第3話
「依頼完了報告をお願いするのです」
「あらシドくん」
冒険者ギルドの受付に現れた小柄な魔術師の少年に受付嬢のアナベルは思わず頬を緩ませた。むくつけき屈強な男たちの相手ばかりしている女性ギルド職員にとって幼くかわいらしいシドは貴重な癒しだ。
彼は四人パーティーの筈だが、報告に現れたのはシドと小人族の斥候ハイドの二人。不思議に思ったアナベルは魔道具を起動させて報告を聞いた。
「珍しいですね。普段はヒルダさんが報告に来られるのに。何かあったんですか?」
「ヒルダさんはちょっと報告に来れる状態じゃないのです」
「……お怪我でもされたんですか?」
依頼の結果やその過程は冒険者の昇級査定のためにも詳細に確認する必要がある。その為アナベルはヒルダの状態について少し踏み込んで聞いた。後ろのハイドの表情が少し強張っていることも彼女に違和感を抱かせていた。
「……本人のプライバシーにも関わることなので言いづらいのです」
「もちろん秘密は厳守します。ただギルドとしても依頼過程で何が起きたかはキチンと把握しておく必要がありますから」
「むぅ……困ったのです」
シドは本当に言いづらそうに腕組みして唸った。そして溜め息を吐くとアナベルにそっと耳打ちした。
「……その、ちょっとゴブリンの体液を浴びてしまって……臭いとか見た目とか色々アレなのです」
「ああ、はい。そういうことでしたら」
チラリと手元の魔道具を確認するが特に反応はない。ギルドでは冒険者による虚偽の報告を防ぐため、受付では【嘘感知】の魔道具を使ってその真偽を確認している。今のところ嘘をついている様子はないし、特に大きな問題はないだろうとヒルダに関する追及を取りやめた。
「依頼の方は無事完遂できましたか?」
「はいなのです。目撃証言があった地点で狼に乗ったゴブリンの一団を発見。殲滅したのです」
「それは良かったです。取りこぼしの可能性はどうですか?」
「見た範囲では全て殲滅したのです」
「ああ。討伐後に巣も確認したが、多分あれで全部だと思う。仮に別行動を取ってる個体がいたとしても、もう群れとして機能するだけの規模は残ってないだろうぜ」
ハイドの補足も含め彼らの報告に虚偽はない。アナベルは軽く頷き質問を切り替えた。
「では、依頼中に何か問題などはありましたか?」
それにシドは少し考える素振りをして口を開く。
「う~ん……うちのパーティーは前衛が二人抜けた直後だったので、少し敵が後ろに抜けてくることがあったのです。陣形の見直しが必要なのですよ」
「……まあ、そんなとこだな」
パーティーメンバーの減員はアナベルも気にしていたポイントだ。
「まぁ。大丈夫でしたか?」
「シドは大丈夫なのですよ?」
チラリと手元の魔道具を確認するが、やはり反応はない。大きな問題は無さそうだな、とアナベルは質問を打ち切った。
「わかりました。それではこれで報告受付を完了します。報酬の受け取りはいかがなさいますか?」
「パーティー口座に振り込みをお願いするのです」
「かしこまりました」
全ての手続きを完了し、「ありがとうなのです」と可愛らしく頭を下げたシドをアナベルは笑顔で手を振って見送った。
やはり可愛らしい少年は良い。むさくるしいオッサンに囲まれた仕事もこれで後二日は頑張れる。
ショタ成分を補充してホクホク顔のアナベルは、少年の言い回しのおかしさに最後まで気づかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは第一回『ヒルダさん復活の道』会議を開催するのです」
『お、おお……?』
パーティーで居住用に借りている小屋のリビング──という名目の一番広い部屋──でシドは方針会議の開催を宣言した。しかし唐突な彼の宣言に他のメンバーたちは戸惑い気味だ。
「いや、会議は別にいいんだけどよ。やることって言っても今のとこ仕事して金貯める以外ねーだろ。何か話し合うこととかあるか?」
「…………は~」
ハイドの疑問にシドはワザとらしく溜め息を吐いて肩を竦めた。その仕草にハイドはピキっとこめかみに青筋を浮かべる。そしてレオポルドもそれに乗っかってハイドを揶揄うように言った。
「やれやれ。貴様は本当にものの道理が分からん奴じゃのう?」
「あん? じゃあ何を話すのか言ってみろよレオ」
レオポルドは自信満々に鼻をフンと鳴らした。
「決まっておろうが。ヒルダをどんな魔物ボディに換装するかを話し合うのよ。いや~、ワシとしては是非ドラゴン種を──」
──バキッ!
