第2話
「う、うう……」
卒倒して数分後、再びヒルダが意識を取り戻す。
「おお、目を覚ましたか?」
「だ、大丈夫なのか……?」
よろよろと身体を起こす彼女を、レオポルドとハイドが気づかわしげに見守っていた。
「……酷い悪夢を見たわ」
「夢なのです?」
何かを手に持ち純真無垢そうな表情で首を傾げるシドに、ヒルダは頭痛を堪えながら応じた。
「ええ。口にするのも悍ましい、馬鹿馬鹿しい悪夢よ」
「それはひょっとして──」
そこでシドは手に持っていた銅鏡をヒルダの前に突き出す。
「こんな悪夢なのです?」
そこの写っていたのは見慣れたヒルダ自身の顔──と、その首から下が緑の肌のゴブリンの胴体へと挿げ変わった怪生物の姿。
「…………はうっ!」
『ヒルダァァッ!?』
再びヒルダの意識は闇に落ちた。
「てへっ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「つい面白くなってしまったのです。反省はしたのです。もっと溜めて捻るべきだったのだと」
「全然反省してねぇだろクソガキ!」
再びヒルダが意識を取り戻した時、シドは地面に正座してハイドに説教されていた。
「う、うう……」
「おお、目が覚めたか……」
眩暈を堪えるように右手で額を押さえながら身体を起こすヒルダに、レオポルドが気づいて声をかける。そんなレオポルドにヒルダはゴブリンの左手を突き出し、低い声音でボソリと言った。
「……事情。説明して」
二度も気絶すればこの不気味な身体にも耐性はつく。いや正直、気持ちが悪いのは変わらないし混乱で頭は爆発しそうだったが、何とか意識を保てる程度にはヒルダも現実を直視できるようになっていた。
「その、もう少し落ち着いてからの方が──」
「この状況で落ち着けるわけないでしょうが……! いいから、早く、説明、しろ……!」
ヒルダはなおも説明を渋るレオポルドの胸倉を掴み、据わった目つきで凄む。レオポルドはガクガクと人形のように頭を上下させた。
「…………(クイッ)」
更にヒルダは少し離れた場所で無関係を決め込もうとしていたシドとハイドを睨みつけ、親指で足元を指し示し『来い』と命じた。
「…………」
『…………』
ハーフエルフの美少女の頭部、首から下がゴブリンという不気味な怪生物に睨まれて三人の冒険者が地面に正座する。
無言で説明を促すヒルダの圧にレオポルドとハイドが気まずそうに沈黙する中、ただ一人悪びれることない様子のシドが口を開いた。
「ではシドから説明させてもらうのです」
「…………」
「もう薄々気づいてるとは思うのですが、ヒルダさんはつい先ほど狼に首から下をズタズタに食いちぎられてお亡くなりになったのです」
「!」
改めて現実を突き付けられ、ヒルダはショックで崩れそうになるのを辛うじて踏みとどまった。
「……ええ。そりゃそうよね。あんな重傷を負って治療方法がこの場にないんだから、助かるはずがないわよね」
「ヒルダ……」
「いいのよ。それより大切なのは今がどういう状況か──それとこれからの話でしょ?」
心配そうな声を出すハイドに、ヒルダは敢えて気丈に振る舞った。
「それで? 死んだ私がどうして今こんな……こんな身体になって生きてるの?」
「それなんですが、ヒルダさんはまだお亡くなりになったままなのです」
あっさりと言うシドの言葉が理解できず、ヒルダは首を傾げた。
「お亡くなりになったまま……って、現に私はここにいるけど?」
「ここにいるけど、死んだままなのです」
「???」
混乱するヒルダを見て、レオポルドとハイドはそりゃそんな反応になるよな、と顔を見合わせた。
「おいシド。最初から順を追って説明してやんな」
「分かったのです。まず──」
シドはヒルダが魔物との戦いで命を落としたこと、その後魔物を退治したものの、娼婦落ちでもする以外に蘇生の方法が見当たらずどうしたものか三人で頭を悩ませたことを説明した。
「娼婦落ち……」
説明を聞いてヒルダもそれは確かに悩ましいと顔を顰めた。勿論死にたくはないし生き返りたい。だが生き返ってもいつ解放されるとも分からない娼婦暮らしでは死んだ方がマシなのではという気持ちもあった。
「……つまり、今こうして意識がある内に私にどっちにするか選べってこと?」
「はい。ただそうは言っても死ぬか娼婦落ちの二択はあまりに酷だとレオさんが仰るので、もう一つ選択肢を考えたのです」
他の選択肢。そう言われてヒルダは改めて自分の胴体を見下ろした。
「……ひょっとして、それがこの身体?」
「その通りなのです」
ニコリと笑い、シドはどこか自慢げに説明した。
