最後の部屋
イチは遂に最上階である最後の部屋の前にたどり着いた。
イチは今まで味わってきた苦渋の道のりを思い、拳を握った。
目の前には最後の部屋を遮る豪奢な門。
誘惑する悪魔と、抗う妖精のレリーフが刻まれた鈍色の門戸を眺めてイチは鼻を鳴らした。
____こんな塔にはもったいない。
この塔の今までの罠の数々を思えばこの門の取り繕ったかのような神々しさが腹立たしかった。
____下品、悪趣味、低俗、卑劣。
そして門の前には乳白色の石材で形作られた椅子のようなものがある。
イチはまさにその奇妙なオブジェを見て彼女の乏しい語彙力を駆使してあらんかぎりの悪態を心中で吐いた。
その椅子の座面から一本の肉色のキノコのような物体が生えている。
それは現代、カンティネント大陸から洛陽海を越えた西の大日国で特に珍重されるマツタケと呼ばれるキノコ類に似ており、やや反り返っており先端が亀の頭のような形をしている。
それは一種の魔導装置であり、この門を開くための鍵であり取っ手でもある。
この装置は座面に尻をつけ、キノコ形の取っ手に自らを差し込む事でマナを吸わせると門が開くという装置である。
かつて多くの冒険者の男女がこの椅子に身体を貫かれ悶絶しマナを吸われていたのだろう。
____馬鹿、阿保、ヘンタイ、気持ち悪い。
既にガンベルトには消費した分、新たな弾丸を込めている。
対魔法使い用に精製した特殊な弾丸だ。
____冒険者を、舐めるなよ。
イチはリュックから両手で抱えられる大きさの果実を取り出した。
ジョイントモモと呼ばれるそれは桃のような果実で、人間の臀部によく似ている。
かつて魔王国と呼ばれた地の、現ユーラ諸島に自生する果実であり、面白いのが割れ目の奥に伸縮性のある穴が開いており、その穴の奥にマナ溜まりがあり触手類などの生物がそのマナを吸いにやってくる事で知られている。
イチはそのジョイントモモを椅子に生えているキノコ状の物体に差し込んだ。
するとジョイントモモがマナを吸われて反応したのか急激にブルブルと震え始め、暫くすると門が静かに開いた。
____お粗末な装置を作りやがって。
この装置も今までこの塔に挑んだ冒険者たちの知恵があったからこそ突破できたものである。
イチは右手にカーペイト15式を構えると門の先の薄闇へと足を踏み入れた。
◆
最後の部屋は大きく開けた部屋で、床の面積だけで100平米はあるだろうか。
支柱としてよりも、装飾としての役割が強い歯車のように凹凸が出るように切り出された柱が4本対角線上に立っており、マナランプが中央の天井から吊り下がり部屋の中をボンヤリと照らしている。
そしてマナランプの下には王族が寝るような大きな寝台があり、その縁にひとりの少女が腰かけていた。
「待ちくたびれたぞ。冒険者。そちには言いたいことが…」
イチは銀色の長髪をした褐色肌の少女が言葉を出し切るよりも先にその脛を狙って引き金を引いた。
銃声が室内を震わせたが、イチは空間が一瞬歪むような波動を感じ目を反射的に細める。その視線の先には銃弾が空間の渦のようなものに行く手を阻まれ、空中に制止し時が止まったようにその役割を失っている。
「無法が者め。聞く耳すら持たぬか」
が、その程度で身体を硬直させるイチではない。
撃鉄を起こしながらすぐさま柱の影に身を潜ませた。
「お前が行方不明の少女だな」
「いかにも」
銀髪の少女は桃色の目を不敵に細め寝台の上で足を組み直した。
古代石材文明風の布面積の少ない衣装は生の太腿を露わに出しており、肩から露出した腕で悠然と腕を組んでみせた。
「余の名はエル・ト・ラプダンジー。偉大なる大魔術師であるぞ」
「馬鹿な」
イチは目の前の少女が何者であるかどうかなどには一旦関心を捨て思考した。
かつての先人たちがどのようにしてこの最後の部屋を切り抜けたのか、その記憶を掘り起こしたが今の状況を助ける知恵にはならなかった。
目の前の少女はこの塔を生み出し、バルティゴ都市国家連邦に今も名を遺す稀代の魔術師ラプダンジー師を名乗っている。
通常、魔術師を相手にするには最低でも軍の1個小隊規模の戦力が必要とされている。
彼らは超常の魔力で世界の法則を乱し、戦場に現れれば単身で数十倍の敵を壊滅させる事もあるというこの現世で無敵の存在だった。
