第3話 彼女の相方は、声までいい
先にログインすれば、先に誘える。
そう思っていた。
学校から帰ってすぐパソコンをつけると、ミナは本当に早く来た。
「早いじゃん」
「なつきが早く来るって言ったから」
「うん。ちょっと待って」
エリが来たのは、それからしばらくしてだった。
俺はすぐに耳打ちを送った。
『今日、少し一緒に狩れない?』
『ごめん。リョウさん待ってるんだ』
『まだ来てないだろ』
『来たら一緒に行く約束だから』
来たら。
エリは、まだ来ていない相手を待っていた。
俺はもう、ここにいるのに。
「なつき、今日どこ行く?」
画面の中で、ミナが俺の方を向いた。
俺はチャットの入力先を戻した。
「どこでもいい」
「じゃ、石と帽子のお金が稼げるところ」
「結局それかよ」
「明確な目標があると頑張れるって、何かで読んだ」
俺はミナを追いかけた。
その日も、土曜日までの何日かも、エリと二人では狩れなかった。
*
土曜日、エリは待ち合わせの時間より先に来ていた。
「遅い」
「まだ五分前だろ」
「私、十分前からいた」
「勝負なのか」
エリが笑って、俺の袖を引いた。
「行こう」
その手を見てから、俺は隣に並んだ。
ゲームの画面みたいに、立つ場所を誰かに空けてもらう必要はなかった。
駅前を歩いて、店をのぞいて、昼飯を食べた。
エリは俺のポテトを一本取った。
「自分のあるだろ」
「そっちの方が長かった」
「返せよ」
「もう食べた」
俺もエリの皿から一本取ると、それは短かった。
エリがまた笑った。
俺は、その顔を見ていた。
メールを返さなかった理由を、もう一度ちゃんと聞こうと思っていたのに、ポテトの話をしていた。
ゲームセンターで、小さなぬいぐるみを取ろうとした。
エリが欲しがったやつだった。
「右。もうちょっと右」
「これ以上いくと外れるだろ」
「さっき左だったから落ちたんじゃん」
俺たちは三回失敗して、四回目に取った。
「取れた!」
思ったより高い声が出た。
エリも声を上げて、俺の腕を叩いた。
「やった。なつき、すごい」
「お前の指示で三回落としたんだけど」
「四回目は私の指示で取れた」
ぬいぐるみを渡すと、エリは嬉しそうに、鞄につける場所を探した。
俺は財布をしまった。
もう一個欲しいと言われたら、たぶん、またやっていた。
*
電話が鳴ったのは、駅へ戻る途中だった。
エリが鞄から携帯を出し、画面を見た。
「リョウさんだ」
俺は足を止めた。
エリは道の端へ寄って、電話に出た。
『もしもし。うん』
俺に向けて、人差し指を立てた。
ちょっと待って、という意味だった。
『そっか。何時くらい?』
『うん、分かった』
俺には、エリの声だけが聞こえていた。
相手が何を言っているのかは分からない。
『今? なつきといるよ』
俺はエリを見た。
エリも、俺を見た。
『うん。この前の』
この前の。
俺は小さく、携帯の方を指した。
「ちょっと代わって」
エリが、携帯を耳から離した。
「何で?」
「この前、ちゃんと挨拶できなかったし」
自分で言ったことだった。
エリは、そうだったね、と頷いた。
『なつきが、挨拶したいって。代わってもいい?』
少しして、エリが携帯を渡してきた。
俺は受け取って、耳に当てた。
『……もしもし』
『こんにちは。リョウです』
低い声だった。
どの言葉も、最後まではっきり聞こえた。
俺がよくやるみたいに、最初の一言だけ勢いよく出て、あとが小さくなることもなかった。
『この前は、どうも』
『こちらこそ。エリから聞きました。アコライト、育ててるんですね』
『はい』
『今度、一緒に狩りに行きましょう』
俺は一瞬、エリを見た。
エリは鞄につけたぬいぐるみを触っていた。
『……まだ、レベルが違うんで』
『低いところでいいですよ。三人で遊べるところに行けば』
三人。
リョウは、普通に誘ってくれていた。
俺がゲームを始めたばかりでも、構わないと言っている。
『ありがとうございます』
さっきより低く言おうとした。
うまく声が出ず、俺は咳払いをした。
『大丈夫ですか?』
