インターミッション3 サウナマナーにご注意を モーリンは全裸の主
歴史的インターミッション3
ユーカイの村での誘拐事件を解決してからしばらくが経ち、イチは仲間のミノタウロス族のミュルガルデの治療魔法もあり、指の傷も痕を残す事無く回復した。
その後はそれなりにまとまった報酬が入ったのもあり、街に服を買いに行ったり食べ歩きをしたりして余暇を楽しんだ。
イチの好きな事は第1に食事、その次が公衆浴場のサウナである。
彼女が部屋を借りているルーナハイムは冒険者達が集まるスウィートバウム地区にあり、スウィートバウム地区の冒険者通りには色んな商店や食事処が並んでいるため余暇を過ごすのに不便しない。
この日もイチは昼にウィンドウショッピングを楽しみ冒険者用の装備を眺め、ヘルメェスランジェリーショップで新しい下着を購入し、夕食を食べる前に公衆浴場に行く事にした。
公衆浴場『ミチの湯』はイチのお気に入り公衆浴場である。
充実したアメニティや脱衣所に用意されている雑誌、そして何より安い入浴料が魅力で、冒険者のみならずこの地区の色んな人間に愛されている。
この日もイチはまず汗を流して身体を清めると、バスタオルを身体に巻きサウナを楽しむ事にした。
サウナルームに入ると熱された檜の香りと、鼻腔まで熱されるほどの熱気が身体を火照らせる。
「ゔ~~~~~~~~~~む」
イチはこの熱気がたまらなく好きである。
思わず表情筋は綻び、まるで岩が柔らかくなったような表情で至福を感じながら一番角のベンチに腰かけた。
ベンチには肌触りの良いタオルが敷かれており、熱気を吸ってカッとなる熱さである。
だがこれは店の配慮であり身体から絞られた汗がベンチを濡らさない役割のもので、次の客が心地よく座る為のマナーである。
熱気を十分に楽しんだら用意されている新しいタオルを敷いて外に出て、自分が敷いていた物は回収カゴに入れるのが暗黙のマナーである。
イチは運よく他の入浴客がいないこの癒しの空間に極楽のような幸せを感じていた。
____ここは正に灼熱のワンダーランド。汗と水蒸気のテーマパークだな。
イチは頬を伝う汗の感覚や徐々に蒸されていくバスタオルの中の裸体に感じる熱気さえも楽しんでいる。
段々と思考は解けてゆき、心身を浄化する無我の境地へと変わって行った。
そんな時である。
「さっき話した依頼あんじゃん?」
「あ~、人呑みサーペントの討伐依頼?」
「そうそう。なんか募集する人員増やすっぽいからスパチカもやんない?」
「え~、どうしよう」
会話の内容から察するに冒険らしき2人の少女がサウナ室に入って来た。
2人は裸体をタオルで隠し、イチから見えるベンチに腰かけた。
____サウナハットか。
イチは2人の少女が近年急速に流行り始めたチューリップ型の帽子を被っているのを見て嫌な予感がした。
イチはこのサウナハットを被った入浴者に良い印象があまりない。
最近、若い冒険者の中でサウナブームなるものが広がり始め、昔からサウナを愛好していた者達から顰蹙を買っている。
その若いサウナ利用者が好んでこのサウナハットを被っている傾向がある。
無論、全ての若いサウナ利用者がそうだとも言えないし、サウナハットを被っているからと言ってそう見做すわけにもいかないが、これはイチの経験則では危険信号であった。
二人の若い冒険者は一瞬イチの姿を確認はしたが、特に気にする様子もなくまるで自分の部屋でくつろぐような態度を見せた。
「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”、ぎもじぃいいいいい~~~~」
「やっぱ早めのサウナは最高だよね」
「まじでそれな」
ふたりのうち金髪の少女などは品のない唸り声を出すとベンチの上で胡坐をかいて完全に脱力している。
この時代の女子は男女の隔てなく魔王に反抗した魔王大戦後の影響で17世紀前半まで当然のようにあった伝統的な女性像から脱却した者が多く、特に若い女性の中ではその傾向が強まる。
