79.5 近藤 千紗
この話はハルナ視点ではありません。
実はこの話、活動報告にひっそり載せようと思ってたんですが、番外にするには本編との関わりが強いので、こっちに載せる事にしました。
約3,100文字です。
キーンコーンカーンコーン───。
「きりーつ、礼」
授業の終わりを示すチャイムが鳴り響き、クラス委員が号令を掛ける。
先生が教室から立ち去ると同時に、クラスメイトのお喋りと放課後特有の気だるげな雰囲気が充満していく。今日の授業はこれで終わりだ。
はー、やっと終わった。あとは帰る準備をしてっと。
「セーンちゃん!」
放課後の予定を頭の中で組み立てていると、カン高い声と共に背中の左右と中央をばしばしばしと3回ずつ叩かれた。こんな事をするのは親友の柚季に決まってる。
セン、というのは私のあだ名だ。近藤 千紗、この名前部分から千を取ってセンと呼ばれてたりする。
「いやぁ、相変わらず小さいねぇ」
「うっさいわ、ちゃんと伸ばす努力はしてるっつーの。
んで、さっきのはなんなのよ?」
「あれ、気付いた?」
「当たり前。人を呼ぶのにあんな変な叩き方する必要ないでしょ」
「えへへ……」
高校に入ってから3年の付き合いになるコイツは無類のオカルト好きだ。簡単な占いから怪しげな都市伝説(学校の七不思議等)まで幅広く調べるのが趣味で、最近は魔法は実在したとか言っているワンゲル部の男子とそっち系の話でよく盛り上がってるようだ。
こんな事を仕掛けてくるという事は、今回はまた新しいネタを仕入れたのだろう。毎度私で試すなと言いたいが。
「笑って誤魔化さないでキリキリ答える。でないと今日の英語の宿題、見てあげないよ?」
「あぁぁ、待って待って。ちゃんと言うからそれだけはやめてぇ」
変な知識は山のように持ってるくせに数学の公式や英単語が苦手なのが柚の不思議なところだ。オカルト知識に頭の容量を割きすぎてるんだろうか?
丸ごと暗記するだけで済むのはかなり楽───というのは、私は暗記が得意だからこそ言える事なんだろうか。
「で、なんなのよ、さっきの」
「えーっと。ああやって名前を呼びながら背中を叩くと、その日の夜、異世界を夢旅行出来るって話なんだけど」
「……あっそ」
「そんだけ!? 反応薄っ!
異世界だよ異世界。夢とはいえ異世界旅行が出来るんだよ! なんかこうワクワクしてこない?」
「してこないー。
大体、普通の夢だって十分に異世界でしょうが。どうやって区別つけるつもりよ?
それに、まず自分で試したらどうなの」
「もちろん、この話を聞いた日にやってみたんだけど……」
「けど?」
「気合入れて早めに寝たのに、気が付いたら翌朝だったのよねー。夢も見なかったわ」
「全然ダメじゃない、それ」
「でもでも、気分はすっきり爽快だったのよー? ひょっとしたらそういう隠れた効果が……」
「そりゃ単に早寝したからじゃない。ゆっくり寝れば普通はそうなるっての。おまけに効果が変わってるし」
「もう、夢がないなー、センちゃんは。
そんなこと小さい事ばかり気にしてるから背が伸びないんだよー?」
「小さくないし、背は関係ないでしょーが。
……やっぱ宿題、自分でやれ」
「えぇぇ、そんなー!?」
なんだか柚が喚いてるが無視だ、無視。
ったく、事あるごとに小さい小さいと言いやがって。これでもちゃんと150cmはあるってーの。……たまに小学生と間違われたりするけど、これからぐんと伸びるんだから。
最近、この付近で多発している通り魔事件の所為で全ての部活は活動停止中だ。先生達の見回りも厳しく寄り道もロクに出来ないため、まっすぐに家へと帰る。
面倒な事はさっさと済ませるに限ると、メールで柚と宿題についてやり取りをしながら自分の分を終わらせると、そのままゴロリとベッドに横になった。
ぽちぽちと携帯を弄りつつ、いつもより余った時間を潰していると妙に眠たくなってくる。チラリと手元の時計に目を落とすと示す時刻は18時半。このまま少しだけ目を閉じるのもいいかもしれない。
