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戦いの果てに

 その後の事である。

 イチはラプダンジー少女の死骸を前に、一度昂った神経の反動かしばしぼうっと佇んでいた。

単身で髑髏階級以外の冒険者が魔術師を撃退したのは史上類を見ない事であったが、その実感が湧かない。

実際のところ勝てたのはイチの実力と言うよりもラプダンジー師の油断に頼るところが大きかった。


 ____冗談か。私があの大魔術師、ラプダンジー師を………?


 勝利の興奮よりも先に現実感の無さに言葉を失うイチだったが、死骸と化したラプダンジー少女が淡い光の粒に分解されてゆくのを見て息を呑んだ。


 ____!?


 再びカーペイトを構え戦闘の神経を尖らせるイチであったが、どこからかラプダンジー少女の声が響き、その調子はどこか投げやりであった。


 (そういきり立つでない。まったく、困った奴じゃ)


 「生きているのか?」


 (逆じゃ、余は最初から生きてなどおらぬ。そちが滅ぼした肉体は作り物。とは言っても再生には時間がかかる。余の負けじゃ。誇るがよい。この塔で余を打ち倒したのはそちがはじめてじゃわい)


 「はじめて? 他にも攻略に成功した冒険者はいたはずだが」


 (ほほ。何もこの余を打ち倒すのが攻略と同意義ではないぞ。まぁ、そちには向かぬ事じゃてな)


 「???」


 そもそもである。イチはこの塔の攻略を目的として足を踏み入れたわけではない。

行方不明の少女は結局ラプダンジー師が化けた姿であり、最初から助けを必要とする子供などいなかった事を考えるとこれは単なる徒労ではないか。

だからというわけではないが、はじめの尖った闘争心はなりを潜め、稀代の魔術師に対する興味も湧いてくる。


 「あなたはその気になればこの塔の罠をもっといやらしく配置できたし、さっきの戦いでも私などどうとでもできたはずだ。いったい何故なんだ」


 (言うまでもなく余は大魔術師ぞ。その気になればそちがごとき冒険者、取るに足りん。この塔にしろ、難攻不落突破不能のダンジョンに作ってやってもよかったが、それが何になる?余は死んでいる。今更予定調和の勝利など欲しくないわ)


 イチは言うまでもなく現世を生きる存在である。それにまだ若い。

故にラプダンジー師の言葉は理解できても同調も共感もできなかった。


 「すまん。難しくてよくわからない」


 (ほほ。おバカさんめ。それもまたよかろう)


 この時、哲学者や研究者などの世界の真理を追い求める学問の徒がいたらイチの不理解かつ無関心な態度を知ったら憤慨したであろう。それほどまでにラプダンジー師はこの世界の理を越えた知を持っていた。


 「そしたら、私はそろそろ帰りたいんだがな」


 そう言ってイチは周囲を見回した。

何か来た道とは別の裏口のようなものがあれば良いと思っていたのだ。

腹も減っているし、何より汚れた服を着替えて早く公衆浴場に行って冷えた身体を温めたい。


 (まあ、そう急くでない。余を打ち倒した褒美はいらんのかえ?)


 「褒美って言ったって、何が貰えるんだ? 金や財宝だったら勿論欲しいが…」


 (ほほほ、俗物じゃな。じゃがその手の物は既に渡し尽くしてしまっての。何か望みがあれば知恵を与えよう)


 「望み………」


 イチは考えた。

そもそもイチがこの塔に来たのは決して報酬目当てでなく、依頼されたから来たまでであって、できれば塔の最上階を目指す事無く帰れればいいとすら思っていたので急に望みを聞かれても言葉に詰まってしまう。


 (どうした。何もないのならば余を打ち倒した名誉だけを持ち帰るが良い。もっとも、他の者が信じるかどうかは別じゃがな)


 「それなら、記憶を蘇らせる知恵が欲しい」


 (記憶? それは妙)


 イチには6年前以前の記憶がない。それは不思議な記憶喪失で、バルティゴ連邦の生活知識やある程度の歴史知識そのままに、自身の名前はおろか出所地、両親の記憶がスッポリ欠落しているのだ。

ラプダンジー師はしばし考えた後に答えを返した。


 (陽下洋を越え、飛竜山脈を越え、魔王国を南に、失われた帝国があった地、ストラダン)


 「最果ての地か」


 ストラダンというのはかつて古代文明が栄えたと言われる地であるが、今では広大な砂漠と朽ちた遺跡群が広がる滅びの地で、毎日のように吹き荒れる砂嵐の中、少数の部族と僅かな生物が過酷な環境で暮らしている。


 (さよう、ストラダンの無限砂漠の中、ドーム状の外観をもつ遺跡がある。そこに過去を見る事ができる遺物が眠っておるという)


 「過去を見る遺物? 魔導装置か?」


 (手にすることができればわかる話よ。そんなことより余は疲れた。扉は用意してやる。疾くと下がるがよい)


 ラプダンジー師が言い終わると、部屋の中に魔術で生み出された薄桃色を基調とした扉が現れた。

これはラプダンジー師が得意とした空間を捻じ曲げる魔術を使ったもので、任意の場所に空間の入り口を生み出す事ができる。


 (では、余はこれにて。まったく、そちが散らかした罠や傷つけた魔物の修復を考えると大儀じゃわい…)


 「おい! 大丈夫なのかこのドア! 変な罠じゃないだろうな! おい!」


 イチは姿の見えないラプダンジー師に問いかけたが返事は帰ってこない。

仕方なく扉を隅々まで眺め、何か怪しい箇所がないか調べたがそもそもこの扉が怪しいので無意味であった。

元来た道を戻る事も考えたが、今の体力と装備品で改造トロルと戦い壁尻トラップを抜けスライムの泉を渡り他のトラップを警戒しながら無事に帰る事は同じくらい危険に思えた。


 「ええい、ままよ!」


 右手に握ったカーペイト15式を勇気の杖にして、勢いよく扉の向こうへと進むと、イチは一瞬黒の森の茂った木々を見た。

そして次の瞬間には身体が宙に投げ出され短い落下の後に地面に着地し尻もちをついて「ぎゃふん!」と倒れた。


 「あれま! イチさんでないですか!?」


 そのイチが落下する音に気が付いて走ってきたラムジーは倒れたイチを見て驚きの声をあげた。

微かにアンモニア臭を感じ、イチのショートパンツが湿っているのを見逃さなかったが敢えて気にしないふりをした。


 「無事だったんですか!? いやあ、流石狼階級さんだ。して少女はどこに」


 パターソもイチから漂う異臭に一瞬顔をしかめたが、彼も大人であったので全てを察し気にしない事にした。

イチはそんな二人の様子にあくまで凛々しい表情を作ろうとしたが上手く行かず、疲れた顔と小さな声で伝えた。


 「悪いが馬を連れてきてくれ。早くスウィートバウムに帰りたい」


 こうして、イチのエロトラップダンジョン攻略は終わったのであった。

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