ラプダンジー師はこの時代から300年ほど前のバルティゴ王国建国前に活躍した魔術師の男で、その超常的とも言える魔術はあらゆる魔法を使いこなし生命の法則すら捻じ曲げ異界からの力を自在に操ったと語り継がれている。
傲岸不遜ではあるがバルティゴ王国の建国を魔力で助け、そしてその性情は酷く好色であったと言われている。
己の死期を悟った晩年に自らの魂を守る為にこのラプダンジーの塔を作り、その中で精霊として生きる事を選んだ。
「まったく、そちら小賢しい冒険者のおかげで近頃はこの塔に誰も寄り付かぬ」
「だから人間の少女に化けたのか」
「それだけでもないがの」
つまり、ラプダンジー師はこの塔を作ったはいいが、その危険性が世に広まるにつれて挑もうとする者が減ってしまった上に冒険者ギルドに見張りまで立てられてしまったので挑んできた冒険者を嬲ることができず、ついには我慢できずに自ら塔の外に出て釣り餌となったのだろう。
強いて言えば楽しいBARを作って最初はよかったが、悪戯がすぎて客が誰も来なくなって、遂には店の外に出て自ら客をひっかけようとするバーテンダーの気持ちに近いだろうか。
「かつてこの塔に挑んだ者たちは困難な罠にひっかかりながらも死力を尽くし、身一つで喘ぎ悶えながらも頂上を目指しておったというのに、そちはなんじゃ。道具に頼ってばかりでちっとも罠にひっからぬ。それでも冒険者か」
「冒険者をなんだと思ってるんだ!」
イチは柱の影から正確な狙いで再び少女ラプダンジーを狙い撃った。
正体がわかった今、最早急所を外すような真似はしない。
が、弾丸は正確にラプダンジー少女の額を捉えていたがやはり空間の歪みで生まれた渦に止められた。
____クソ! 正面からは無理か!
通常、魔術師に正面から対抗できるのは冒険者の中でも髑髏の階級に属している者だけだと言われている。
この時点での事実として、もしラプダンジー師が本気でイチの命を狩にきていたとしたら対面した時点でイチの屍を残してこの物語が終わっていたとしても不思議はない。
冒険者ギルドでは魔術師と遭遇した場合、戦わずに逃げるよう警告している。
だからと言って勝負を投げ出すイチではない。
イチは彼女の師であるリャン・ハックマンの言葉を思い出す。
____(魔術師と戦う? 一対一で? バカ、おめーが勝てるわきゃねーだろ。戦うな。バカな事聞いたら今度ははったおすぞ)
____まったく役に立たない!
しかしイチは諦めず、更に記憶を遡った。
かつてリャンとサウナで汗を流した時に、彼女の武勇伝を聞かされた事がある。その時はサウナという高温の施設内にもかかわらず、リャンの機嫌を損なうと鉄拳制裁をくらい命に関わるので適当な相槌をうちながら沸騰しそうな意識の中黙って聞いているふりをするしかなかったのだが、極限の緊張状態が彼女の脳の記憶領域に輝きを与えその記憶を引き出した。
記憶の中のリャンがサウナの熱に汗を流しながら得意げに話す。腕を抱きながら結った黒いおさげ髪の先端を指先で弄び、バスタオルを巻いた豊満なバストが一層主張を強めていた。
____(魔術師たって、結局撃てば死ぬ。身体は所詮生身だからな。しかも奴らはてめーらの才能を過信して私らを舐め腐ってやがる。だから油断しやすいのさ。だからな、私が『紫電』を殺った時も、油断させてから懐に潜り込んで…)
____油断、って言ったってな。
まさか死んだふりをしろとでも言うのか。
油断させるには演技が必要だろうが、相手の事がわからなければどう油断させればいいというのか。
____話してみて、時間を稼ぐか。
「なにが面白くてこんな悪趣味な塔を作ったんだ?」
ラプダンジー少女はイチの言葉を聞くと笑って答えた。
「無論、そちのような冒険者が喘ぎ悶える姿を見るのが好きだからじゃが、それだけでもない。特に、エロトラップダンジョンは流行じゃからの」
「流行だと?」
「そちの知らぬことよの。ちなみに催眠モノも流行っておるぞ」
短い会話の中でわかったのはラプダンジーが好色で、この塔を作ったのは中に入った者を嬲って辱めるためであるという事だけだったが、『催眠』という言葉にイチは小さな閃きを与えた。
その閃きは自身の進退を賭けるにはあまりにも頼りない閃きで、馬鹿げた思いつきと言ってよかったがイチは考えるよりも先に身体が動いていた。
