第4話 回復役は、もういた
「今日は、もっと強い敵を倒しに行こう」
ギルドを作った翌日。ログインしてきた二人にそう言うと、ユイが俺の前へ走ってきた。
「先輩が倒してくれるんですか?」
「俺は回復する方」
「じゃあ、私が倒します」
その手には短剣。服も、最初に会った時とは違う。
「ユイ、その服って」
「シーフの服です」
「もう転職したの?」
「何日か前ですよ。先輩が来る前に、ミナさんに連れていってもらって」
服が変わったのは知っている。けど、どの服がどの職業なのか、そこまでは覚えていない。
「避けるのが得意なんだって。あと、服がかわいい」
ユイは俺の周りを一周して、正面で止まる。
「かわいい?」
「うん。似合ってる」
返事をすると、頭の上にハートが出た。
子犬を触ろうとしていたノービスが、もう自分の武器を持っている。
昨夜の初めてのギルド狩りも、相手はポリンや虫や、犬みたいな動物だった。二人とも、それだけで楽しそうにしている。
俺は、エリたちが行く場所まで、あとどれくらいかかるんだろうと考えていた。
エリのログイン時間なら忘れない。リョウが来る時間だって、聞けば頭に残る。
職業や敵の名前は、何度教わっても、次に見ると分からなくなるのに。
エリが前みたいに俺と連絡を取って、俺と過ごしてくれるなら、このゲームはやめたっていい。
今は、ここでエリに追いつかないといけない。それだけだ。
「ミナは?」
「行くよ。どこ?」
「それを今から考える」
「誘う前に考えようよ」
強い敵を倒せば、お金も増えるかもしれない。
昨日、エンペリウムに十万ゼニーを払ったばかりで、装備を買い替える余裕はなかった。
ポリンや虫の落とすものを売り、空きビンは買取の人へ。聖水を作る人が買ってくれるんだと、ミナが調べてきてくれた。
聖水が何に使われるのかは、まだよく知らない。
それでも、三人で貯めたお金のおかげで、俺たちの名前のところには「よりみち」と出ている。
「次は、装備のお金も稼ごう」
「私の帽子もね」
「それはずっと聞いてる」
*
出かける前に、街でギルドの募集をしてみることにした。
人が増えれば、三人では行けない場所にも行ける。エリに追いつくのも、その方が早いはずだ。
募集用のチャットルームに、強い人募集、と名前をつける。
「弱い人は入れないの?」
ミナから、すぐに指摘が来た。
「強くなりたい人もいい」
「それ書かないと分かんないよ」
言われた通りに書き直す。
強い人・強くなりたい人募集。
「先輩、長い」
「条件が増えたからだろ」
「ギルドの名前より募集の名前の方が強そう」
ユイの頭の上に、笑顔が浮かぶ。
しばらくすると、剣を持った男のキャラクターが入ってきた。名前はケイ。
「こんにちは。何人くらいのギルドですか?」
「三人です」
「これから増やすところです」
ミナが補足してくれる。俺にだけ送った耳打ちも、続けて届いた。
『ソードマンだね。前で戦う人』
そういう職業なのか。
俺はもう一度、ケイのキャラクターを見直す。
「普段、どこで狩ってます?」
「ポリンとか、虫とか。犬みたいなのも」
ミナが狩場と敵の名前を付け足している間、俺は、自分で出した募集の名前を見ていた。
強い人募集。
来た人に教えられるのが、ポリンと虫と犬では、あんまりだ。
「なつきさん、レベルいくつです?」
「二十八です」
「俺、三十一です。近いですね」
ミナは三十、ユイは二十七。ケイは二人にも聞いてから、俺の方を向いた。
「四人で経験値も分けられますね。アコさんもいるし」
「回復はできます」
「じゃ、今度一緒に行きませんか。一人だと回復薬ばっかり使ってて」
返事は、すぐに打てた。
「行きましょう」
