『天坂理音という人間』その④
「“私が読めるのはここまで。そこから先は知らないし、待っていても知り得ないだろう。そうしていると、今日から雇う予定だった例の毒舌らしいメイドが家を訪ねてきた……”」
メイドが 訪ねてきた
ピンポーン。
家のチャイムが鳴った……彼女は一気に汗をかいた。
「……まさか……ね」
一応迎撃用の野球バット(十分危ない)を持って玄関を開ける……と、そこには1人の少女がいた。
同い年ぐらいで、髪の毛は銀色で、
クールな表情で、メイド服を着ている少女が……
「……!!!」
「………………一昨日より配属される予定でした、メイドの香澄 繭です。言い訳をするつもりはありませんが電車が動かなくなってしまい、到着が遅れましたことを深くお詫びいたします」
「……ま、繭……?」
「はい。マユとお呼びください。天坂理音さま」
彼女はこのマユというメイドに、何か運命じみた物を感じた。しかし歓迎する前にマユは、ずかずかと家に上がり込んで、持ってきた小さなカバンを投げた。
「ちょちょちょ……」
「本来は家事手伝いとのことでしたが、いかが致しましょうか。……うわぁ……散らかりまくりですね」
「あ、あなた!」
「マユとお呼びください」
「マユちゃん!」
「マユとお呼びください」
「マユ……マユ!どういうこと⁉︎……よく考えたら、うちにメイドが来るなんて聞いてないし……」
「ご存知なかったでしょうか?説明がめんどくさいですね……リオ様、お父様は腰痛を患われていました」
「!」
ずっと椅子に座り小説を書いていたツケである。彼女はそれを聞いて妙に納得した。
彼はそういう弱みは隠したがるのだ。
「……」
「そこで家事手伝いとして派遣されたのですが……しかしいかが致しましょう。リオ様。リオ様は世界一の頭脳を持つとお聞きしておりますが、いま世間に対して何かアクションをなさいますか?」
「……万能薬を作ってる」
「万能薬?そんな都合のいいものが?」
「ええ。その名も『シェヘラザード』……これがあれば、たとえ世界に子供しかいなくても、医療はやっていけると思う。」
「それは凄いですね」
マユは目を見開いて驚いた。
「ええ。凄いのよ……だから一刻も早く完成させたいんだけど、思ったより時間がかかりそうなのよ」
「私が凄いと申し上げたのはリオ様のことです。そんな発明をするだなんて……ちょっと頭がおかしいんでしょうね」
「ありがとうでもなんか腹立つわね」
マユはキッチンの方へ向かった。
シンクを見ると…蔑む目でリオを見た。
「それがメイドの顔か?」
「リオ様はカップラーメンばかり食べていらっしゃったようですが、そんなに研究は大変で?」
「ええ……でもどっちかっていうと自転車を漕ぐ方が大変でね……体力奪われちゃって」
「夏なんですから太陽光発電を使えばいいのでは?」
「ああ……その手が」
こうして毒舌系メイドとの生活が始まった。
リオは、マユと次第に打ち解けていった。
「……前から思ってたけどあなた、普通のメイドじゃないよね……」
「お分かりになりましたか?」
「まあ………どうして『足音』を消すのよ」
「足音が嫌いなんです」
「へぇ……そんな……そんな好き嫌いある?」
それから実に半年が経過した。
彼女の『シェヘラザード』計画はついに完成が見えかけていた……その頃には、その植物は、太い樹木からツルが生えるという、変ではあるものの以前よりは単純な形に変化していた。
「リオ様」
「マユね……どしたの?」
「もうお休みになった方がよろしいかと」
「少しだけ……結構いいところまで来てるの。……もしかしたら今日には完成できるかも……!」
「……では、私はもう寝ますので……あまり無理をなさらないように。リオ様」
「ありがとう」
マユは部屋を出ていった。
そしてリオは、目と手を酷使して、本当に完成間近になった『シェヘラザード』と向き合っていた。
彼女は何とも言えない気分だった。
……半年が経つと、世界は大きく変化していた。
まず分かったことは、子供の体の成長が止まっているという点だった。
リオ以外にも賢い研究家の子供はいる。
調査の結果、まるで時間が固定されたかのように、身体が成長していなかったのだ。
そして……死亡者数は日に日に増えていった。
医療が間に合わなかった人。
治安の悪化で事件に巻き込まれた人。
……絶望して自殺した人。
彼女は様々なことを思った。
あの時、これがすぐに完成していれば……しかしそれが不可能なのは彼女が一番知っていた。
何にせよ、彼女は思った。
起きたことはもう変えられない。
せめて、より早く、この『シェヘラザード』を世界に植えなくてはいけない。早く。早く。
「……あっ……」
完成した。万能薬シェヘラザードが。
いや厳密には、とあるエキスを木に注入しなくてはならないのだが……その、エキスが完成した。
メイドはもう寝ただろうか?