リュックの外ポケットに手を回し、それを引き出す。
「あなたの思い通りにはいかないぞ。私は冒険者だ。他人の思い通りにはならない」
「ほほ、よう言うた。それでこそ堕とし甲斐があるというものよ」
イチはリュックから取り出した物をコートのポケットに忍ばせると、カーペイト15式のシリンダーに残った全弾をラプダンジー少女の姿も確認せず柱に背を向けたまま射撃した。
その射撃は標的を目視していないにも関わらず奇術のような正確さでラプダンジー少女を襲ったが、やはり弾丸は空間の歪みに捉えられて殺傷能力を失った。
「出ておじゃれ、無駄話はもう飽いたわ」
ラプダンジー少女はベッドからゆったりと立ち上がると手で空を薙いだ。
するとイチが身を隠していた柱がまるで巨大な金槌で殴られたかのように砕け、イチとラプダンジー少女を遮るものは失われた。
「____!!」
「ほほほ。阿保垂れめ。余は魔術師ぞ。冒険者ごとき相手にならぬわ」
ラプダンジー少女が今度は一度握った指を開くと凄まじい衝撃波が発生し、新しい弾丸をシリンダーに込め終えたイチを吹き飛ばし壁に叩きつけた。
「____ぐっ」
背中から臓腑を揺らすような衝撃にイチは一瞬意識を失いそうになった。たまたま背負っていたリュックが衝撃を吸収しなかったら実際失神してもおかしくなかっただろう。
もっともそれもラプダンジー少女の計算ではあったが。
「さてと、どう嬲ってやろうかの。堪能させたもうぞ、そちの身体」
ラプダンジー少女は優雅な足取りで裸足を動かしイチに近づいてゆく。
「____うわああああああああ!」
自分の戦意が消えぬよう、イチは揺れる視界の中で雄叫びとともに6発の弾丸を全て発砲。しかしそのことごとくがラプダンジー少女に届くことはなく空中で制止した。
「ほほほ。可愛いやつめ。じゃが、こう血の気が多くては難儀じゃの。余は暴を好かぬ」
イチは徐々にラプダンジー少女の姿が自身に近づき大きく視界に映ってゆくにつれて心臓の鼓動が強く早くなっていくのを感じた。視界が先細り、ラプダンジー少女の傲岸にほほ笑む表情が、言葉を弄する口が、怪しく輝く瞳がコマ送りのように見えた。
「余が命ずる____」
一瞬、ラプダンジー少女の目が紫色の淫魔の瞳に変わった瞬間にイチは殆ど反射的にコートのポケットに手を突っ込んだ。
「服を脱ぎ裸になれ。煽情的にゆっくりとな」
ラプダンジー少女の瞳が輝いた瞬間。
「________馬鹿なっ!!」
イチはポケットから手鏡を取り出して顔の目の前に突き出した。
それは何の変哲もない手鏡であった。
イチとはいえ年頃の少女である。
冒険の最中はともかく、街に帰る前になるべく最低限の身だしなみは整える。前に長い間ダンジョンに潜っていたせいで鼻毛が飛び出ているのに気が付かずギルドに戻った際に他の冒険者や職員に笑われた事もあるのだ。
それ以外でも顔面に外傷を負った時や遮蔽物に隠れながら敵のイチを把握するのにも手鏡は役に立った。
そして今回もまさに。
「ぬおおおおおおおおお! 馬鹿な!身 体が言う事を聞かぬ、こんな、子供だましで余の魔術が____!」
ラプダンジー少女は鏡に映った己の淫魔の瞳を見た事で己の催眠術にかかり、ゆっくりと煽情的に身体をくねらせながら腰の布を止めている絹の飾り紐を解いていった。
その紐が解かれ床に投げられるのと同時に、イチは瞬時にラプダンジー少女の目前に踊りかかりカーペイト15式の銃口を彼女の額に押し付けた。無論、撃鉄は起こしてある。
____こう近づいて、弾丸が止められるかよ!
放たれた弾丸は少女の頭蓋を粉砕し、白い床に褐色の身体が血だまりの枕に倒れた。
「魔術師が、聞いて呆れる。冒険者を舐めるな」
イチは硝煙の立ち昇るカーペイト15式から右手に伝わる痺れを感じながら左手でずれた帽子のイチを直した。
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イチ ぼうけんしゃ
【LV : 33】
【体力: 198】
【気力: 622】
【状態: ぬれ】
【状態: ノーパン】
・大魔術師ラプダンジーを撃退した!
・エル・ト・ラプダンジーの塔を攻略した!