仲間が欲しいのは、俺だけじゃないらしい。
ギルドへの誘いを出すと、ケイの名前にも「よりみち」がついた。
四人目。
「今から狩りですか?」
「いつもより強い敵に行こうと思ってます」
「オークの村なら、俺、行ったことありますよ」
オーク。聞いたことはある。
ポリンより、いかにも強そうな名前だ。
「四人で行けますか?」
「一匹ずつなら。無理そうなら戻りましょう」
「行きましょう」
ユイに返事を先取りされて、俺もそのあとからお願いしますと打ち込んだ。
*
街を出ようとすると、エリとリョウがいた。二人も、これからどこかへ行くらしい。
「なつき」
「昨日はどうも」
エリに続いて、リョウからも挨拶が届く。
文字だけなのに、昨日聞いた声で読めてしまうのが嫌だった。
「ギルド、できたんだね」
「うん。今日、一人増えた」
ケイを紹介して、四人でオークを狩りに行くところだと説明する。
エリがおめでとうと返してくれた、その直後。
俺のキャラクターにヒールがかかった。
いつも俺が出すより、ずっと大きな数字。
「あ、ありがとう」
「出かけるなら、支援しておくね」
「エリもヒール使えるんだ」
「プリーストだもん」
入力欄を開いたまま、指が止まる。
プリースト。
アコライトより、もっと支援ができるとミナに教えられた職業。
「知らなかった?」
「……服だけじゃ、分かんなくて」
「回復とか、強くする魔法とか。私が支援して、ナイトのリョウさんが前に出るの」
「今、レベルいくつ?」
「八十二。リョウさんは九十一だよ」
九十一。
俺は二十八。
あと何日狩れば、その数字になるんだろう。
エリの隣には、大きな剣を持つリョウ。その人が傷ついたら、エリが回復する。
俺はエリの役に立ちたくて、ヒールを覚えたのに。
「俺も、プリーストになるつもり」
「うん。頑張って」
エリの頭の上に、笑顔が出る。
「なつきさんもいたら、支援してもらえる人が増えますね」
「それは助かります」
リョウの言葉に、ケイが答えた。
俺がプリーストになったら、リョウが前に出て、エリと俺が後ろに立つのだろうか。
それでも、前にいるのはリョウなのか。
「じゃ、行ってくるね」
エリとリョウが街の外へ向かう。
俺はしばらく、二人の消えた出口を見ていた。
「なつき、私たちも行こう」
横に来たミナが、俺を呼ぶ。
「ケイさんも、ユイも、狩りに行きたくて待ってる」
「……うん」
画面には、俺のギルドの三人がいる。
「任せろ。ちゃんと回復するから」
*
ところが、俺は狩場に着く前から、みんなの足を引っ張っていた。
画面の端の小さい地図。道の形。ケイの説明。
順番に見比べて、ようやく歩き出すと、もう誰もいない。
「なつきさん、今どこです?」
「入口のところ」
「さっきのマップ?」
「たぶん」
「戻ります」
ミナからの耳打ちは、もう少し容赦がない。
『強い人を募集したマスターが、道で負けてる』
『うるせえ』
「MSNメッセンジャー、使ってます?」
「入れてはあります」
エリと話せる時のために、ミナに教わって準備しておいた。
音声でも話せると聞いて、パソコン用のマイクまで買ってある。
けど、エリはまだ、連絡先の一覧にいない。
「よければ、声で案内します。打ってる間に、またはぐれそうなので」
昨日のリョウの声が、頭に浮かんだ。
知らない人に、自分の声を聞かせるのは気が進まない。
でも、俺のせいでユイを待たせている。
机の隅のマイクを手元へ寄せ、教えてもらったメールアドレスを連絡先に追加した。
初めてこのマイクで話す相手は、エリではなくケイになった。
音声チャットをつなぐと、すぐに声が聞こえてくる。
『もしもし。なつきさん?』
『はい。すみません、何回も』
少しの間。
