第4話
「シドォォォォッ!?」
オークの胴体に可憐なエルフの少女の生首を装着した怪生物。その名状しがたきナマモノに詰め寄られながら、しかし魔術師の少年はいつも通り平常運転だった。
「はいなのです」
「返事しろって言ってるんじゃない! これはどういうことか説明しなさぁぁぁいっ!!」
目を血走らせて絶叫するヒルダ。シドは自分の唇に人差し指を当てて「ふむ」と考え込んでから言った。
「オークボディなのです」
「そんなことは見ればわかる!!」
「あとメスなのです」
「どうでもいいわ!」
話が全く噛みあっていない。一見無邪気な少年の表情からは、彼が本気なのかワザとはぐらかしているのかを推し量ることは難しかった。
「えっと……シドよ。お前が一体何をしようとしてんのか俺らにも分かるように説明しちゃくんねぇか? こんな状況になるまで言われるがまま手伝った俺らもどうかと思うけど、正直何が何だか訳分かんねぇんだわ」
「うむ。今回のこれは悪ふざけで済む話じゃないのう」
二人で話をさせていても埒があかないと思ったのか、疲れた表情のハイドが口を挟む。その横では憤慨した様子のレオポルドが厳しい目でシドを睨んでいた。
「ん~と……具体的に何が分からないですか?」
「何で私がこんなオークの身体にくっつけられてるのかってことよ!?」
「その通りじゃ」
興奮した様子でヒルダとレオポルドはゴブリンボディからオークボディに換装した理由を問いつめるが、ハイドは二人より少しだけ冷静だった。
「あ~……いや、そこを深掘りすると話が進まねぇから、とにかく一から順を追って説明してくれや」
オークもゴブリンも大して違やしねぇだろ、という言葉はヒルダがキレそうだったので飲み込む。シドは思考を整理するように十秒ほど宙を仰いでから口を開いた。
「シドたちの当面の目標は昨日説明したように【防腐】の費用を稼ぐことと、依頼をこなしてギルドの評価を上げることなのです」
「ああ。そこは分かるよ」
「なので今日はギルドから『魔の森の間引き』の仕事を受注したのです」
「……そこが良く分からん」
ハイドは腕組みして首を傾げた。シドの言う『魔の森の間引き』とは魔境から魔物が溢れ出さないよう間引きする仕事だ。ちなみに『魔の森』とは固有名詞ではなく『魔境の森』という意味の俗称。狩った魔物の数に応じて報酬が出る出来高払いの依頼で上手くやれば稼げる仕事ではある。しかし魔境に踏み込んでの戦いは相応にリスクが高く、冒険者の間ではあまり人気のない仕事でもあった。
「短期間で稼ぐには出来高払いの方が都合が良いのです」
「そりゃそうだけど……」
「人気の無い仕事はギルド評価が上がりやすいですし、他のパーティーとブッキングしてヒルダさんの姿を見られるリスクも低いのです」
「いや、あ~……うん。メリットは分かった」
ハイドが気にしていたのはそちらではなくリスクの方だった。
「それはいいんだけど俺らは今前衛がレオ一人なんだぜ? 魔物がどっから襲ってくるか分かんねぇ魔境での狩りなんざ自殺行為だろ」
そこを甘く見て油断した結果がヒルダの死だ。
「今みたいに森の外縁ではぐれを誘き寄せて狩るぐらいならリスクも低いよ。でも安全策とってトロトロ狩るぐらいならもっと稼げる仕事は他に幾らでもあるだろ?」
今ヒルダが装着しているオークボディは魔の森の外縁部をうろついていた個体をハイドが誘き寄せて狩ったものだ。しかしそんなやり方は時間効率が良いとは言えず、稼ごうと思えばやはりリスクを取って森の中に踏み込むしかない。
「はいです。なので今からシドたちは森の中に入って狩りをするのです」
「……正気か? 前衛の問題はどうすんだよ」
「それは──」
シドは視線をヒルダに向けた。
「あ、あたしっ!?」
その意味することを察せられないほど頭の巡りの悪い人間はこの場にはいない。ハイドは顔を顰めた。
「……正気か? ヒルダは白兵戦に関しちゃ素人に毛が生えた程度のもんだぞ? 確かにオークのガタイが有りゃ、それなりに戦えるかもしれんが……あ~いや、結局白兵戦でものを言うのは技術より腕力と頑丈さだって言うし、イケるのか? いやいやそれにしたってリスクが……そうか。もう死んでるし、リスクはないのか。別に倒せなくても肉の盾になって敵を食い止めてくれれば──」
