第5話 彼女と俺と、彼女の相方
『今日、少し狩りに行ける?』
エリからの耳打ち。
俺は読み終わるより先に、返事を打ち始めていた。
『行ける』
『リョウさんもいるよ。この前、三人で行こうって言ってたでしょ』
二人でどこ行く、と書きかけていた指が止まる。
二人で、の部分だけ消して、送信した。
『うん。どこ行く?』
『フェイヨンの洞窟。プロンテラで待ってるね』
ケイが入ってから二日。四人でオークを狩るうちに、俺のレベルは二十八から三十八になっていた。
ポリンや虫を相手にしていた頃より、経験値の棒が目に見えて伸びる。さっき上がったばかりなのに、もう次。三十を越えた時はミナたちも一緒に喜んでくれたけど、その先は、また上がった、と報告するだけになった。
レベルの数字ほど、俺がうまくなった気はしない。それでも、緑のやつを見たら、まずケイの体力を確認する。それくらいは、手が覚え始めている。
エリは八十二だったはずだ。
この調子なら、あと何日かかるのか。考えかけて、やめる。
今日は、エリから誘ってくれたんだから。
「今日、エリと狩りに行ってくる」
ギルドの三人に伝えると、ケイが俺の方を向いた。
「この前のプリさんですか?」
「うん。俺の彼女」
「あ、そうだったんですね」
ケイの返事に、ミナが付け足す。
「現実で付き合ってる方ね」
「方って何だよ」
「説明しないと、分かんないでしょ」
現実でも、ゲームでも、彼女は一人しかいない。
なのに、説明にはその一言が要るらしい。
「じゃ、今日はこっちも三人で行ってくるよ」
「俺が帰ってからでもいいぞ」
「帰ったら合流すればいいじゃん。ずっと待ってたら、帽子のお金が貯まらない」
ミナが立ち上がり、ケイも回復薬を買ってきますと続いた。
ユイだけが、俺の前に残る。
「先輩、帰ってきたら話聞かせてね」
「うん」
「迷子になった話以外で」
「なる前提かよ!」
ユイの頭に笑顔が浮かぶ。その姿がミナを追いかけていくまで見送ってから、俺も歩き出した。
*
「来た」
エリの隣には、もうリョウがいる。
俺が合流すると、三人のパーティーになった。
画面の端には、二人の体力も見える。エリの名前をそこに見つけて、俺は少し嬉しくなった。
「なつきさん、洞窟は初めてですか?」
「たぶん。そこに行ったことは、ないと思います」
「じゃ、入口の方から行きましょう」
リョウが答える横で、エリのキャラクターが手を上げる。
地面に青い光が広がり、輪のようなものができた。
「入って」
「これ、何?」
「ワープポータル。向こうまで行けるよ」
名前を読み返している間に、リョウの姿が消える。
エリが作ったものだから、説明を待つ必要もないんだろう。
「なつき、こっち」
輪の横から、エリが呼んでいる。
俺が中へ入ると、景色が切り替わった。さっきまでの街とは違う建物。見慣れない木。少し先では、リョウがもう待っている。
「便利だな、これ」
「なつきも覚えられるよ」
「俺も?」
「アコライトの魔法だから」
「じゃあ、俺も覚えたい」
「うん。あとで教えるね」
自分でエリのところへ迎えに行けるなら、それは覚えておきたい。
*
洞窟には、腐った人みたいなやつが歩いていた。
両手を前へ出して、こっちへ近づいてくる。
「ゾンビです」
リョウが教えてくれる。
名前と見た目が、そのままなので助かる。
「なつき、ヒールしてみて」
エリの言葉に、俺は二人の体力を見た。
どちらも減っていない。
「誰に?」
「ゾンビに」
「敵だろ?」
「うん」
「回復しちゃうじゃん」
エリの頭の上に、笑顔。
「不死の敵には、攻撃になるんだよ」
今まで覚えた魔法とは別の、何かすごい魔法の話に聞こえる。
でも、エリが指しているのは、俺が何度も使ってきたヒールだった。
魔法を選んで、ゾンビをクリックする。
何も起きない。
「出ないんだけど」
「Shiftを押しながらです」
リョウが教えてくれたキーを押し、もう一度。
ゾンビの上でヒールの光が弾ける。数字が跳ね、そいつがのけぞった。
「当たった!」
「そのまま、もう一回」
まだ近づいてくるゾンビに、同じ魔法をかける。
光が消えると、そいつは地面に崩れていた。
俺が倒した。
ミナの魔法を待っている間に、体力を戻しただけじゃない。
「なつき、できるじゃん」
エリが俺の横へ来る。
ゲームセンターでぬいぐるみを取った時も、こんなふうに褒めてくれた。
「じゃあ、俺も攻撃できるんだな」
「はい。不死の敵なら」
「オークには?」