今日は火曜日、休日はまだ先と。学校、ダルイなぁ。
大きく息を吐くと、そんな事を考えながら目を閉じた。
◇ ◇ ◇
なにかに引っ張られたような気がてふと気が付けば、見た事のない通りの真ん中だった。
うちの近所と田舎を足して、テレビで見た発展途上国の風景を混ぜた感じだろうか。時折柚に見せてもらう狩猟ゲームの町を思い切り発展させた形に似ている気もする。
いきなりとんでもない状況に置かれたわけだが、特に違和感や不安を感じる事はない。なんだかふわふわとしていい気分なぐらいだ。
しばらくぼーっと辺りを見回していてなんとなく思う。きっとこれは夢なんだろう。
夢である事に夢の中で気付く。こういうのを確か、明晰夢と言うんだったっけ。
とすると、この見覚えあるような景色がごちゃ混ぜになったこの光景は私の想像力の産物という事か。
改めて辺りを見回してみるが寂れた感が半端ない。人が1人も見当たらない上に、夕暮れ時なのがその光景に拍車を掛けている。これではまるでゴーストタウンだ。
これが明晰夢ならある程度自由に操れるはずなんだけど……。
そんな事を思い出し、人よ出てこーいと念じてみたが、唐突に人が湧いて出てくる事はなく、辺りの光景が変わる事もなかった。さすがにそう都合よくはいかないらしい。
ちぇ、残念。
……と思ったところで、ふと目を向けた十字路の曲がり角から5~6人の人が歩いて来るのが目に入った。
なるほど、急に人が現れるのは変だからこうやって出てくるのか。
夢ながら妙に理屈の通った部分に感心しながらその集団をよく見ると、妙な部分に気が付いた。髪の毛の色がやたらカラフルで鎧装備な上に腰に剣まで履いている。
いや、出てくる人の格好まで狩猟ゲーム風って。柚に毒され過ぎだろ、私。
自分の頭に呆れつつも集団に目を戻すと、こちらを指差してなにか言い合っている。
「──────! ────!」
夢の中の所為なのか、話している言葉はよく分からない。が、私に向けてなにか言ってるのは分かった。
夢で喋るなんて初体験だなと思いつつ(寝言になるんだろうか、コレ?)、近づきながら手を上げて、挨拶しようとしたところで────。
背中に怖気が走った。
とっさに後ろを向いて飛び退くと同時に背中に灼熱が走る。
後ろを振り返ると、集団の中の1人が剣を振り下ろした格好で止まっているのが見えた。
熱い、熱い、痛い。切られた? 夢で? 夢なのに痛い?
なにこれ、なんなの。
なにがなんだか分からないまま、本能の命じるままに走り出す。
ひたすら走って走って、走り抜いて。ふと気が付くと建物と建物の隙間の暗がりの中、膝を抱える形で座り込んでいた。
幸い追っ手の姿は見当たらないが、既に辺りは真っ暗だ。
なんなの、なんなのよこれは。
私はベッドで寝ているはずだ。夢を見ているはずだ。それなのに、痛い。
痛い、痛い、怖い。
怖い、怖いよ……。
どのぐらいそうしていたのだろう。ふと影が差したので顔を上げてみると、2人の女性が連なって私の居る路地を覗き込んでいた。
そして前の方に居る白い髪の女性が、武器を手に掛けながら話し掛けてくる。
「───、─────? ────────────?」
相変わらずなにを言ってるかは分からないが、声の調子が荒い。それになんだか左手が光ってる。このままだとまた襲われてしまう。
嫌だ、嫌だ、怖い。
ひぃっ、と上げた情けない悲鳴を気にする暇もなく、一目散に路地裏を走り抜ける。
きっと私の顔は今、涙でぐちゃぐちゃになってるんだろう。だがもう周りを気にする余裕もなく、ひたすらに、がむしゃらに走りまくった。
怖い、怖いよ。早く起きてよ、助けてよ。
暗い路地の突き当たりで耳を塞いで顔を伏せ、目覚める事を祈って震え続けていたその時。後ろから優しそうな声が、私に分かる言葉が聞こえてきた。
「えっと、大丈夫かな?」
小説自体もそうですが、こーゆーのも初の試み。うわ緊張する。
内容がきちんと伝わればいいのですが。