『あ、女の子なんですね』
『……男です』
『えっ。ごめんなさい。声、女の子かと思った』
マウスを握る手に、力が入る。
『声、高いんで』
『すみません』
『いや、大丈夫です』
大丈夫です、だけは、考えなくても口から出た。
昨日も同じことを言っている。
ケイは、それ以上、声の話をしなかった。
『今、俺のキャラ見えます?』
『見えます』
『じゃ、このままついてきてください。途中で止まったら、俺も止まります』
その説明なら、聞きながら動かせる。
出口に着く前に、次に曲がる方向も教えてもらえる。
村の近くまで来たところで、礼を言って通話を切った。
「先輩、今度は迷わず来れたね」
「ケイさんが教えてくれたから」
「助かりました」
ミナも礼を言っている。俺はもう一度、文字でありがとうと送ることにした。
声の話は、書かずに。
*
木の間から、緑色の、人の形をした敵が出てきた。
手には武器がある。
ポリンは跳ねる。虫は這う。犬は四本の足で走ってくる。
こいつは、武器を持ってこっちへ歩いてくる。
「オークウォリアーです。来ますよ」
ケイが教えてくれた名前を読み終わる前に、その武器が振り下ろされる。
殴られたケイが剣で殴り返し、ユイも横から短剣を振る。
少し離れたミナの前では、魔法の準備が始まっていた。
俺はケイの体力を見て、ヒールを選ぶ。
回復しても、敵はまだ倒れない。もう一度減った体力を、もう一度戻す。
そこへ火が落ちて、オークの体力が大きく減った。
ケイとユイの攻撃が続く。
ようやく敵が倒れると、地面には何かが残っていた。
「倒した!」
ユイの頭の上に、笑顔。
「先輩、見てました? 私も殴ってた」
「見てたよ」
「今度は、拾うだけじゃなかった」
そう言いながら、落ちたものも拾いに行くので、俺は笑ってしまった。
次の一匹も倒せる。
少し慣れてきたと思ったところで、戦っている途中にもう一匹。
ユイがそっちを殴り、俺の見ている体力の棒が、二本とも短くなっていく。
「先輩、こっちも!」
ヒールの相手をユイに変える。
俺の出す数字は、エリのより小さい。それでも、ユイの体力はいっぱいまで戻る。
ケイの前のオークが倒れ、ケイがユイの横へ走る。その背中を追って、俺もヒールの相手を戻した。
「一人ずつ怪我しろよ!」
「順番に殴られるの、難しくない?」
ミナへの返事を打ちかけると、またケイの体力が減る。
文字を消して、ヒール。
街で何を話すか迷っている時には、こんなにすぐ、俺の出番は来ない。
今は、誰かの体力を見落としたら、また呼ばれる。
何匹か倒したところで、ケイから休憩の提案があった。俺のSPも、残りわずか。
四人で座ると、ようやくチャットに両手を戻せる。
*
「さっきの募集、ちょっと入りづらかったです」
「強い人って書いてあったから?」
「はい。俺でいいのかなって」
「入ってくれてよかったです」
俺が打ち込むと、ケイの頭の上に笑顔が浮かぶ。
「アコさんがいるの、大きいです。一人だと、こういうところ来づらいんで」
俺はまだ、エリと同じ職業にすらなっていない。
それでも、ケイは今の俺を見て入ってくれたらしい。
「なつきさんとミナさんって、相方なんですか?」
続いて届いた言葉に、俺はすぐ返事をした。
「いや。友達」
「ずっと一緒にやってるみたいだから」
「相方は、まだいない」
ミナのキャラクターは、座ったまま。
ケイから、そうなんですね、と返ってくる。
少しして、ミナが立ち上がった。
「回復した? じゃ、次も四人で行こう」
ユイが続き、ケイも立つ。俺も立たなきゃ、とキャラクターを動かす。
もっと強くなって、もっと回復できるようになれば。
今度は、エリに先に呼んでもらえるかもしれない。