「ちょっと待ちなさい! なに勝手なこと言って納得しかけてんのよ!?」
目を血走らせたヒルダに詰め寄られてハイドが呟きを中断する。
「わ、悪かった。もう言わねぇから……顔が怖ぇよ」
「ああんっ!?」
そんな二人のやり取りを全く気に留めた様子もなく、シドはニコニコ笑いながら補足した。
「実のところシドはヒルダさんに肉の盾以上の活躍を期待してるのです。きっとヒルダさんはとても頼りになる前衛になると思うのですよ」
『…………』
ヒルダとハイドは複雑な表情で顔を見合わせる。
「……いや、俺も一瞬イケるかもとは思ったけど、そうは言っても所詮オークだぜ? 精々使い捨ての肉壁がいいとこだろ」
「私もそう思うけど言い方!」
しかしシドは自信ありげな態度を崩さなかった。彼は元々オークが持っていた粗末な棍棒を指差して言った。
「ヒルダさん。試しにその棍棒でレオさんを攻撃してみて欲しいのです」
「へ?」
「……なに?」
その指示にヒルダは間の抜けた声を上げ、レオポルドは片眉を吊り上げた。
「シドよ。本気で言っておるのか?」
「はいなのです。レオさんは油断せず、しっかりと攻撃を受け止めてほしいのです」
油断するなと言われて戦士としてのプライドを刺激されたレオポルドは顔を不快そうに歪める。
「……良かろう。ヒルダ、撃ってこい」
「え? 本気……?」
何でそんなことをと戸惑うヒルダにシドはニコニコと微笑むだけ。レオポルドも今更引き下がれない様子だ。仕方なく転がっていた棍棒を拾い上げレオポルドに向き直る。
──ハイドも言ってたけど所詮はオークなのよ? レオ相手に攻撃が通じるわけないじゃない。
レオポルドはドワーフとしてはまだ若いながら腕の良い戦士だ。その強烈な斧の一撃以上にタンクとしての頑丈さはD級──いやC級の熟練冒険者と比較しても遜色ない。足手まといさえいなければ並のオーク程度、同時に3~4体相手取っても負けることはないだろう。
例えヒルダがオークの腕力を手に入れたからといって、それだけでレオポルドに攻撃が通る道理はなかった。
──まぁ一回やれば満足するでしょ。
仕方なくヒルダは「よいしょ」と言って力任せに棍棒を振り下ろした。
しかし、そこから繰り出された一撃は「よいしょ」なんて可愛いものではなかった。
──ドゴォォォッ!
「ぬおっ!?」
ヒルダの一撃が想像の重さと鋭さを伴ってレオポルドを襲う。油断していたレオポルドは受け止めることこそできたものの、思わず地面に膝をついてしまった。
『…………』
その結果に呆然とし、目を白黒させ硬直するヒルダとレオポルド。
予想通りと満足そうに頷くシドをハイドが問い詰めた。
「……おいシド。どういうことだ、こりゃあ? どう考えてもオークの腕力じゃねぇだろ。何か強化の魔術でも使ったのか?」
しかしシドは笑いながらかぶりを横に振った。
「そんなことはしてないのですよ。これはあくまでその身体に備わった力なのです」
「いやいや、俺らが仕留めたオークはあんな化け物みたいな腕力の個体じゃなかったぞ!?」
「それはアンデッド化した影響なのです」
シドはあっさりと言った。
「元々、生き物の身体は自分の力で身体を壊してしまわないようリミッターがかかっているのです。だけどアンデッドはもう死んでいるので、そういう防衛本能が働かないのですよ」
「……いやでも、俺もこれまでアンデッドと戦ったことはあるけど、ここまでパワーアップした個体なんて見たことねぇぞ?」
「それはそのアンデッドの肉体が腐敗して劣化していたからなのですよ。この現象は新鮮な死体と解除されたリミッターの二つが合わさって初めて成立するものなのです」
なるほど、と納得するハイド。これならシドがヒルダを前衛戦力として期待していた理由にも納得がいく。
『…………』
一方、納得していないのは突然前衛戦力に割り当てられたヒルダとこのパーティーの前衛を支えてきたレオポルドだ。
「……納得がいかん」
レオポルドは不満を隠そうともせずシドを睨みつける。
「……何かまだご不満ですか?」
「当然じゃ。オークで多少力が強くなったからそれで前衛を任せられるじゃと……?」
「レオ……」
ヒルダとハイドはそこに彼の戦士としてのプライドを見た。
──そ、そうよね。戦士として前線を支えるって、そんな簡単なことじゃないものね……!