レオポルドの言葉を遮るように、四人掛けのテーブルの上で何かが砕けたような音がした。皆がそちらに視線をやると、どうやらヒルダのゴブリンアームが木製の湯飲みを握り潰した音らしい。ゴブリンの細腕で出来ることではないが、どうやらアンデッド化したことで諸々肉体のリミッターが外れているようだ。
「…………」
彼女は一言も言葉を発さず、ただ『殺ル』目でジッとレオポルドを睨んだ。流石にレオポルドもこの状況で茶化すほどの胆力は備わっていなかったようで、コホンと咳払いし姿勢を正して黙り込む。
「ん~……話を進めるのですよ?」
特に反論も無いようなのでシドは今後の方針について自分の意見を口にする。
「まず最終目標はダンジョン踏破。そこから得た資金を使ってヒルダさんを蘇生すること。それについては皆さん異論ないです?」
「……まあ、普通にギルドの依頼こなしてるだけじゃ金貨千枚なんて溜まりっこねぇし、それしかねぇわな」
「じゃの」
「そうね」
三人の同意が得られたところで、シドは指を二本立てて続けた。
「それを実現する上で、シドたちにはまず二つの壁があるのですよ」
分かるか、と視線で問いかけるシドに、答えたのはヒルダだった。
「……一つは冒険者ランクね」
「はいなのです。シドたちは今E級。ダンジョンに潜るためにはギルドからの評価を上げてD級に昇格する必要があるのです」
冒険者はA~Fの6段階のランクに区分されている。F級が一番下。冒険者になって約半年の彼らは二か月前にE級に昇格していた。ただし一人前と認められるのはD級からで、E級以下の冒険者にはダンジョンへの立ち入りが認められていない。
そしてD級以上への昇格は能力は勿論、人格面も非常に重要視される。要はギルドからの依頼を問題を起こさず着実にこなし、日頃の行動を見て問題なしと判断された冒険者だけが昇格を認められるのだ。
何故人格面が重要かと言うと、そこにはダンジョンへの立ち入り許可が大きく影響していた。
ダンジョンとは古代の強力な魔剣や魔導書などが、その使い手を選別するために作り出す迷宮だ。その踏破者には現代の技術では到底再現不可能な魔道具や力が与えられることになる。人格的に問題がある人間にそんな機会を与えることがどれだけ危険かは敢えて説明するまでもないだろう。
「つっても、昇級目指すにしても結局仕事こなすしかねぇわけだし、敢えて確認することなくね?」
ハイドの疑問にヒルダとレオポルドも同意するように頷く。しかしシドはキッパリとかぶりを横に振った。
「大事なことなのです。何せシドたちはこれから、ヒルダさんの状態を隠しながら仕事をこなさなきゃいけないのです」
『……あ~』
その指摘に三人はそういうことかと呻いた。
「確かに、仲間をアンデッドにしておるなどと知れたら、ギルドも昇級を見合わせるじゃろうな」
「…………」
暗に自分の存在が足枷になると告げられて、ヒルダが居心地悪そうになる。
「これは単にギルドに隠し事をするというだけの話ではなくて、秘密を守るために人員を補充できないということでもあるのです」
「……それもあったか。確かにワシ一人で前線を支えるのは無理があったのう」
「新メンバーなんて入れたら確実にバレるもんな。キーアは妊娠中だから無理にしても、カイルに頼んで戻ってきてもらうか?」
「いや、確実に怪しまれるでしょ」
「だよなぁ……」
自分たちの現状が相当に険しいことを説明されて三人の顔が曇る。更にシドは少し言いにくそうに付け加えた。
「……それと、ヒルダさんに使っている呪文は本来シドの技量には余るものなのです。維持にはかなりのリソースを注ぎ込む必要があるので、当面シドの呪文は期待しないでほしいのです」
