーツを少しだけずらし臀部を一部露出させ、覚悟を決めると注射針を臀部の右上に刺し薬液を注入した。
「いっ________つう…………」
カスツールは注射を打つ際、強く痛むほどまで針を刺すように説明していた。イチとしても注射はもちろんの事、自分の臀部に自分で針を深く刺すなど初めての経験だったのでその痛みに顔を歪めた。
「イチ! 大丈夫か! イチ!」
なんとか薬液を注入し終えて注射針を抜いたイチだったが、薬が効いていないのか四つん這いに崩れ、悪寒に身体を震わせている。
ヘルヒャンはイチを心配し心の中で彼女が愛する父親に「パパ! イチを助けて!」と祈った。
「イチさん! しっかり! ああ、僕がもっと上手く剣を使えていたら……!」
ヘンナ―を無力化し縛り上げたイルハもイチに駆け寄りイチの身を案じながら己の無力を痛感していた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、くっ____あっ、はぁっ」
しかしイチは呼吸こそ荒いが段々と寒気もひいてゆき、焼けそうなほどの痛みを感じていた頭も徐々に平常に戻っていった。
全身の倦怠感や熱っぽさはまだ治まらないが、イチは段々と正気を取り戻していった。
「大丈夫、____大丈夫だ」
なんとか己の足で立てるまでに回復したことを見るに、カスツールの特効薬は確かに効果を発揮したらしい。
しかしヘルヒャンとイルハは副作用の存在を忘れていなかった。
「イチ! フクサ……、なんだっけ、フクなんとかは大丈夫なのかよ?」
「ヘルヒャンさん、副作病ですよ。大丈夫ですかイチさん」
「副作用だ。大丈夫。どうやら私には副作用は出なかったようだ」
イチの体内を廻るカスツールの特効薬は直ちにヘンナ―が生み出した進化した狂熱病を無害化し、今のところイチが聞かされていた副作用も出ていないようだった。
「よかった………僕、心配しましたよ」
イルハもヘルヒャンもイチが無事である事に安堵し胸をなでおろした。
「すまねえイチ。あーしのせいで」
ヘルヒャンは自分の実力が及ばずイチが熊ヤブ蚊に刺されてしまった事に責任を感じて、耳を寝かせて「クゥーン」と嘆いている。
ヘルヒャンは不良を目指しているらしいが根っから素直な少女なのだ。とても不良には向いていない。
「気にするな。ヘルヒャンは十分頑張ってくれたよ。さて、ヘンナ―を縛ってしまおう。起きたら厄介だからな」
身体の気だるさこそ消えないものの、イチはもう既に十分回復したように見え、イルハとヘルヒャンにヘンナ―を拘束するように促した。
ヘンナ―も無事に捕え、狂熱病に感染したものの特効薬が効果を発揮し、今回の冒険は無事に終わるのであった。
【感度3000倍なんて怖くない!完】
というだけの話では小説にならない。
この後、イチはカスツールが開発した特効薬にある副作用の、真の恐ろしさに身体を悶えさせる事になるとはこの時知らなかったのである。
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小説も、読者様と物語のコミュニケーションですからね。
1話完結なのでイチ達のこんな姿が見たいなどの要望などもあれば是非!




