第1話
以前短編として投稿していた作品が消えていたので中編にリメイクして投稿。
「やっぱり前衛が少なかったのですよ」
「むぅ。いけると思ったんじゃがなぁ……」
「いやいや、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!?」
森の一角で首から下を魔物の牙でズタズタに食いちぎられ絶命した女僧侶の遺体を囲み、三人の男たちがどうしたものかと顔を寄せ合っていた。種族も年齢もバラバラの冒険者の一団だ。魔物との戦闘直後で辺りにはゴブリンとその乗騎となっていた狼の死体が散乱していた。
戦いには勝利した。しかし女僧侶がその犠牲となってしまった。エルフの血を引く整った顔立ちは恐怖で歪んだまま硬直し、首から下は見るも無惨な有り様だった。
「……取り敢えず、埋めるのです?」
まだ幼さの残る少年が顔色一つ変えず遺体の処分方法を提案する。灰色の髪と目に小柄な体躯、魔術師らしく手には杖を抱えていた。
「埋めんの!? いきなり!?」
それを制止したのは魔術師の少年よりさらに小柄な男だ。顔立ちや風体には枯れた雰囲気が漂っており、彼が成人した小人族であることを示していた。
「うむ。こういう野外に死体を埋めるのはマナー的にどうかと思うぞ」
重々しい声音で窘めたのはガッチリした体躯のドワーフ族の戦士。
「きちんと街まで運んで丁重に弔ってやるべきじゃろう」
「確かに。ギルドに報告する時、遺体はどうしましたかって聞かれたらマズいですしね」
「違ぇだろ、馬鹿ども!!」
仲間の遺体を前にノホホンと会話を交わす魔術師とドワーフに、小人族の男が堪えきれずにツッコんだ。
「死体の処理より先に、まずは蘇生できるかどうかの検討だろうが!」
その意見に二人はしばし沈黙した後、その発想は無かったと言いたげにポンと手を叩いた。
『…………おお!』
「この薄情者どもが!」
小人族の男はガチギレ気味に罵るが、しかし魔術師とドワーフは心外だと言いたげに顔を見合わせた。
「……そうは言っても、蘇生費用って金貨千枚なのですよ?」
「そうじゃのう。キーアの妊娠で祝い金を包んだばかりじゃし、儂らの手持ち全部かき集めて金貨10枚に届くかどうか……」
「シドたちの装備全部売り払ったとしても全然足りないのです」
「ぐ……っ」
冷静な二人の指摘に小人族の男は押し黙る。
「今回の仕事も報酬は全員で銀貨80枚。経費を差し引いたら利益なんていくらも残らないのですよ」
ちなみに金貨1枚は銀貨100枚換算。生活費やら消耗品費、装備の修繕・更改費用やらを考慮すれば、蓄えに回せるのは報酬の半分にも満たない。
「節約しても金貨千枚貯まるまでに10年はかかりそうじゃのう」
「その前に遺体が腐っちゃうのです」
あっさり「無理だろう」と結論を下す二人に、小人族の男は「薄情すぎるだろう」と食い下がった。
「そうだけど何かやりようがあるかもしれねぇだろう? 例えば……ヒルダの家族に相談してみるとか!」
「ヒルダさんは戦災孤児なのでご家族はいないのですよ?」
「うむ。お主はいつもギャンブル通いで仲間の身の上話になど興味は無かったのだろうがのう」
「待って!? 何で仲間を見捨てようとしてるお前らに仲間を救おうとしてる俺が非難されてんの!?」
小人族の男はそう抗議するが日頃の素行と付き合いの悪さを突かれると分が悪かった。
「じゃあ、えっと……そうだ! ヒルダが仕えてる神殿に相談してみようぜ! 僧侶なら蘇生費用もツケが利くかもしれないだろ?」
話題を変えようと別の方法を提案するが、しかし二人の反応は芳しくなかった。
「ヒルダさんが仕える地母神の教義では蘇生は不自然なこととして推奨されてないのです」
「うむ。禁止まではされておらんが、信者なら尚更便宜など期待できんじゃろうの」
仲間への興味も無ければ常識までないのか、と二人が呆れた目で小人族の男を見る。
「シド、レオも! 何でそんなに俺に当たりが強いの!?」