「それは……全く呪文が使えないってこと?」
「いえ。初歩の呪文ならいくらか使えるのですが、使える回数とかは半減すると思っていて欲しいのです」
『…………』
前衛も後衛もパーティーの戦力に大きな枷が嵌められてしまっている。小屋の中に重苦しい沈黙が流れた。
シドはその流れを切るようにパンと両手を叩き、話題を変えた。
「ここまでが冒険者ランクについての話。もう一つの壁について話をするのですよ」
「これ以上、気分が重くなるような話は勘弁だぜぇ……」
既にぐったりした様子のハイドにシドは笑って応じた。
「大丈夫なのです。こちらはある程度解決方法が分かっている問題なのです」
「ふむ。何か他に大きな問題があったかのう?」
「はいです。ヒルダさんの蘇生のタイムリミットなのです」
言われてレオポルドとハイドの視線がヒルダへと向かう。
「私……?」
「はいなのです。ヒルダさんは今、新鮮な魔物の胴体からエネルギーを補給して、脳の腐敗を遅らせている状態なのです。決して脅すわけではないのですが、前例のないかなり無茶な真似をしているのは間違いないので、正直いつまで腐敗を食い止められるかシドも保証はできないのです」
「それは……」
自分の蘇生までにあまり猶予が無いことを告げられ、既に死んでいるはずのヒルダの顔が一層青褪める。
「じゃが、解決策はあるんじゃろう……?」
そんなヒルダを気遣うようにレオポルドがシドに確認した。
「はいなのです。これについては基本に立ち返ればいいのです」
「基本?」
「【防腐】の呪文を併用するのです」
『ああ……!』
元々【防腐】はすぐに蘇生の儀式ができない者のために遺体の腐敗を遅らせる呪文だ。現在の胴体からのエネルギー供給と併用すれば、かなりの猶予を確保できる可能性が高い。
「つまり当面の目標は【防腐】の費用を稼ぐ、ということなのです」
「なるほどな。【防腐】って相場、金貨30~40枚位だっけ?」
「伝手の有無によって変わるわね。今回は私の伝手が使えないから40枚以上は覚悟した方がいいと思う」
「40枚か……高ぇなぁ」
溜め息を吐くハイドにレオポルドが半眼でツッコむ。
「お主がパーティー資金を使い込んでおらなんだら……」
「ごめんよぉ!」
バカなやり取りで少し空気が緩んだところで話をまとめるようにシドが発言する。
「ヒルダさんのことはギルド関係者には漏らせないのです。口止め料も含めて、金貨50枚は覚悟した方がいいと思うのです」
「……そんなところじゃろうな」
戦力が欠けた状態でD級昇格を目指す。
並行して【防腐】のための費用金貨50枚を稼ぐ。
なるほど改めて口にすると中々に厳しい条件だ。
『…………』
やるしかないとは分かっているが、ただガムシャラにやってどうにかなる話でもない。ヒルダもレオポルドもハイドも、誰に言われるでもなく自然と何かいいやり方がないか思考を巡らせた。
そんな三人にシドはニコリと微笑みを浮かべて言った。
「現状認識が済んだところでシドから今後の活動方針について提案があるのです」
「提案……それは戦力を補う方法ということかのう?」
「はいなのです!」
──後にヒルダは、その無邪気な微笑みを悪魔のようだったと述懐する。
「人員を補充することなく、今のシドたちに足りない前衛戦力を補う方法があるのです」
彼はそう言ってヒルダを見つめた。
「…………へ? わ、わたし!?」
「はいなのです」
翌日。街から徒歩一時間ほどの距離にある山中で。
「なんなのよ、これはぁぁぁぁつ!?」
新たにオークの胴体に換装したハーフエルフの生首から絶叫がほとばしった。