「今のヒルダさんの身体は、シドの【死体操作】の呪文で仮初の命を与えたもの、いわばアンデッドなのです」
「ア、アンデッドですって!?」
僧侶の自分がいつの間にやらアンデッドにされていたという事実にヒルダは目を白黒させる。しかしこれまでの流れで驚きにもある程度耐性がついていたのか、すぐに混乱を飲み込んで新たに生まれた疑問を口にする。
「何でそんなことを──というか、アンデッドにするにしても何で身体がゴブリンなの!?」
それな、とハイドが横で頷いていたが、シドは悪びれることなく堂々と答えた。
「一つは先ほども言った通りヒルダさんの意思を確認するためなのです。とても重たい選択なのでヒルダさん本人の意思を確認しておきたかったのですよ」
勝手にアンデッドにされたことへの不満はあるが事情が事情だけにそこは理解できる。納得するしかない。納得できないのは、
「それは分かったけど、この身体は何よ!?」
「もう一つの選択肢の為なのです」
シドはそういうとその場から立ち上がり、少し離れた場所に毛布にくるまれて置かれていたある物の前で立ち止まる。シドが毛布を剥ぎ取るとそこにあったのはズタズタになった女の身体だった。
「私の……身体?」
「そうなのです。見ての通りヒルダさんの胴体はボロボロで、もうほとんど生物としての機能を残していないのです」
ショックを受けた様子のヒルダに、シドは敢えて淡々と続けた。
「一時的に動かす分には問題ないのですが、あくまで数日アンデッドとして活動させるのが限界なのです」
「……意思確認のためならそれで十分だと思うけど?」
わざわざゴブリンの身体を使う答えにはなっていなかった。
「はい。そこで第三の選択肢なのです」
シドは指を三本立てて続けた。
「ヒルダさんを蘇生する上で一番の問題はお金がない──あるいは金策のための時間がないという点なのです。呪文による蘇生が可能と言われているのは死体の状態にもよるのですが概ね死後14日間。【防腐】の呪文をかけてもらえればこの期間は伸ばせますが、その為にも金貨3~40枚は必要なのです」
「……蘇生絡みとなると私の伝手も頼れないし絶望的ね。まぁ仮に時間があったとしても金貨千枚なんて貯められるとは思えないけど」
悲観的なヒルダに、しかしシドはニコリと笑って首を横に振った。
「そうでもないのですよ? 僕らは冒険者なのですから」
「?」
ヒルダは一瞬何を言われたか分からず首を傾げるが、すぐに何かに気づいて目を輝かせた。
「──迷宮!」
「そうなのです。迷宮は意思持つ強力な魔道具が生み出す魔法の迷宮。踏破すれば現代の技術では再現不可能な魔道具が手に入るのです。金貨千枚なんてめじゃないのですよ」
シドの言葉はあながち誇張でもなんでもない。実際、高価な蘇生が冒険者の間で話題に上がるのは、そうした幸運に恵まれ一財産を成した冒険者が珍しくないからだ。
「もちろん迷宮に挑むと言っても今すぐは無理なのです。だから時間が必要なのですよ」
だんだんヒルダにもシドの言いたいことが分かってきた。しかしそれでも理解できないことがある。
「……言いたいことは分かったけど、それがどう私の身体をこんな……にすることに繋がるの?」
「時間を稼ぐためなのです」
シドはキッパリと言った。
「頭さえ無事なら胴体はどうなっていても蘇生は可能なのです。でもこのままだとヒルダさんの頭はすぐに腐って駄目になってしまうのです」
「って、まさか──!?」
そこでヒルダの脳裏にある悪魔的な閃きがよぎった。慌ててハイドとレオポルドを睨みつけると二人は気まずそうに視線を逸らした。
「俺はどうかと思うって反対したんだ……一応な」
「話を聞いた時は、もう少しロマンあるデザインになると思うたんじゃが、流石にゴブリンではのう……」
そしてシドは自信満々に胸を張り第三の選択肢を口にした。
「新鮮なゴブリンの胴体から呪文で体液を循環させてヒルダさんの脳に栄養を供給することで、脳の劣化を大幅に遅らせることができるのです」
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!!!」
ヒルダは聞きたくないと耳に手を当て絶叫する。突然の彼女の奇行にシドは不思議そうに首を傾げた。
「何か不満があるのですか?」
「大有りよぉぉっ! というか体液とか言うなぁぁっ!!」
シドは眉をひそめる。
「いやでも実際に血液とかで一括りにできない色んな体液が循環してる訳で──」
「そういうことじゃない!」
薄々理解はしていたがシドに改めて言葉にされたことでヒルダの中の拒絶反応が爆発した。