イチとしては男女論に発展しかねない女性の仕草など普段気にするところではないが、こう、半裸をさらすサウナでそうあられもない座り方をされるとどうも気になってしまう。
「てかさ、現状集まってるパーティなんだけど弓持ってる人がいたんだけど」
「え、マジ?駆け出し冒険者?」
「いやいや、うちらと同じ山猫」
「マジ~~~~~?」
「弓とか許されんのは駆け出しまでだっつーの」
「ほんとそれ!金ないのか?って話よ!」
ふたりのうち最初にスパチカと呼ばれた緑髪の少女は「きゃはは!」と妙に耳に残る笑い声をあげている。
金髪のほうの少女は「ありえへん、まじありえへん」と何故か大日国の訛りの混じった言葉をしきりに使っている。
____最悪だ!一番一緒にいたくないタイプの客が来てしまった!
イチは心の中で絶望を感じた。
それは自分が大切に作った海辺の砂の城を無思慮に踏んで崩される絶望に似ている。
この時代、いや、現代でもサウナで喋ってはいけないというルールはないが、他の利用者がいる時は身内で騒がしく喋るのはマナーに反するという意見もあり、イチはその考えを持っていた。
しかしイチと言う少女は妙に思慮深いところもあり、サウナの楽しみ方は人それぞれで明文化されたルールでもないかぎり絶対的に自分が正しいとも思っていなかった。
しかしそれでも心中は穏やかではない。
____だいたい弓使いで山猫になった冒険者を舐め過ぎた。こいつらさては最近山猫になった冒険者だな。
確かに銃火器の発展後、弓矢は冒険者の中でも価値が下がりつつある。
しかしだからと言って武器として弓の優位性が完全になくなったわけではない。
弓は発射の際の音が銃に比べて静かなので隠密性が高く、依頼内容によってはむしろ重宝される事もある。
更に弓は魔法との相性が良く、優れた弓使いは特殊な効果を発揮する矢を放てる事も多い。
確かにふたりが言うようなシーサーペントと呼ばれる海の亜竜を敵にするならば銃のほうが好ましいだろうが、それでも弓ひとつで山猫のバッチを授けられたのなら何かしら秀でたところがあると見たほうが自然だ。
イチとしても狼階級の冒険者なので、弓を軽んじるふたりに何か言ってやりたい気持ちはあるが、それをできるほど彼女は気が強くない。
「つかさ、今集められているパーティで魔法使えるの私しかいないんだけど」
「マジで?ライちゃんだけ?ヤバくない?そんな田舎者か年上ばっかなの?」
「いやいや、それがうちらと同じくらいの子多いよ。マジやばいって。ありえへんって」
金髪の方の少女はライと言うらしい。
どうやら彼女らはふたりとも魔法が使えるようだ。
____こいつら、さては私と同い年くらいだな。
イチがそう思ったのも、この時代、18歳よりも下の冒険者は魔法を学んだ者が少なくないからだ。
魔王大戦後、戦後復興に伴い若い冒険者の学びの場として魔法学校などが作られはじめた。
その影響で本来、魔法を使えるようにならないはずの者も魔法を習得できるようになった。
そして、魔法の習得は早ければ早いほうが良い。
魔法の一般知識として、音楽や言語などとの関連性が指摘されており、ある一定の年齢まで魔法に触れる機会がなかったものはその後に魔法を習得するのは難しいとされていた。
しかし彼女らと同じくらいの年齢で魔法を学ぶ機会がなかったイチとしては彼女らの言いざまは面白くない。
____大烏のパルテルラット先輩だって、なんなら髑髏のリャンだって魔法なんて使わないがな!
事実、彼女らは魔法を使える事に特別感を覚えているようだが実は冒険者の世界で魔法はそこまで重要視されていない。
無論、使えるならば使えたほうが良いが、魔法が使えるといってもどの魔法をどの程度使えるかが重要で、例えばイチの仲間のシーナ・アハトゼヘルなどはその気になれば人喰いワイバーンを焼き尽くせる『炎の魔法』なども使えるが、詠唱に必要な時間、即応性、結果の不確定さを考えると銃を使ったほうが早い事の方が多く、事実シーナをパーティに加える際は『見えない壁を作る魔法』や『敵の動きを止める魔法』などの補助魔法のほうが頼りにされている。