「ハイドさんが先日ギャンブルでパーティー資金を使い込まなきゃ、遺体に【防腐】の魔法をかけるぐらいはできたので……それでかなと思うのです」
「うむ。お前が言うなって感じじゃの」
「ごめんよぉ!」
魔術師シドとドワーフの戦士レオポルドに当たりがキツイ理由を突きつけられ、小人族の斥候ハイドは涙目で平謝りした。
土下座するハイドを見下ろして嘆息し、レオポルドは改めてどうしたものかと首を傾げる。
「しかし真面目な話、どうするかのう?」
「え? シドはいつだって真面目なのですよ?」
「…………」
「…………?」
不思議そうに首を傾げるパーティー最年少の魔術師の言葉を、レオポルドは聞かなかったことにして仕切り直した。
「短期間で蘇生費用を稼ぐのは不可能。【防腐】の魔法も間に合うまい。となると……借金か?」
「何の実績も無い新米冒険者にそんな大金貸す人はいないと思うのです」
『じゃよ(だよ)なぁ』
シドの冷静なツッコミにレオポルドとハイドが頷く。そこでシドは何かに気づいた様子でヒルダの遺体に視線を落とし、口元に杖をあてて呟いた。
「あ。でもヒルダさんは美人だし、ハーフエルフで寿命も長いから、娼婦落ち前提ならひょっとして……」
「待て待て待て!」
ハイドが地面に正座したまま顔を上げて静止した。
「それって【制約】かけられて自殺もできねぇ奴隷契約だろう? 本人の了承もなく蘇生させてそれは流石にマズいんじゃ……」
「確かにのう。それなら死んだままの方が良かったというかもしれん」
そもそもヒルダは地母神の僧侶なので教義的に蘇生を嫌がる可能性もあった。
「死亡した時に蘇生を希望するかどうか事前に聞いておくべきだったかのう……」
「言いたいことは分かるけどそりゃ無理だろ。普通は聞くまでもなく蘇生を希望するもんだし、蘇生してやれる見込みがあったわけでもねぇんだからよ」
顎髭を撫でながら唸るレオポルドの言葉をハイドはかぶりを振って否定した。
「せめて本人の意思確認だけでもできればいいんじゃが……」
「それも残酷な気がするがなぁ。今んとこ、このまま死ぬか、いつまで続くか分からない娼婦落ちの二択だろう?」
「確かに。せめてもう少し他の選択肢があればのう……」
『…………』
どん詰まりの状況に男たちは頭を悩ませる。
そんな中、真っ先に「無理じゃね?」と諦めていたシドは、何の気なしに周囲に散らばるゴブリンたち魔物の死体に目をやり、ある可能性に思い至った。
「…………あ」
「ん? どうした、シド?」
そんなシドの様子に気づいてレオポルドが声をかける。幼く未熟ながらも才気あふれる魔術師であるシドは、この状況からヒルダを救う方法を思いついてしまった。そして普通の人間なら思いついても決して実行しようとは思わないソレを口にしてしまう。
「……まだ練習中の呪文なので出来るかどうか、やってみないと分からない部分はあるのですが──」
シドの提案を聞いた二人の反応は対照的だった。
「ほう!」
レオポルドは面白そうだと目を輝かせ、
「うぇぇ……?」
ハイドはその結果を想像してドン引きした。
しかし現実問題それがこのどん詰まりの状況を打開する唯一の方法であることは間違いない。結局シドの提案は提案者本人と何故かノリノリのレオポルドの賛成多数により可決されてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う……あ……?」
ハーフエルフの女僧侶ヒルダが死の微睡みから目を覚ます。身体が重い。開けた瞼の隙間から差し込む光がチリチリと眼球を焼く。ヒルダは眼球が光に適応するのを待ってゆっくりと瞼を持ち上げた。
「お、おお……ホントに目覚めたぞ……!」
「……正直、冗談かと思っておったわい」
最初に視界に飛び込んできたのは自分を覗き込む三人の仲間の顔だった。彼らの顔にはヒルダへの気遣い、そしてほんの僅かな警戒と恐怖とが滲んでいた。
──どういう状況……?