彼女は、父が消えた前の夜のことを思い出した。
「……」
呼びたい。そこにいることを確認したい……
だがまあしかし、起こすのは申し訳ないので、彼女は、このシェヘラザードの完成を1人で迎えることにした。
「……また一つ……いや」
証明されてしまった。
そう言うのをやめた。
今や、父の言ったサディストの意味が分かるからだ。
サディストとは……こうやって、自分の知識と肉体、時間を、他人のために割くこと……
自分をいじめることだった。
「……」
唾を飲んだ。彼女は注射器を持つ。
木に刺して押すだけで……世界が変わる。
「よし……よし。……ええい!」
この夜こそ、
彼女が支配者になる最初の一歩であった。
──────
「……ここは……あれ?私は……あれっ?」
彼女は真っ白な空間にいた。
知らない場所。しかし落ち着く気がした。
「……さま!……さま!」
何やら声が聞こえるがリオには良く聞こえない。
そんなことよりも、彼女は真っ白な空間に興味を持っていた。ここは一体何なのか……?
「……さま!…………さい!……さま!」
興味をそそられ、彼女は歩き出した。
すると、遠くの方に何かが見える。
それは……川であった。
キラキラと光っている綺麗な川……
彼女は更に近づいた。
すると……人影が見えた。男の人だった。
「あれ……あれ……あれ⁉︎」
「……」
その男は。一番よく知る、男。
ずっとずっと会えなくて寂しかった男。
「お父さん……⁉︎」
「リオ。こちらへ来てはダメだ。今すぐ私に背を向けて帰るんだ」
「い……嫌だよ……私は……」
「『幸せになりたい』?」
「!」
父親は優しい目でリオを見ていた。
だが……心底、こちらへ来てほしくなさそうに。
「幸せになりたいのはお前だけじゃない。お前がこちらに来てしまえば、幸せになれずに多くの人が死ぬ」
「……お父さん……?」
「耳を澄ませろ。聞こえるはずだ。町中から……日本中から……世界中から……お前を求めている声が」
「…………」
「リオ。サディストなどもう必要ないし、ディヴォートもこれで終わりだ。お前は……」
その時、リオの体が後ろに引きずられる。
彼女は手を伸ばすが、どんどん引きずられ、届かなくなってしまう……
「世代の覇王になれ」
「リオオオオオオオオオオオオオオオオッ!起きろぉおおおおお!死にたいのかあああああああ!!」
「……!!!!」
目を覚ますとそこは地下室だった。
ただしそれまでの光景とは違う……部屋中に植物の根が這っている。さらに太いツルが空を切っている……
それは紛れもなく『それ』であった。
「ま、マユ……どうして……『シェヘラザード』が……!……」
「ようやく起きたか……!……そこでじっとしてろ!」
そしてリオは気づく。
彼女はその、豹変した『シェヘラザード』に捕らえられている。
「……!」
そして彼女……マユもまた、豹変していた。
右手に銀色のサーベルを持っている……!
「旦那様はこうなることまで予期していたとでもいうのか……⁉︎クソッ……何かおかしいとは思ってた!」
マユは駆け出すと同時にこう叫んだ。
「【エインヘリャル】 発動!」




