第2章 対象接触と拠点確保
──1965年11月2日 18時半 診療所
ヴィクトル・ラヴェニ。
私の書いた「受肉組成録」を持つ町医者。
彼が住んでいる場所は町の外れだ。
舗装された石畳の道路は、歩くに連れ次第に荒れていく。民家もまばらで、人通りも殆ど無い。
石の硬い音と湿った足音が、黒い傘に当たる雨音と混じっていた。
「ここか」
町の中心部から歩いて20分ほど。
ようやく着いた彼の家は古臭い。壁は蔦が絡みつき、ひび割れに根を差し込んでいる。
外側の雨戸は半分閉じられ、すき間から家の明かりが雨に反射して煌めいていた。
(普通の家だな、本当に私の本がここにあるのか?)
傘を閉じて庇のついた玄関へ歩き出し、手袋をはめた手でコンコンとノックをする。すこし時間を置いて、ゆっくりとした足音が家の中から聞こえてきた。
ギィ、と音が鳴って扉が開く。
「......はい」
陰鬱。
ヴィクトル・ラヴェニの第一印象はこの一言に尽きた。
童顔寄りの顔は青白く、黒髪は艶も悪い。目は綺麗な青色なのだろうが、そこに光が宿っていない。クマも出来ている。
くたびれた白衣には所々皺がよっているが、生地の白さは失われていない。中に着ているハイネックのニットは、毛玉が出ているというのに。
残念ながら、パーテーションのせいで部屋の中はあまり見えなかった。
「急患ですか」
ぶっきらぼうな言い方だ。
目線は私を見たが、笑顔の私は患者ではないと判断したのだろう。周囲をゆっくり一瞥し、誰もいない事に不思議そうに眉を潜めた。
なんだろう、動きがゆったりしているなこの男。
「......あなた、身体の具合でも?」
「いいえ。俺、最近ここに来たばかりなんです。だから挨拶したくて」
「はぁ、私に」
怪訝そうな顔をするが、特別追い払ったりはしてこない。迷惑そうな雰囲気もない。
町で話した店主と同じ部類の人間だろうか。
取っつきにくい性格なだけな気がする。
「ええ、家の者がよく体調を崩すんですよ。ヴィクトル先生、貴方なら診てくれると聞いて」
「どうして名前を知ってるんです?」
「町の人に教えて貰ったんです、あなたが良い先生だって」
僅かに眉がピクリと動いた。簡単なおべっか程度では調子に乗ってくれなさそうだ。少なくとも喜んではいない。
地雷だったか?分からない。少し叩いてみるか。
「過大評価ですよ」
「俺はそう聞いたってだけですよ」
「町からは遠いでしょう、他の医者を頼っては?いますよ、もっと町中に......」
「俺はあなたがいいんで」
「......」
「大切な家族は、信頼できる方に任せたいものでしょう?」
不愉快、というより困惑したような表情。
彼の目が左右に揺れ、私の言い分を理解しようと脳を回しているのが分かる。
突然現れ、突然お前が良いなどと言う少年の言葉を真面目に理解しようとするのは、彼の性なのだろう。
「意味はよく、分かりませんが。その方はここまで歩けるんですか?」
「ええ、また体調が悪くなった時に連れてきますよ」
「......」
初めてヴィクトル・ラヴェニの眉間に深く皺が刻まれた。
ただ患者を連れてくると言っただけなのだが、どこが彼の気に触ったのだろうか。自分の言葉を振り返ってみるが、分からない。
「待っていなさい」
パタン、と扉が閉まる。
(......まあ、このまま放置はないだろう。待つか)
雨の音が僅かに激しくなり、ふと振り返れば道路でカエルが一匹だけ楽しそうにぴょんと跳ねていた。どこから来たのだろうか。
(繁殖時期はズレるが、よっぽどせっかちだったのだろう)
近くに植物は沢山ある上、霧と長雨が続く地域だ。
人間や私にとっては不愉快な湿気でも、別の生き物にとっては天国に等しい場所なのかもしれない。
「何をみてるんですか?」
「あっ先生」
いつの間にか彼は戻っており、手の中には1枚のメモが握られている。不思議そうな顔をしながら、私が見ていた方向に視線を向けたが、彼はカエルがうまく見つけられなかったようだ。
「何かありました?」
「いえ、ぼーっとしてて」
「疲れたら休んだほうがいいと思いますよ、コーヒーなど飲むと気分が晴れます」
カフェインを取ったら休息と逆では?