二日酔いの時のように反応の鈍い脳に血液を巡らせながら、ヒルダは『どうして私は寝転がってるんだろう?』と首を傾げた。
──確か私たちはギルドの討伐依頼を受けて……そうだ。今日はキーアとカイルの妊娠騒動でパーティーが四人になって初めての仕事だった。前衛がレオ一人で少し不安だったけど、ゴブリン相手ならそんなにしん、ばい、すること──
「──ひうっ!?」
ヒルダの脳裏に狼に生きたまま自分の胴体が食いちぎられていく映像がフラッシュバックし、ビクンと身体が跳ねた。
「ど、どうしたどうした!?」
「むぅ、やはりこのやり方は問題があったか……?」
「…………」
仲間たちがヒルダを見て心配そうに顔を歪める。いや魔術師のシドだけは表情一つ変えず冷静にヒルダの様子を観察していた。
ヒルダは気持ちを落ち着かせるために再び目を閉じ、大きく深呼吸する。数十秒ほどそれを繰り返すと混乱は収まり、重苦しく他人のもののようだった身体も徐々に感覚を取り戻していった。
「……ごめん。大丈夫。迷惑、かけたみたいだね」
再び目を開けて仲間たちに謝罪する。詳しい経緯は分からないが自分が仲間たちに心配と迷惑をかけたことだけは理解できた。無理やり笑顔を浮かべ、身体を起こして大丈夫だとアピールしようとする。
「待て! う、動くんじゃねぇ!」
「う、うむ。まだジッとしておれ……!」
ハイドとレオポルドが慌ててヒルダを押し留めた。
「?」
何をそんなに慌てているのだろうか?
いやだがこうして意識を失っていたということは自分のダメージは相当深かったのかもしれない。ヒルダは警告を受け入れ、横たわったまま首から上だけを動かして仲間たちに訊ねた。
「……戦いはどうなったの? よく、覚えてなくて……」
『…………』
ハイドとレオポルドが戸惑った様子で顔を見合わせる。答えたのは普段と変わらぬ様子のシドだった。
「ヒルダさんが倒れた後のことでしたらゴブリンたちは直ぐに殲滅できたのです。取り逃がしもないはずなのですよ」
「そう。良かった……」
安堵の息を吐くヒルダに今度はシドが訊ねた。
「ヒルダさんは、あの戦いをどこまで覚えているのですか?」
「どこまで……」
問われて思わず顔を顰めた。正直あまり思い出したくはなかったが認識のすり合わせは必要だろう。ヒルダは恐怖と悍ましさを堪えて意識を失う前に見た最後の光景を口にする。
「その……狼に騎乗したゴブリンに接近されて殴り倒したところまでは覚えてる。その後は……下になってた狼が私に襲い掛かってきて──」
「そこまで。記憶に不備は無さそうなのです」
ヒルダの顔が苦しそうに歪んだのを見てシドは言葉を遮った。ヒルダにはその言葉の意味は分からなかったが、ともかく不備がないのはいいことだ。微笑みを浮かべ、言い忘れていた言葉を口にする。
「……ありがとうね」
「何がです?」
「ほら、その……私酷い怪我だったでしょ?」
『…………』
男たちは顔を見合わせ沈黙した。それを肯定と理解したヒルダは横たわったまま改めて感謝を口にした。
「助けてくれて本当にありがとう」
「い、いや、その……気にすんなよ?」
「う、うむ。仲間を助けるのに全力を尽くすのは当然のことじゃからの」
ハイドとレオポルドの声は少し上ずっていた。ヒルダはその反応に「照れてる?」と首を傾げつつ、ふと気になったことを訊ねた。
「……そういえば、どうやって治療したの?」
『ひゃい!?』
ハイドとレオポルドが変な声を上げた。ヒルダが視線を向けると彼らは慌てて目を逸らす。そのことを不審に思いつつヒルダは質問を重ねた。
「結構深い傷だったと思うし、普通の傷薬じゃ治せなかったんじゃない? どう、やっ……て──」
──あれ? 私以外回復呪文なんて使えないし、あんな重傷を治せる薬なんて誰も持って……ないよね?
あれほどの重傷を治すには高位の治療師による回復呪文か腕の良い薬師に頼るぐらいしか方法はない。街まで運んで治療してくれたのだとしたら、周辺の景色がゴブリンたちと戦闘を繰り広げたあの森のままなのはおかしい。
──痛みはないからてっきり治療は済んでるモノだと思ってたけど……あれ?
