「ビクッ、ビクッ!」遂に発現した副作用。火照る身体に喘ぐイチ! 感度3000倍なんて怖くない!4
多少状況が落ち着いたイチは改めて周囲を見渡した。
ヘンナ―が潜伏していた遺跡は、白く塗られたコンクリートで作られた地下施設で、ヘンナ―が研究室に利用している部屋は古代植物に浸食されていないがここに来るまでの道中は遺跡草が生い茂っていた。(※1)
現代の遺跡学者が見たらこの遺跡が旧種族の医療施設だと判断したであろう。
「ひどい事をしやがるぜ」
ヘルヒャンは研究室のベッドに拘束されたまま死臭を漂わせている死体を見て眉を顰めた。
まだ腐敗の進んでいないその首には奴隷の証である金属の首輪がはめられている。
それはハーフエルフの少女で、左腕と右脚が欠損していた。
顔には焼ごてを押し当てられた火傷の跡さえある。
恐らく昔の主人に虐待されたのであろう。
ハーフエルフはその歴史から奴隷に落とされたり、民としての扱いを受けられず身をやつす者も少なくない。
ヘルヒャンは仲間のタオ・メイメイの顔を嫌でも思い浮かべてしまい、幼くして死んだ少女に同情した。
イチ達はヘンナーと対決する前、目の前の少女のように労働力や愛玩用としての価値が低くなった奴隷が数人収容されている部屋を見つけたが、彼らを解放するにも一度ヘンナーを連行してからのほうが良いだろう。
「後で、火葬してあげましょうか。ねぇ、イチさん」
イルハも幼くして生命を奪われた少女に憐れを感じていた。
イルハはバルティゴでも僻地から上京した少女だったが、彼女の村にハーフエルフを差別する風習はない。
「………はっ、………あっ」
「イチさん?」
イルハはイチの返事が帰って来ない事を不思議がり、彼女の顔色を伺った。
見ればイチの顔色は酒気にあてられたかのように桃色に染まり、呼吸も乱れ肩を上下させている。
どこか背も縮こまっているように見え、視線は床に落ちている。
「イチさん?大丈夫ですか?どこか悪いんですか?」
「………っ!」
イチは数泊遅れてイルハの声に気がつき、ビクっと顔をあげると笑顔を作ってみせた。
「だっ、大丈夫だ____ちょ、ちょっと____つ、疲れた__だけだ」
なんとか答えてみせたのだが、イルハとヘルヒャンから見て明らかに様子がおかしい。
「おいおい。大丈夫かよ」
ヘルヒャンもイチの異変に気がついたのか、彼女を気遣って肩を軽く背後から叩いた。
すると、
「___はぁああああっッッッッッッ」
イチは突然身体に雷撃を受けたかのような声を発した。
そんなイチに驚き思わず後ずさるヘルヒャン。
「イ、イチさん。大丈夫ですか!?」
思わずイチに手を伸ばして調子を確かめようとするイルハを、イチは手で制した。
「________大丈夫だ。大丈夫」
イチはどうにかして平静を装っているが、その目つきがいつも以上に鋭い。鋭い癖に、どこか虚ろだ。
「さあ、早く戻ろう。時間をかけると____余計なトラブルを生むから__な」
そう言うイチの気迫にイルハもヘルヒャンも気圧され、二人とも無言で頷き、イルハがヘンナーを背負って遺跡の出口まで運ぶ段取りを決めた。
この時、イルハとヘルヒャンは気が付かなかったが実はイチの内腿は震え、唇からは熱く湿った吐息が漏れていた。
聡明な読者諸氏は既にお気づきの事と思うが、この時イチの感度は異常なほど上昇していた。いわゆる感度3000倍状態である。
カスツールの特効薬は確かに効いた。効いたが、しかしその副作用は時間差で発現したのである。
◆
____か、身体が、どうにかなって………こんなっ………これが、副作用………。
イチはヘルヒャンにポイントマンを任せ、ヘンナーを背負うイルハの後ろに続いて遺跡の来た道を引き返していた。
しかし彼女の神経はカスツールが作った特効薬の副作用に侵され、発明者のカスツールをして「感度が3000倍になったような」と言わせた圧倒的かつ悪魔的な刺激に声を殺して必死に耐えていた。