冗談の一種だろうか。
「......?私の顔に何かついてます?」
なんだ、ただのワーカーホリックか。
首を傾げた彼からメモを受け取ると、書かれていたのは電話番号。意図が分からず、今度は私が首を傾げる番だった。
「これは?」
「体調を崩したら連絡しなさい、診療所の番号です」
「俺はまだ名乗ってもいませんよ?そんな相手に」
彼は、何でもないことのように続ける。
「......お金さえ払ってもらえれば、誰でも診ます」
それは大変都合がいい。ネブロンの町は特性上、秘密を抱える者が多いからだ。
しかし、そうやすやすと連絡先を他人に渡して、危機感が欠如しているのだろうか。それか、別の意図か。彼の目をじっと見つめてみるが、悪意は感じられない。ただ疲れ切っている顔が真っ直ぐ私を射抜くだけ。
迷いのない瞳に、少しだけ肌が粟立つ気がした。
「──トル」
つい、唇を触る。
「?」
「......いえ、ブレンダンです」
「はい?」
「俺の名前。ブレンダンです。別に隠してもいませんよ」
無意識に怪異名を言いかけた。そんなもの人の皮をかぶっている今、伝えたとて怪しまれるだけだ。意味がない。
「ブレンダン」は私の着ている死体の、元の名だ。よそ者としてはありふれた名前だろう。
ただ、この医者に名乗りたかっただけだ。
なんとなく。
「そうですか、覚えておきますね」
「ありがとう、ヴィクトル先生」
黒手袋をはめた右手を差し出すと、彼は少し間を置いて白い手で握手を返した。
彼の手は荒れ、乾き、手の節はあかぎれが目立つ。爪に汚れが溜まっている様子もない。
よく手を洗っている証拠だ。衛生観も充分なのだろう。
「それじゃ、また来ます」
「......頻繁には来ないでくださいね」
別れを告げると、パタン。と扉が閉じた。
傘を差して、ぴしゃ、ぴしゃ、と濡れた地面を歩き出す。
黒傘の錆びた骨を見上げながら、思索する。
(無愛想、という評価は間違ってなかったな)
一度も笑わず、話し方も抑揚がなかった。
褒められても頼られても、気を良くした様子はない。
彼のすべては、医者として当然だと言う風に振る舞っていた。
(ただ、隙が多い。軽く自棄が入っているなあの男)
間違いなく善人だろう。誠実な男でもある。簡単につけ込めそうだ。けれど私の本を持っている事を考えれば、一枚岩ではないのだろう。
診療所の中に入れればいいのだが。
「何か案はないか......」
私が患者として行ってもいいが、この身体を調べられれば異常がすぐバレてしまう。それで騒ぎになり彼に警戒されれば終わりだ。あの男は間違いなく成人しているので、直接手を下すことも出来ない。
(代理を立てて、いや、ツテがない。ヴァルもあの男に顔が知れている筈だ。そうなれば誰かを怪我させて......)
思考をぐるぐる巡らせ、結果が出ないまま私の足はあの廃墟へと戻っていた。
ふと視界に入ったカエルは、流れの速い排水路に自ら飛び込み、身体をめちゃくちゃに動かして溺れていた。
──1965年11月2日 19時半 廃墟
ギィ。
重い扉を開き、廃墟へと戻って来た。
もうすっかり日は落ち、人間ならば明かりが必要になってくる時間帯。
(はあ、とりあえず一息か)
玄関ホールは相変わらず窓が割れていて寛げたものではない。身は疲労を感じないが、精神的な疲労は溜まる。
(とりあえず、しばらくの拠点はここがいい。人目もないし好都合だ)
死体に取り付いているせいで、怪異の体ほど夜目は効かない。
診療所の帰りに町で買ってきたランプにライターを近づける。ぼんやりとした明かりが周囲を照らし、吹き込む風で炎がその身を揺らめかせた。
「さて、これで見えるように──」
肌がぞわりと粟立つ。
異常を感じて、周囲を見渡した。そこにあるのは暗闇だけだ。ランプを掲げ、一歩踏み出す。
カサッ
「?」
素早いものが、足元を駆けていった。
蜘蛛か。ここに来た時から思ってるが、やたらと蜘蛛が多い。気配に気づけば直ぐに逃げ出すが、如何せん近いような。
「......なんだ、この違和感」
視線を感じる。
それも個ではない。殺意のこもった無数の眼光が、私を刺す。威厳のある王のものとは違う。野生じみた何かが確実に私の周囲を取り囲んでいる。
「ねえ、あなた」
低い恨みの籠もった少女の声だ。
声は反響し、不気味な色を含んで私を包む。
「私たちに食べられる覚悟は、出来てるんでしょうね?」
──上だ。
素早く見上げた天井から、無数の黒い影が落ちてくる。
掲げたランプに照らされ一瞬映ったのは、蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。
ボトボトボト!!!