「……あれ? ねぇ、私の身体って今どうなってるの?」
『うおぉぉぉっと!?』
身体を起こして怪我の状態を確認しようとしたヒルダを、ハイドとレオポルドが左右から肩を掴んで押し留めた。
「ま、まだ動くな! 身体がなんかこう……あれだ!」
「そうじゃ、動かすと取れる──じゃなくてとにかく動くでない!」
「え? ええっ……?」
ヒルダは二人が何を言っているか分からず視線だけ動かして自分の胴体を見るが、彼女の首から下は毛布で覆い隠されていた。
「ちょ、何? いったいどうしたって言うのよ!?」
何か自分の身体に不具合──例えば傷跡や欠損なりが残ってしまったのだろうか? それでショックを与えまいと身体を隠している?
しかしヒルダとて冒険者だ。相応の覚悟をしてこの道に足を踏み入れた。気遣いはありがたいが、どうせ遅かれ早かれ知ることになるなら隠していても同じこと。ヒルダはフッと力を抜き、仲間たちに「大丈夫よ」と語り掛けた。
「あれだけの傷だったんだもの。五体満足で生き延びられるなんて思ってないわ。覚悟はしてるし一々取り乱したりしない。だから大丈夫」
『…………』
安心させようと微笑んで見せたが、それでもハイドとレオポルドは困惑は収まらなかった。
──もう、意外と心配性なんだから。
生きてさえいれば例え四肢の欠損だろうと治療は可能だ。一般人であれば神殿に相応の喜捨が必要となるだろうが、ヒルダはこれでも神に仕える身。奉仕活動あたりと引き換えにすれば優先して治療を受けさせてもらえるだろう。
最初にヒルダの言葉に頷いたのはシドだ。
「ヒルダさんもこう言っていますし、これ以上隠す意味はないと思うのです」
「い、いやしかしじゃな。女子に見せるにはこいつはかなり絵面が厳しいというか、正直わしも舐めとったというか──」
「レオ。そんな気遣ってもらわなくても大丈夫だって」
普段豪快で無神経なドワーフの言葉にヒルダは思わず笑ってしまった
「じゃが、その……」
「もう。ホントにどうしちゃったの? そりゃ私も女だし、多少ショックは受けるかもしれないけど、遅いか早いかの違いでしょ?」
「それは……そうなんじゃが」
レオポルドがもごもごと口ごもる。ハイドも黙ってはいるが何か言いたげだ。
そんな二人にシドが説き聞かせるように言った。
「レオさんもハイドさんも、いつまでも隠し通せるものではないのです。まずは現実を認識していただかないことには始まらないのですよ?」
『…………』
「というわけでヒルダさん。まずは今のご自分の身体を確認して欲しいのです」
『あっ──!』
そう言って、シドは猶も煮え切らない様子のレオポルドとハイドを無視してバサッとヒルダの身体にかけられた毛布を剥ぎ取った。
「……………………?」
細い、栄養失調気味の小柄な身体が、そこにあった。肌ツヤも悪くガサガサだが、これは怪我の影響だろうか? もしそうでないならショックだな、とヒルダは他人事のような感想を抱いた。
大事な部分は粗末な布で隠されていた。こんな服を着ていた記憶はないが、これは誰が着せたのだろう?
あれ? 肌の色が変な気がする。いくらダメージを受けたのだとしてもこんな緑色の肌なんて……
おかしいのは自分の身体か、目だろうか?
まるで自分の身体が、ゴブリンのそれに変わってしまったように……見えた。
──は、はは……まさか、そんなはず……
目を擦ろうと腕を動かした瞬間、緑色の汚い腕が顔に近づいてきたのを見てヒルダは虚空で動きを止める。
「…………」
グーパー、グーパー、上下、左右。その醜いゴブリンの腕が自分の身体であることを認識し──
「はうっ!」
ヒルダの意識は大きすぎるショックに再び闇に落ちた。
「ああっ、ヒルダっ!?」
「気をしっかり持つんじゃぁぁっ!」
本日もう一話投稿予定。