____あ、歩いてるだけで、歩いてる振動だけで、服が、服が少しこすれるだけで………、気をやってしまいそうだ!
何しろ感度3000倍である。
この感度という数値は結局のところ主観の数値でしかなく計測できるものではないが、想像してみて欲しい。今イチの身体に起きている異常を。
例えば、男性であろうが女性であろうが、肌着をつけたまま動くと(身につけている物によるが)多少肌が擦れる。
この文章を読んでいる読者諸氏は今自分の胸に意識を集中させ、そのまま歩いてみて欲しい。
何かしらの肌着を身につけているのならば、服の種類にもよるが、生地が胸に擦れる感触がわかる瞬間がありはしないか?
その感度が3000倍。
問題は胸だけではない。
____くっ…………おあああッ!あ、あ、歩くと………腹の奥が………疼いて………!
この文章を読んでいる読者諸氏はできるならば下腹部を意識しながら歩いてみて欲しい。
個人差もあるだろうが、地面に足を下ろすたびに臍の下あたりに下から響くような振動を感じはしまいか?
その感度が3000倍なのである。
身体の内側から込み上がってくる疼きは絶え間なくイチを襲い、気を抜けば膝から崩れ落ちそうであった。
全身が異常に発汗し、内腿や下腹部が狂ったようにヒクヒクと痙攣している。
イチは前に歩くだけで精一杯であった。
____落ち着け、落ち着け、落ちッ…………着け。
イチはどうにかして平静を保とうと必死であった。
何しろ感度3000倍である。
意識をその刺激に委ねてしまえば一瞬で疼きに狂ってしまうだろう。
____こんなッ、ッッッ、事は、前も………前も………!
イチは並の冒険者ではない。
荒野で目覚めてから5年、リャンの従者から始まり常に冒険者の世界に身を置いてきた。
当然、この手の妙な身体の異常を味わった事もこれが初めてではない。
特に遺跡などのダンジョンに潜ったれば交尾スライムや妙な触手類と戦わなければならない事もある。
そういった類の生き物は神経に異常を発生させる毒などを有している場合も多い。
なので、イチはこういった場合の心構えと対処法を知っているつもりだった。
とにかく変な事は考えない。意識を依頼に集中させる。武器を強く握りしめるのも良い。
やってはいけない事が、足を内股にする事。足を内股にして太ももをモゾモゾさせるような事をしてはいけない。
足は回避行動が取れるように常に僅かに開いておいたほうが良い。
「冒険者が死ぬ時はいつも脚から死ぬ」とは彼女の師であるリャン・ハックマンの言葉である。
そして身体がおかしくなっても変な声を出してはいけない。それこそアン♡とか、ヒャン♡みたいな声を出そうものなら一気に精神が持っていかれるかれる。
とにかく無言、無心だ。奥歯に力を込めて、口を開かないようにするのが最良だ。
イチは顔中に力を集中させて凄まじい表情を作った。
顔は真っ赤になり、歯を食いしばっているせいで頬は固くなり怒れる悪鬼のようである。
目の表情も険しく、その目はこの世の不条理全てと戦おうとしている神経症患者のようであった。
「イチさん、大丈夫…………うわっ!」
イチを心配して振り向いたイルハは驚き戸惑いの声を上げた。
なぜならそこには悪鬼か羅刹のように顔を強ばらせたイチが真っ赤な顔で汗を垂れ流し、小刻みにビクビク震えながら呼吸を荒くしていたのである。
「____大丈夫、大丈夫だ。大丈夫。____大丈夫」
そのイチの様子を見てイルハだけでなくヘルヒャンも困惑している。
何しろ感度3000倍なのだ。
常人ではとてもではないが耐えられるものではない。
しかし彼女は不屈の精神を持つ冒険者、イチである。
彼女のこの不屈の精神こそがこの小説のレーティングをギリギリで全年齢に留めている。
イチと感度3000倍との戦いはまだまだ始まったばかりであった……。
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(※1)遺跡草
地下遺跡や洞窟の奥など陽の光が届かない場所に茂る草花。
遺跡草という名前ではあるが、その実態は菌類である。
見かけは草と言うよりも苔に近いものが多い。