「普通のオークだと、回復させちゃいます。でも、オークゾンビなら攻撃になりますよ」
「オークにもゾンビがいるの?」
「います」
俺の知らない敵は、まだまだいるらしい。
ただ、昨日のオークは回復させちゃう。それだけは覚えておかないと。
いつもの四人でやる前に聞けてよかった。
今度は、俺から次のゾンビを探した。
最初の一発でShiftを押し忘れ、リョウに教えてもらいながら、もう一度。
倒せたら、落ちたものを拾う。
エリが見ている。
それだけで、次の敵も倒したくなる。
*
「二階にも下りてみますか?」
SPが戻るのを待っていたところへ、リョウから誘いが来た。
俺はすぐに、行くと返す。
エリがその後ろへつき、俺も二人を追いかける。階段の先で画面が切り替わると、リョウが足を止めて待っていてくれた。
今度は、白い骨が歩いていた。
しかも、武器を持っている。
「ソルジャースケルトンです。こっちも不死なので、ヒールで倒せますよ」
「これも?」
「はい。俺が前に出るので、撃ってみてください」
骨がこっちへ来る前に、リョウが動く。
エリの魔法の光が、その背中を追った。
リョウを殴っている骨へ、俺はヒールをかける。
ゾンビの時と同じように、光が弾けた。
けど、一回、二回と撃っても、まだ倒れない。
「続けて大丈夫ですよ」
リョウの言葉に、もう一度。
自分のSPと、リョウの体力を交互に見ながら、骨が崩れるまで魔法をかけた。
「こっちも倒せた!」
「うん。ちゃんと効いたね」
エリの返事を読んでいると、少し離れたところから矢が飛んでくる。
そちらにも骨がいた。今度は、剣ではなく弓を持っている。
「アーチャースケルトンです。遠くから撃ってくるので、近づく時は気をつけてください」
「あれにもヒール?」
「はい。同じように効きます」
リョウが先に近づき、俺も魔法が届くところまで進む。
Shiftを押して、ヒール。
矢はまだ飛んでくる。俺は、リョウに任せていいという言葉を頼りに、攻撃を続けた。
弓を持った骨も、最後は地面に崩れる。
ただ、自分の青い棒は、ずいぶん短くなっていた。
「ゾンビより、何回も撃たないと倒れないんだな」
「その分、SPも使いますね。一人なら、まず一階で慣れるのがいいと思います」
リョウは座って待ってくれた。
エリも隣へ座り、俺は二人を追いかけるために、自分のSPが戻るのを待つ。
もう少し歩くと、今度は剣を持った骨が何体か、まとまって近づいてきた。
リョウは、そのまま敵の間へ入っていく。
大きな剣が振られた。
重なっていた骨が崩れる。俺がヒールを選ぶ頃には、もう戦う相手がいなかった。
「……今の、何?」
「ボウリングバッシュです。ナイトのスキル」
名前は長い。何をしたかは、分かる。
さっき俺が何度もヒールをかけて、ようやく倒した敵だ。
それを、まとめて片づけてしまった。
「次、右の方にもいる」
「はい」
エリが言うと、リョウがすぐに向きを変える。
俺も右へ動こうとして、エリに止められた。
「なつきは、ここで待ってて」
俺への指示ではなかった。
リョウが骨を引き受け、エリが少し離れたところから魔法を使う。
その間にできた道を、俺があとから歩く。
少し減ったリョウの体力を見つけて、ヒールを選んだ。
俺の魔法が届く前に、エリのヒールがかかる。
満タンになった体力に、俺の小さな数字が重なった。
「ありがとうございます、なつきさん」
リョウは礼を言ってくれる。
無駄でしたね、とか、エリだけで足ります、とか。そういうことは、言わない。
俺は、どういたしまして、と打ちかけて消した。
何も言わずにいるのも変なので、最後は、いえ、とだけ返す。
自分で骨を倒せた時は、あんなに嬉しかったのに。
この二人がいつも行く場所では、今の俺に何ができるんだろう。
*
一階へ戻ると、またゾンビが歩いていた。
ヒールを攻撃に使うと、回復する時と同じようにSPが減る。調子に乗っていると、座る時間の方が長くなるらしい。
「休憩しようか」
エリが座る。俺も隣へ座り、リョウは少し離れたゾンビを倒してから戻ってきた。
「どう? 分かった?」
「ゾンビと、剣の骨と、弓の骨にはヒール。Shiftを押しながら」
「うん。今日は三種類倒せたね」
ちゃんと覚えた、と言いかけて、やめる。
明日も覚えているかは、まだ分からない。
「一人でも、入口の方なら狩れると思いますよ」
リョウが言った。
「無理はしないで。SPが減ったら、ちゃんと休んでください」
