スウィートバウム下着泥棒事件3 号令かかる
リャン・ハックマン。かつて魔王大戦の際に若くして救世的活躍により連合軍の勝利に貢献し、戦後も魔法を使えないにも関わらず魔王軍残党の『紫電のブリツクルッグ』を単身で破り、各地の魔王軍残党狩りで多大な成果を挙げた伝説級の冒険者。この世に10人しかいない髑髏のバッチをつける事を許された者の一人。既婚。一児の母。
そのリャン・ハックマンがカウンター奥の職員用の空間がある部屋からエントランスに現れると場が静まり返った。
冒険者の世界に足を踏み入れた者であれば、襟元で鈍く輝く髑髏の紋章を知らない者はいない。
自然、誰が音頭をとる訳でもなくその場にいるイチを除いた全ての冒険者が敬礼をし、某支部内は異様な雰囲気に包まれた。
「リャ、リャン・ハックマンさん。拝謁叶った事、光栄であります」
誰に頼まれた訳でもないが、この時大烏の階級であり冒険者としても経験豊富なパルテルラットがリャンの前に自然と歩み出る事になり、冒険者式の敬礼を見せた。
この時パルテルラットは、髑髏階級の冒険者であるリャン・ハックマンに対面できた感動と、リャンに対する恐怖から声は上ずり脚は震えていたという。
「お~」
リャンは気の抜けた声でパルテルラットに挨拶を返すと、突然腕を振ってパルテルラットの頬を手の甲で軽くはたいた。
「____!?」
交通事故が起きたような音がした次の瞬間にはパルテルラットの身体は弾き飛ばされ壁に叩きつけられて動かなくなった。
咄嗟に反応し自身の顔面を守ったのは流石大烏の階級と言うべきか、もし仮に防御が遅れていたらそのまま死んでいても不思議でない。
パルテルラットはこの時の事を後に語っているが、「まるで地球から弾き飛ばされるようだった」と残している。
リャン・ハックマンは殺人に躊躇がない異常人である。
パルテルラットをはたき飛ばしたのも大方難しい言葉を使われてモヤモヤしたからであろう。
これがイチにバルティゴ都市国家連邦での冒険者としての生き方を教えた女、リャン・ハックマンである。
リャンは業務中にも関わらず受付のカウンターに腰を下ろして葉巻に火を点けると何が面白いのかカラカラ笑い、怯えていたり呆然としている冒険者達を前に口を開いた。
「諸君。話は全部聞かせてもらった」
事情が読み込めず硬直したまま頭に「?」を浮かべる冒険者達。
そもそも何故大烏のパルテルラットがあのような目に遭わされなければならないのかも謎でしかない。
故に、恐怖しながら頭を混乱させた。
イチはこのリャンという女の性情を知っているので今更驚きはしないが、隣のタオ・メイメイなどは歯を鳴らして怯えている。
理由もなく他人を殺すほどの勢いで弾き飛ばす事のできる女がいたら無理もない。
「諸君、話は全部聞かせてもらった」
リャンは同じ言葉を繰り返した。
最早何が言いたいのか解らない。
冒険者達が硬直したまま動揺していると受付カウンターの中から職員のモーリン・アッテナがうんざりした調子でリャンを嗜めた。
「リャンさん。業務に支障が出ます。手短に」
「お~」
モーリン・アッテナは過去にも登場した女性だが、かつてはリャンが参加する遺跡調査のパーティに加わった事がある。
現在冒険者は引退しているが最終的な階級は大烏であった。
モーリン・アッテナの他にこの場でリャンとまともに話せる人物はイチのみであった。
そのリャン、葉巻の煙を一吸いして紫煙を吐き出し灰をカウンターの上に落とすと静かだが腹の底を震わすような特徴のある声で言うのである。
「近頃スウィートバウムで女の下着を盗む変態ヤローが出没してやがる。我々女冒険者の敵だ。許せねー。そこで、我々女冒険者同士で金を集め、事件を解決したやつに賞金として渡すことにする」
つまりは当事者の冒険者同士で報酬の為の金銭をカンパし、見事に事件を解決したものに賞金として渡すという事である。
この時、リャンがどの程度事件の全貌を知っていたかは筆者にはわからぬが、少なくとも下着泥棒という概念が広まる前に下着フェチなる性癖を持つものの存在を認識していたのは見事と言える。
「賞金は、独り占めするも、協力した仲間同士で山分けするも自由だ。以上、最善を尽くせ」
リャンの言葉が終わって尚、冒険者たちは固まったまま何の反応もできなかった。突然の事で頭が混乱しているのだろう。
そんな彼女らの顔をギロリギロリと睨みつけるようにして眺めると、ゆったりと右手を挙げて、
「や~」
と気の抜けた声を出した。
どうやら気勢を上げる掛け声のつもりらしい。
「「「「やああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」
皆、やけくそ交じりに右手を掲げ声を挙げた。
こうして都市国家連邦史上初めて歴史書に記録される、下着泥棒を捕まえるための女冒険者たちの戦いが始まったのである。




