『天坂理音という人間』その⑤
「エイン……ヘリャル……?」
マユはこれまでに聞いたことが無いほど大きな『足音』を立てて踏み込み、地下室へと駆け込んだ。
すると、植物が彼女を襲う。
飲み込もうとするようにマユへと伸びていく……!
「マユ!駄目!下がって!」
「はぁ!」
すると……マユはサーベルを振りかぶり、目にも追えない速度で攻撃する茎を切り落とした。
これが彼女の能力、【エインヘリャル】である。
そう。能力。
異能の力では無いものの、人間の力を超えた……能力。
彼女はこのサーベルに速度を提供し、サーベルは破壊力を提供する。それこそが彼女の能力。武器と、本人の性能を何倍何十倍にも増幅させる。
先ほどのは、エインヘリャルの技能の一つ『弾丸サーベル』と呼ばれるものだ。
彼女を攻撃する『シェヘラザード』の茎は、自然の植物の茎には見られない異常なまでの成長速度を持っているが、彼女は弾丸が飛ぶ速度でサーベルを振るえる。
「良し……対応できる……!リオ様!」
「マユ!駄目!危ないから下がって!これは普通の植物じゃない!全てが未知数なのよ!」
「今すぐ助けますから!」
マユの足へと植物が伸びる……
しかし銀色のサーベルがバサバサと切り裂く。
音速を超えて。
「……!」
「ねっ!平気でしょう!……はあ!」
リオを捕らえていた蔓が切断された。
リオの手を引っ張って地下室を脱出する……
「うわっ!」
「はぁ……はぁ……」
地下室の扉を閉めた。
つまりシェヘラザードを閉じ込めた。
「はぁ……はぁ……あ、ありがとう……」
「メイドとして当然です……が、なんということでしょう……まさかあの植物があんなことになるなんて」
「……!」
シェヘラザードが暴走したということは、あの最後に与えたエキスが間違っていたということになる……
リオは、つまり自分のせいで研究がおじゃんになったと、そう思った。
「何にしても、無事で良かったです……」
「ま、マユ、あれはいつから⁉︎」
「10分ほど前からでしょう……寝ていたら悲鳴が聞こえてきたので駆けつけたら……」
「……」
現在……時刻、25時10分。
10分ほど前。ちょうど、リオがエキスを挿したのが1時あたりであった。計算が合う。
深夜である。
リオは1階から、カーテンを吊るすのに使っていた『つっかえ棒』を持ってきて、地下室の扉の前に合わせて置いた。後は重いものを持ってきて、それも扉の前に置いて、絶対に開かないようにした。
「……はぁ……はぁ……」
「こ、これでひとまずは安心でしょう……リオ様、お怪我などはありませんか……?」
「大丈夫……マユは?」
「私は鍛えているので大丈夫です……というか心配しないでください。失礼だと思わないんですか?」
「ええ……」
しかしリオには、マユがかなり焦っているように見えていた。何せこんな不測の事態だ。
「……」
そして未だ、閉じ込めたから一件落着ともいかない。リオは考える……『あれ』をどうするべきかを。
シェヘラザードをは暴走した。
完成したはずだったのに……世界一の頭脳を持ってして、全てが完了したと結論が出てついていたのに。
それでも暴走した。
「……リオ様」
マユはリオをじっと見ていた。
何を訴えようとしているのかはわかる……
「……あれを『燃やせ』っていうの?でも……」
「いえ、お腹が空きました」
「……」
彼女は、それはまあ当然だと思った。
さっきの『エインヘリャル』とやらは恐ろしい性能だったが、その分、消費カロリーも多かっただろう……と、彼女は思った。
「カップラーメンでも食べようか」
「はい」
一階に上がり、机に向かい合って座る2人。
三分間は無言だった。
タイマーが鳴った時、マユはガツガツと食べ始めた……リオはそこで少し緊張がほぐれた。
「で……どういたしましょうか。あの木は」
「……」
リオは本気で悩んでいた。
エキスを抜くことが出来れば、世界が救える代物……しかしそれはもう不可能だろう。
「そもそもあれは本当に失敗なのですか?」
「えっ」
「何故か人間を襲う……しかし、実はそれは、我々が受け入れるべき対価……だとか」
「……あれが、あの化け物みたいなのが、シェヘラザードの完成形だって言うの?」
「申し訳ありません。思ったことを口にしただけです。……しかし、リオ様がいかに賢いかは、もう半年ほど見てきましたから……あなたが計算違いをするという方が、私には信じられないのですが」
「……」
実はリオもそうだった。