「ありがとうございます」
ありがたい。
ミナたちがいなくても、レベルを上げられる場所を教えてくれた。
でも、一人で来たいと思って、誘いを受けたわけじゃない。
「今日、来てよかった」
俺がそう打つと、エリの頭の上に笑顔が出た。
「また行こうね」
その言葉だけなら、嬉しい。
二人で、とはついていないだけで。
「このあと、どうする?」
俺の質問に、エリがリョウの方を向く。
「もう少し行く?」
「時間、大丈夫ですか?」
「うん。あと一時間くらい」
俺も、あと一時間くらいなら遊べる。
むしろ、今からがいいところだった。骨を二種類も倒せたし、次に来る時には、もっと早く倒せるかもしれない。
「俺も行っていい?」
返事が来るまで、少し間があった。
「次は、いつも行ってる方だから。今のなつきだと、まだ危ないかも」
エリの言葉に、俺は、さっき倒した骨のことを思い出す。
リョウに敵を引き受けてもらえば、攻撃はできた。
「さっきみたいに、後ろにいれば」
「囲まれたりすると、俺もすぐ助けに戻れないことがあるので」
リョウが答える。
危ない時の話をしているのは、分かる。実際、何度も助けてもらった。
けど、それで、じゃあ帰ります、とすぐには言えなかった。
「今日はここまでにしよう。また一緒に来ればいいじゃん」
エリの頭の上に、笑顔が出る。
「もう少しレベル上がったら、行ける場所も増えるよ」
「……うん」
三十八まで上がったのが、今度は、まだ三十八に見える。
「もっと上げとく」
「うん。頑張って」
エリは、俺が納得したと思ったらしい。
洞窟の出口へ向かいながら、街まで送るね、と声をかけてくれる。
外へ出ると、地面に青い光の輪が広がった。
さっきは、これに入ればエリと一緒に狩りへ行けた。
今度は俺だけが入る。
「今日はありがとうございました、なつきさん」
「こちらこそ。教えてもらって」
リョウへ礼を返す。エリからも、またね、と届いた。
今度は二人で行こう、と入力欄に打ちかける。
エリの隣には、リョウがいた。二人とも、俺がワープへ入るのを待っている。
俺は並んだ二人をもう一度見て、書きかけの文字を消した。
「またね」
送ってから、光の中をクリックした。
景色が街に切り替わっても、パーティーの欄には、エリとリョウの名前が残っている。
俺はパーティーを抜けた。
二人の名前が、画面の端から消える。
今日、俺が来てよかったのは、本当だ。
ヒールで攻撃できると知らなかったし、自分でも敵を倒せた。エリにも褒めてもらった。
それでも、あと一時間、二人が何をして遊ぶのかが気になって、しばらく街の中を動けずにいた。
*
ギルドの三人に戻ったと伝えると、すぐに返事が来た。
休憩中だから、こっちへおいで、とミナが場所を教えてくれる。
「先輩、おかえり!」
「どうでした?」
ユイとケイが、座ったまま俺を迎えた。ケイの体力は、少し減っている。
俺の隣へ来たミナに、つい、いつもの癖でヒールをかけた。
「そっちじゃなくて、ケイさん」
「あ、ごめん」
相手を変えて、もう一度。
ケイの体力が戻る。
「助かります。赤ポーション、けっこう使っちゃって」
今度は、俺の魔法で戻った。
「何倒したんですか?」
「ゾンビと、剣持ってる骨と、弓持ってる骨」
「ソルスケとアチャスケですね」
「リョウさんに敵を引き受けてもらったけど、俺も倒せた」
そういうふうに短く呼ぶのか。リョウに教わった名前より、そっちの方が覚えやすそうだ。
ユイが、私も倒せるかな、と短剣を振る。
「俺、ヒールで攻撃できた」
「ヒール砲、教わったんだ」
ミナの返事に、俺は自分のキャラクターを見た。
「知ってたのか」
「うん。今度、そっちも行こうと思ってた。なつきが自分で倒せるから」
「先に言えよ」
「虫倒してる時は、そんなに倒したそうじゃなかったでしょ」
確かに、俺は回復する方だと言って、ミナに任せていた。
いつかエリを回復できればよかったから。
「明日は、俺も攻撃してみる」
「じゃ、場所はなつきが案内してね」
「……エリのワープで行った」
「道は覚えてないってことね!」
ユイが笑い、ケイも、俺も道は分かります、と付け足してくれた。
俺が間違えても、たぶん誰かが教えてくれる。
机のメモには、エリのログイン時間と、リョウが来る時間が書いてある。
その下に、Shiftを押しながらヒール、と書き足した。
今度、エリに誘われた時には、自分で先に倒せるように。
エリが俺へ魔法をかける前に、俺が役に立てるように。