“魔術師”と呼ばれる超常的な魔法を使う存在を別として、魔法を使える事が冒険の上での決定的なアドバンテージとなる事はなむしろ少ない。
____くそう。せっかくサウナを楽しみに来たのになんでこんな気分にならにゃらならんのだ。
「てかさ、結構軽く山猫になれたんだから狼もこの調子で行けるっしょ」
そう言うのはライ。
「それ!マジでそれ!意外と楽勝じゃん」
スパチカもライに同調し特徴的な音域の「きゃはは」を連発している。
____馬鹿!ああ、もう、言ってやりたい。何か一言いってやりたい!だけどそれを言えない自分も腹立たしい!
イチは腕を組んで難しい顔を作り、なんとかふたりの存在を自分の中から排除しようと試みたが彼女の中にある狼階級の冒険者としてのプライドがそれを許してくれない。
確かにバッチ無しの駆け出しから山猫の階級に上がるだけでもそれなりに難しい事ではある。しかしながら狼階級に上がるのは更に難しい。
あれだけの勇気と制圧力を秘めたタオ・メイメイでさえまだ山猫の階級に留まっているのだ。
狼になるためには戦闘以外の経験や知識、そして特性が求められる。
イチは出来る事なら彼女らに注意してやりたかったが、人見知りと口下手があり、己を今の時代で言う陰キャと位置付けていたのでその勇気が出てこず、己の長サウナのルーチンを今日は捨てて一旦外に出て仕切り直そうと思った時だった。
サウナルームの部屋が開くとイチの知った顔が一糸まとわない姿で入って来た。
イチが目線をやると(蒸気と角度の問題でセンシティブな箇所は見えないが)彼女は腕を組んで室内を一瞥するとふたりの若い女冒険者をギロリと睨み、冷たく棘のある声色で告げた。
「そこ、私の場所」
それはスウィートバウム冒険者ギルド、通称某支部の職員であり過去に大烏の冒険者であったが今は受付などの業務に追われているモーリン・アッテナであった。(第一話を参照されたし)
そのモーリンがスパチカが座っている場所を指さして自分の場所だと主張し始めたのだ。彼女以外の誰にも理解できな根拠を振りかざして。
ふたりの女冒険者はそのモーリンの勝手な言動に苛立ち反抗しようとしたが、その顔が自分たちが普段世話になっている某支部の職員と知ると顔色を悪くした。
「そこ、私の場所なんで。あと、サウナで喋らないように」
モーリンが腕を組み冷たい視線をスパチカとライに向けると、ふたりは顔を見合わせ「どうする?まずくない?モーリンさんだよ」「出ようか」と小声で話し合うといそいそと席を立って場所を渡した。
____“主”だ!
イチは自分が良く知っている受付嬢がサウナの“主”だった事を知って驚愕した。
ちなみに“主”とは公衆浴場内で自分勝手なルールを作り他者に押し付けるタイプの人間に使われる言葉である。
「タオル。変えてください」
モーリンがサウナルームから出ようとするふたりに、元居た場所のタオルを新しく変えるように注意しその通りにさせると、スパチカとライは「どうも」と言って気まずそうにサウナから出ていった。
____最悪だ!ある意味、さっきのふたりより悪い奴が入ってきてしまった!
イチは汗まみれの頭を抱えた。
しかもその悪い奴はイチの良く知った人物だったのだ。
普段のモーリンからは想像できない姿だっただけに、イチはとても辛い気持ちになってしまった。
モーリンは全裸のままドカっ“私の場所”に腰を下ろし、腕を組んだまま脚を組み目を瞑ると、不機嫌そうな表情のまま目を閉じた。
____最悪だ。もう出よう。
イチが渋々サウナを出ようと心に決めた時、モーリンが目を瞑ったままイチに声をかけてきたのである。
「奇遇ですね。ちょうど、次会ったら話そうと思ってた事があるんです」
「あはは、奇遇だな」
____声をかけられてしまった!最悪だ!
できれば今すぐにでも外に逃げ出したいイチだったが、そう声をかけられてはすぐ立つわけにもいかなかった。
____話?話ってなんだ?今ここで話さないとダメなのか?
イチは気まずそうな顔を浮かべたままモーリンの言葉を待った。正直、結果として十分な時間熱気に当てられていたのでできればもう身体を冷ましたい気持ちもあった。
断っておくがモーリンは常識的な人物で、普段横暴な態度など見せる事はないが、サウナに来ると人が変わるタイプの人物だったらしい。
イチの心情などお構いなしに口を開いた。
「魔法学院の研究者が冒険者を探しています。イチさん。お力を貸してください」
次回、第4話 『感度3000倍なんて怖くない!』