あのエキスの配合は確実に間違っていなかったと、彼女は現在も確信しているのだ。
何せそのエキスというのは、市販の成長促進材に塩水を混ぜただけのものであり、それを注入することは以前にもあったからだ……
明らかにあれで完成。
それは一番目を背けたい事実だった。
「……とりあえず、もう一度様子を見ましょう」
「あのドアを開けるのですか?」
「いいえ……監視カメラを見るのよ。機能してればいいんだけど……倉庫に行きましょう」
「ああ……魔窟ですね」
魔窟とは、天坂家にある、片付けられていない倉庫のことである。実はその端の方に隠し扉があり、家中を監視することが出来るのだ……
「そんなギミックがあったとは……」
「教えてなかったわよね。まあとりあえずあれで、地下室の様子は確認できるかもしれない……行くわよ」
「了解しました……がしかし、リオ様はカップラーメンは食べないのですか?」
「え?……ああ……あんまりお腹は空いてないかも……いる?あげようか?」
「もらいます」
リオはカップラーメンをマユに差し出した。
マユはそれを受け取……
「……⁉︎」
「え、な、何?どうしたの……?」
「リオ様……これ……し!しまった!!」
その時だった。
マユは席を立ち回り込んでリオを蹴り飛ばした。
リオには何が起こったのか分からなかったが、次の瞬間、理解した……
あのカップラーメンから、木が生えてきている。それもとんでもないスピードで。
マユはリオを蹴飛ばした後、サーベルを取り出した。……が、三回、振って、襲ってくるツタを切り落とした時点で、次に来た太い幹に吹き飛ばされた。
「ぐぁあっ……!」
「マユ!」
壁に激突し、彼女は頭を打って気絶した。
幹は、振り返り、リオの方を向く。
「……!」
しゅるるるるるるるる……
しゅるるるるるるるる……
倒れたマユを見て、彼女、リオの中で何か一つ、変わったものがあった。
「ま、マユ………………」
それはサディズムである。
他人のために奉仕する精神である。
…………それが彼女の中で完全に消え失せた。
「…………………………ごめんなさい」
その目は以前とは違っていた。
賢いけれど、どこか弱々しい天坂理音はもういなかった。……そこに佇んでいたのは、父親から期待された、王者としての理音だった。
「さあ……来るなら来いよ『シェヘラザード』……私をどうしたいかは知らないが、お前の願いを叶えてやるつもりは一切無い……」
もはや、他人に奉仕する側ではない。
他人から奉仕される『王』である。
『王』は全てを守らなくてはならない。
『王』は全てを守れなくてはならない。
そんな『王』の座には、彼女こそが相応しい。
そんなことは最初から、彼女は分かっていた。
彼女は……いいえ、『私』は。
「逆に私がお前を吸収してやる」
最初から分かっていたのだ……
シェヘラザードは私の体を囲う。程なくして私の体に激痛が走り始めた……
だがしかし私は叫びなどしないし、何かを乞うような真似もしない。それは支配者のすることではないから。
“世代の覇王になれ”?
父親『程度』の分際で何をこの私に命令しているんだ…あんたに言われなくても、私はちゃんと王になる。
大人たちよ、絶対に帰ってくるな……
これは私が世界に『用意させた』試練なんだ……頼り甲斐のあるお前たちなんてもう必要ない。
これからは子供の……いや。
『私の世界』だ。
「……!………………」
樹木がだんだん私の体の中に浸透していくのが分かった。だがしかし私は膨れて死ぬということは無い……
私が改造しなきゃ木材になってた『程度』のこいつに、私が負けるはずがないのだから……!
……そして1時間が経った。
マユはようやく、目を覚ました……
「……り、リオ様……ご無事で……って、それは一体……えっ……どういうことですか……?」
彼女が驚くのも無理もなかった。
私の『髪』と『眼』は、水色に変色していたのだから。
……これは副作用か?
「ま、まさか……」
「【シェヘラザード】は私のものになった」
「……!」
「これからは能力だ……万能薬の能力。そしてマユ……私は決めたぞ」
「な、何をですか……?……キャラを変えることですか?」
「大人の消えたこの世界は私が統治する」
この一夜が、私たちの冒険の始まりであった。
以来、私の体からは、植物が生えるようになった……
「はぁ……まあ、おともしますけど」
「よろしい。お前は私のメイドだからな」