「前衛向けに胴体を換装するなら他にもっとあったじゃろうが! 何故相談も無しにオークなんて詰まらん身体を選択した!?」
──ズゴッ!
憤慨してシドに詰め寄るレオポルドに、ヒルダとハイドはズッコケた。
「ドラゴン種とまでは言わんが、この辺りなら他にも選択肢はあったじゃろう! 大蜥蜴とか、山猫とか、悪魔犬とか! ワシ、次の胴体を何にするか楽しみで寝ずに考えておったんじゃぞ!?」
特に戦士としてのプライドとかは無かったようだ。シドはそんなレオポルドに、分かっていると言わんばかりに大きく頷いた。
「冷静になって欲しいのです」
「冷静じゃと!? これが冷静でなどおれるものか!」
「順番というものがあるのです」
「……順番?」
落ち着き払ったシドの態度と言葉に、レオポルドは幾分興奮を鎮めて話を聞く姿勢を見せた。
「レオさんの案には現時点で二つの問題があるのです」
「何…………そうか! 知性あるオスの肉体から漂う背徳感が足りんと言いたいのじゃな!?」
「違うのです」
シドは全く動じなかった。
「まず二足歩行のヒルダさんの脳がいきなり四足歩行のボディに対応できるか。順を追って適応能力を確認していく必要があるのです」
意外にまともな理由だった。
「さらに今レオさんが口にした魔物の最大の武器はどれも牙なのです」
「──はっ!?」
「お分かり頂けたようなのです。普通に首を挿げ替えたのでは攻撃面に不安の残る不完全な合体となるのです」
本当に意外とまともな理由だった。思いもよらず論理的に自分の案を否定され、レオポルドがその場に崩れ落ちる。
「そんな……それではいつかドラゴンを狩って、ヒルダのボディにしてやろうというワシの夢は……」
ドラゴンを狩れたら普通に蘇生費用ぐらい余裕で払えると思うが、誰もそれにはツッコまなかった。
「炎の吐けないエルフ頭の面白生物ができるだけなのです」
「そんな……」
大真面目にショックを受けて項垂れるレオポルドの肩をポンと叩いてシドは言った。
「諦めるのはまだ早いのです」
「何……?」
「今はまだ無理なのですが、試行を繰り返せばいずれ──」
「慰めはいらん! どうせブレスは吐けんのじゃろう!?」
「そんなことはないのです」
「何? いやしかし、ヒルダの貧相な口ではどうやっても……」
「やり方は色々考えられるのです。例えば首ごと挿げ替えるのではなく、ドラゴンの首を残したまま、ドラゴンの脳に直接ヒルダさんを接着するとか」
「おお! そんな方法が!?」
「今はまだ可能性の一つでしかないのです。ですが、諦めるのは──」
「早い! そうか、ワシの夢はまだ──」
──ドゴォォン!!
シドとレオポルドの盛り上がりを遮るように、その場に轟音が響き渡った。
『…………』
恐る恐る二人が音のした方に視線をやると、ヒルダが殺意に満ちた目つきで棍棒を振るい、地面に小さなクレーターを作ったところだった。
「ワタシ……オマエラ……ミナゴロシ……!」
「いかんっ!? 脳の腐敗が進んで言語能力を喪失して──」
「あ。シドはレオさんの悪ふざけに付き合っただけなので、別に本気で言ったわけじゃないのです」
「シド!? ワシを見捨てるのか!?」
「ウガァァァァァァ!!!」
「待て! 今のお主が暴れるとシャレになら──」
──ドガァァァァン!!