「それってゴブリンの……(ごにょごにょ)が私の脳を駆け巡ってるってことでしょ? そんなの──そんなのぉぉぉっ!?」
「確かに。考えて見ると物凄く特殊な体液プレイじゃの!」
「プレイって言うなぁ!?」
余計なことを言ったレオポルドがヒルダに蹴り飛ばされた。
ゴブリンの胴体をくっつけられただけでも気持ち悪いのに、更にその体液が自分の脳を駆け巡っているという事実を自覚し、ヒルダは悍ましさに頭を掻きむしりそうになった。いやゴブリンの手で自分の頭に触りたくないので実際にはしないのだけれども。
白目を剥いて絶叫するヒルダを痛ましそうに見つめるレオポルドとハイド。しかし分かっているのかいないのか、シドは笑顔でポンと手を叩いた。
「……ああ! 免疫とか拒絶反応は大丈夫なのですよ? 合成獣の技法を応用したので悪影響は最小限に抑えられているのです」
「そういう問題じゃなぁぁい!」
すごいでしょ、と胸を張る魔術師に、ヒルダは更に髪を振り乱して絶叫した。胴体がゴブリンなのでもうその動作だけで普通にホラーだ。レオポルドとハイドが「うわ」と呻いて後ずさる。
「むぅ。確かに全く脳にダメージが無いとは言えないのですが……でもこれはシドが言うのもなんですが物凄い成果なのですよ? 実例付きで学会で発表すればきっと大騒ぎに──」
「発表したらお前を殺す」
混じりけの無い純粋な殺意に、シドもそれ以上言葉を続けることができなかった。代わりに不満そうに顔を顰め、唇を突き出して尋ねる。
「……何が不満なのですか?」
「この身体に決まってるでしょ! 何でゴブリンなのよぉっ!?」
「適当な新鮮な死体が他になかったからなのです」
「だからって──だからって、こう……ちゃんと選んでよ! 探せば他にあったでしょ!?」
ヒルダの訴えは心情的にはもっともだが、効率と合理を重んじるシドにはヒステリーを起こしているようにしか見えなかった。シドはやれやれと言いたげに肩を竦めた。
「一応、メスのゴブリンを選んだのです」
「そういうことじゃなぁぁい!」
「──シドや」
かみ合わない二人のやり取りに、これでは埒があかないと割って入ったのはレオポルドだ。
「わしが思うに、やはりヒルダにはオスのゴブリンの身体を体験するという今しか味わえない喜びを──」
──どげしぃ!!
ゴブリンの小柄な体躯から繰り出されたとは思えない見事なソバットがレオポルドの側頭部に刺さり、ドワーフの重い身体を吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
荒い息を吐いて目を血走らせるヒルダが落ち着くのを待って、シドは改めて肝心の問いを口にした。
「それで、ヒルダさんどうするのですか?」
「どうするって……?」
「このまま死ぬか、娼婦として奴隷落ちするか……それともその身体で一獲千金に賭けるか、どれを選ぶかなのです」
「…………」
目を逸らしていた現実を突き付けられ、ヒルダは沈黙した。
もちろん死にたくはない。一度死を経験したからこそ死が怖くて仕方がない。
娼婦になるのもごめんだ。金貨千枚の借金ともなれば利息だけでも膨大な金額になる。恐らくハーフエルフの長い一生を娼婦として過ごすハメになるだろう。
最後の選択肢は上手く行けば全てが解決する。上手く行くとは限らないが、元々冒険者なんてそんな可能性に人生を賭けた博打打ち。ヒルダもその例に漏れず分の悪い賭けは嫌いではなかった。
問題は勝算ではなく、その過程。
「~~~~っ」
ヒルダはしばし一人で思い悩み、悶えた後、絞り出すように口を開いた。
「……………………その、死にたくは、ない」
「はいです」
「……………………娼婦落ちも、いや」
「ですか」
「……………………だけど、ゴブリンの身体もいやなの」
そこでヒルダは縋りつくように目を見開き、訴えた。
「せめてもうちょっと、マシな身体にして……!」
「もちです」
あっさりと頷くシドに、ヒルダは拍子抜けした様子で尋ねた。
「えと……できるの?」
「はいなのです。というか、定期的に胴体を換えていかないと胴体も腐っちゃうのです。元々そのつもりだったのですよ」
シドの回答にヒルダは俯き、
「……………………じゃあ、頑張る」
そう第三の選択肢を選ぶと宣言した──して、しまった。
この時、彼女が顔を上げていたならば、痛ましそうに自分を見つめる小人族の表情に気づいてその選択を思いとどまっていたかもしれない。あるいは新しい胴体と聞いてロマンに目を輝かせるドワーフか、悪魔のように美しい笑顔で微笑む魔術師か。
この選択が果たしてどんな結果をもたらすことになるのか、知る者はまだいない。