彼らは私の顔に振り注ぐ。
服の上を這い回り、露出した首筋や頬にその毛がざわざわと触れた。全身に本能的な嫌悪感が走る。
「まずい......!」
死体とはいえ、これだけの蜘蛛の毒を受けてしまえば動けなくなる。そうなれば町の探索も難しい。振りほどこうとして藻掻いても、蜘蛛達は永遠に身体をよじ登ってくる。
「きゃはは!私たちのお家を壊したこと、悔い改めればいいわ!!」
心底気分の良さそうな高笑い。
蜘蛛達を払いながら天井を見上げれば、ランプの明かりに照らされた一本の太いクモ糸。その先に逆さまに吊り下がってるのは、赤い目をした一人の少女に似た何か。
「怪異か!」
呼ばれた彼女はピクリと反応し、心底不機嫌な様子で私を睨みつける。
「ふん、品のない呼び方をするのね。でもいいわ、貴方もうすぐ死ぬんだから、名前ぐらい教えてあげても」
あまり気味の袖で私をビシっと指差し、楽しそうな声で答える。
「私はクロックミティーヌ。地獄の底でも覚えておきなさい!」
どこかで、聞いたことがある名だ。
一瞬考えを巡らせるが、それよりも肌を伝う蜘蛛たちに意識を取られてしまう。何よりまずは、ここから逃げることを優先しなければ。
素肌を這う蜘蛛たちを払いながら、右手で持ったランプを床に叩きつける。
ガシャンッ!!!
「なっ!」
派手な音とともに、中に入っていたオイルが床を這っていた蜘蛛たちの身体にばら撒かれ引火する。私の身体についていた彼らは驚いて逃げ回り、波がさっと引いていく。
火達磨になった床の蜘蛛たちは暴れ、ほかの仲間に引火し、状況は阿鼻叫喚の地獄へと変貌を遂げた。
「あ、あなた、なんてこと!ああ、お前たち落ち着きなさい、すぐ消してあげるから…...!!!」
慌てふためく声を背中に、立てかけてあった傘を掴み玄関から逃げる。扉を閉め、雨の中に出れば服に残っていた少数の蜘蛛たちが一斉に逃げ出した。水も苦手なようだ。
「......追ってはこないか」
近くの木に駆け込み、上着を脱いでバサバサと強く払う。
よし、もう残ってはいないようだ。
「クロックミティーヌ......ブギーマンか?」
クロックミティーヌという名前は、確か集落でも聞いたことがある気がした。
我々ブギーマンは個別の名前を持たないため、出身国特有の種族名で呼ばれる事が多い。だから、同じ名のブギーマンがいてもおかしくはない。
(しかし、なぜこんな所に。はぐれものか?)
ブギーマンは他と比べ、弱い怪異だ。
だからこそ集落を作って暮らすこともままある。コミニュティーに属せずはぐれものになったモノもいるが、大抵は悲惨な末路をたどる。
もちろん、王は別格だが。
(まあいい。それより今夜の宿はどうするか、だ。いつまでもここには居られんな)
あの廃墟はとても都合が良かった。しかし、主の彼女に嫌われてしまっている今、再度向かっても追い出されるか食われるだけだ。
「......はぁ」
袋の小銭を見て、ため息が出た。
金はある。ただ、一晩泊まれる程度だけ。次の日からの拠点を探し回る羽目になるだろう。
節約して路上で夜を明かすにも、治安の悪いあの町で複数人に襲われてしまえば子供の肉体では抵抗ができない。
(仕方ない、今夜だけ宿に泊まるか。考えるのはその後だ)
幸先が悪い。
しかし行くあても町以外ない。重い足取りで傘を差し、また歩き出す。いい加減落ち着いて今後の方針を決めたいというのに。
──1965年11月2日 20時頃 ネブロン 町中
ネブロンは小さい町だ。宿は直ぐ見つかった。
だが微妙に手持ちは足りなかったのだ。最後に買ったランプが少し高めだったのが、今さら効いている。
「どうしたものか」
テキトウな店の角。小さな庇の下でぼんやりと雨をみていた。空は真っ暗。橙色の街頭が降る雨を照らし、ぼんやりと光っている。
人間が作る人工的な光よりも、ランプの揺れる光のほうが好みだ。壊してしまったのが勿体ない。
「ああ、クソ......!」
「?」
ぴしゃ、ぴしゃ、と走る足音がして、何やら道の向こうから慌てたように走ってくる少年。くすんだ癖のある金髪に水滴が垂れ、光が反射して煌めいていた。対照的に表情は暗く、庇に入った後は苛立ったように貧乏ゆすりをしている。
(子供か?どうしてこんな時間に)
ポッケからタバコを取り出すが、雨で濡れてしまっているようだ。大きな舌打ちをして、他に濡れていない物がないか漁り始める。残念ながら思い通りには行かなかったようで、落胆したようにため息交じりに肩を落とした。
「吸うか」
昼間買ったタバコを彼に差し出した。
暗く陰ったオリーブの瞳は驚いたように見開かれ、直ぐにじっと私を睨みつける。
少しだけ手首を振って、箱の口からタバコを取り出しやすいように一本出してやる。
「......ああ」
誘惑には耐えられなかったようだ。
まだ疑わしげな顔だが、素直に一本受け取って口に含む。
(......私も真似しておいたほうがいいか)
タバコを差し出しておいて、自分だけは吸わないのは違和感があるだろう。同じようにタバコを咥えて、ライターで火をつける。吸い方は知らないので、口の中に煙だけ溜めて吐き出した。
黒い夜空に白い煙が吐き出され、じんわり溶けていく。
「な、なあ」
「ん?」
声をかけられ、もう一度振り向くと彼はバツが悪そうに私をみていた。彼の手に握られたライターを何度か押しても、全く火がつかない。オイル切れのようだ。
「ああ、いいよ」
「あ、ありがとう......」
快くライターの火を差し出すと、彼は気まずそうに、だが少し嬉しそうに火をつけた。一口吸い込むと、実に満足そうに吐き出す。落ち着いたようで、立ったまま壁にもたれぼーっと空を眺めていた。
「何かあったのか」
「えっああ、まあ」
急に話しかけられ、彼は少し動揺したように肩を震わせた。瞳が揺れ、口ははく、と息を飲み込む。時間を置いたあと、じっと私の顔を見つめる。
「お前、ここじゃ見ない顔だよな」
「うん、最近来たから」
その言葉に、オリーブの瞳が丸くなる。口角が僅かに上がり、そうなんだ、と声の調子が上がる。
「僕もだ」
「奇遇だね」
「そ、そうだな。でも僕のほうが多分先に来てるからな?」
「どれくらい?」
「えっ、い、一年くらいかな!」
優しげ、というより気弱そうな顔を必死に取り繕い、可愛らしくマウントを取ろうとしてくる少年。しかし、格好をみるに小綺麗で、これではネブロンの町では浮いてしまうだろう。
どちらかといえば、もっと都会に住む人間に見える。
ここに来て日も浅いだろう。
「こんな時間になんでここに?」
「べ、別に、なんでもいいだろっ!お前こそなんで!」
「知り合いと喧嘩して、ほとぼりが冷めるのを待ってる」
知り合いというより、彼女とは今日が初対面だが。
やはりあの廃墟は拠点にしたい。孤立した彼女のことも気になるし、なんとか警戒を解いてもらわなければいけない。
蜘蛛を燃やしたのは悪手だったか。
彼女の恨みを更に買ってしまったかもしれない。
「ふーん、ヤバいヤツなの?」
「怒らせたのは俺だからね、謝りに行こうと思ってる」
少年は私の顔色をじっと見ていた。嘘かどうかを見定めているのだろう。
暫くそうしていたが、ふーん、と一つ声を漏らしてタバコに口をつけた。分からなかったらしい。
「......ま、僕も、なんだ、色々うまくいかなくて」
「そうなのか?」
「ああ。町連中は僕のことを分かってないんだ、あいつらこぞって僕のこと馬鹿にして」
「それは酷いな」
「だろ?!ほんとに、ムカつく!!」
話を聞けば、彼は町にうまく馴染めていないらしい。
品のいい容姿も原因の一つだろうが、気弱そうな話し方や意地っ張りな様子を揶揄われ、腹を立てているのだと。
人間の子供にはよくある事だ。
このくらいの子は特に。
「でさ、そいつらが言うんだよ。化け物屋敷に行ってくれば認めてやるって」
「......化け物屋敷?」
「知らないの?はん、やっぱ新入りだなお前」
途端に得意げな顔で、彼は鼻を鳴らす。
表情豊かで、純粋。背伸びをしたくてたまらない、思春期の子供そのものだ。
「この町をずっと行ったとこに、貴族が昔住んでた邸宅があるんだよ。今は廃墟でボロボロになっちゃって、蜘蛛とかがいっぱいいるらしい、気持ち悪いよな」
ずいぶん聞き覚えのある特徴な気がする。
「それでさ、ブギーマンが出るって噂なんだ。そいつ、人間を襲うんだぜ」
「ほんとに?」
「疑うなよ、実際居なくなった子供だっているんだからな!」
疑ってはいない。噂が事実だというのは身を持って知ってる。まだ蜘蛛が顔を這っている気がして、思わず首を擦る。
私に気づいた様子もなく、トン、と灰を落としながら少年は続ける。
「夜に行くとさ、窓からそいつが覗いてるのを見たとか、中に入ろうとしたら大量の蜘蛛が襲ってきたとか、色々あんだよ」
「最近行った奴はいるのか?」
「いや、聞かないけど。子供が時々そこで消えるから、近付くなって大人から言われてんだよ」
なら、今彼らはかなり食糧事情に困窮しているだろう。
あの量の蜘蛛を維持するには、人間のような高カロリー餌が必要だ。ブギーマンである彼女は特にそうだろう。
「一人で行くのか?」
「え、お、おう。そうじゃないと意味ないだろ」
「俺も行くよ」
「なんで?!」
「証人がいないと、嘘つき呼ばわりされて終わりだろ?」
そもそも、その「町の連中」とやらが同行しない事を考えるに、本気にされていない可能性が高い。行った所で野次られて終わりだ。ウソをつけば幾らでも武勇伝は作れるのだから。
彼はようやく事態に気づき、ハッとした顔で私を見つめる。みるみる内に顔が赤くなり、怒りが顕になる。
「あいつら!ほんとに......!!」
「行こう、今日だったら俺も都合がいい」
「えっ今から?でもっ」
「行くつもりだったんじゃないのか?」
「ま、まあ、そうだけどさ!」
オリーブの瞳が空を見上げた。
既に日は落ち、町の外は暗闇に沈んでいる。人通りも殆ど無く、彼が怖がるのも当然だろう。
「明かりは持ってる?」
「あるけど......」
彼がポケットから取り出したそれは、小型の懐中電灯。カチ、と明かりをつけてみると、心許ないが足元程度は照らせるだろう。
品のない明かりだが、好き嫌いは言っていられない。タバコを踏み潰して消火し、傘を差して庇を出ると彼も慌てて入ってきた。
傘は何処かへ置き忘れたらしい。不用心な子だ。
「そういや、お前、名前何ていうんだよ」
「ブレンダン」
「そ、そうか、じゃあブレンだな」
ちらりと彼を見れば、少し顔色を伺うような、そわそわとした様子だった。愛称というのはこんな初対面でもやるものだろうか。
シュヴァルツと呼び合ってるあだ名は、何時からか覚えていないので判断が難しい。
「僕はウィリアム」
「分かった、ウィリー。よろしく」
「!......ああ、よろしく!」
にか、っと安堵したようにウィリアムが笑う。なるほど、合っていたようだ。馴染めない町にようやく友人が出来た事がよほど嬉しいのか、調子の外れた鼻歌が傘の中に響く。
そうだ、大事な事を聞き忘れていた。
「ウィリー、君今いくつだ」
「ん?17だよ、悪いか」
「そうか、同じだな」
ウィリアムに微笑むと、彼は照れくさそうに笑い返した。
彼は17歳。
何も問題は無さそうだ。