『大丈夫です』
大丈夫です、だけが、いつもの高い声になった。
『今日は、少しログインが遅くなりそうで、その連絡だったんです』
『あ、はい』
『九時くらいには入れると思います。エリには伝えたので。二人で楽しんでください』
九時。
俺は、その時間を覚えた。
『じゃ、エリに戻します』
『はい。またゲームで』
俺は携帯をエリに返した。
エリが短く挨拶をして、通話を切った。
「話せた?」
「うん」
「何て?」
「今度、三人で狩りしようって」
「いいじゃん」
エリは、すぐにそう言った。
「声、低いな」
俺が言うと、エリが頷いた。
「ね。いい声でしょ」
俺は携帯を持っていた手を、ポケットへ入れた。
リョウは、俺の声を笑わなかった。
変な挨拶をしたことも、気にしていなかった。
一緒に狩ろうと誘って、俺たちのデートを楽しんでくださいと言った。
嫌なやつだったら、どれか一つくらい言い返せた。
「なつき」
「何?」
「さっき、声変だったよ」
「電話だからだろ」
「低くしようとしてた?」
俺は返事をしなかった。
エリは、それ以上聞かなかった。
「今日、九時なんだろ」
「リョウさん?」
「うん。じゃ、来るまで俺と狩れない?」
エリが、俺の顔を見た。
「今日、ずっと一緒にいたじゃん」
俺もエリを見た。
「ゲームで」
言い足すと、エリは少し笑った。
「今度、行こうって言ってるのに」
「二人で」
エリは、鞄につけたぬいぐるみの向きを直した。
「今日、ギルド作るんじゃなかった?」
石のお金は、ようやく貯まりそうだった。
出かける前、夜には戻るとミナにメールしていた。
「作るけど」
「ミナたち、待ってるんじゃないの?」
「……うん」
エリが、また俺の袖を引いた。
「じゃ、今日はもうちょっと歩こうよ」
俺は隣を歩いた。
駅までは、遠回りすれば、まだ少し時間があった。
*
家に帰ってログインすると、ミナとユイがいた。
「先輩、おかえり!」
「ただいま」
「エリは元気だった?」
「うん」
ミナが、俺の前に立った。
「石、買えるよ」
「マジで?」
「三人のお金を足せば。今日は、前に見た店より安く売ってるところがあった」
ユイも、俺の横に来た。
「私の分も出す。入れてね」
「もちろん」
ミナが見つけた店へ行き、お金を集めて、エンペリウムを買った。
俺の持ち物の中に、小さな石が入った。
「なつき、名前ちゃんと打ってね」
「分かってる」
「永遠の絆にしたら入らないよ」
「しねえよ!」
ユイが笑顔のエモーションを出した。
その時、家の電話が鳴った。
母親から子機を受け取ると、ミナだった。
『今、名前を打つところ?』
『……うん』
声を少し低くした。
『怒ってる?』
『怒ってねえよ』
最後だけ、高くなった。
『うん。なつきだ』
『最初から俺だろ』
『最初、何か怖い声だった』
俺は子機を肩に挟んで、入力欄を開いた。
『よりみち、でいいんだろ』
『うん』
ひらがな四文字。
入力して、もう一度読んだ。
エリへの短いメッセージは何度も読み直したのに、これは一度でよかった。
教わった通りに操作すると、ギルドができた。
俺の名前に、今までなかった名前がついた。
「できた!」
俺はチャットに打ってから、ミナにも声で言った。
『できた』
『うん。チャットでも言ってた』
同じことを二回言ったのに気づいて、俺は笑った。
『嬉しくてさ。俺たちのギルドだぞ』
『うん。できたね』
ユイに加入の誘いを出すと、すぐに入ってくれた。
ミナも入った。
三人の名前のところに、同じギルド名が出た。
「先輩がマスター?」
「うん」
「じゃあ、明日も一緒に狩りに行きましょう」
「今日の分もまだ行ってないだろ」
「明日の約束もしておきたいんです」
ミナがチャットで言った。
「私も行く。なつき、明日も早く来てよ」
「二人とも、毎日やるつもりか」
「なつきだって来るでしょ?」
「まあ、来るけど」
電話からも、ミナの笑い声が聞こえた。
俺も笑って、文字を打った。
「じゃ、明日も三人な」
『その声なら、怒ってないの分かる』
ミナが電話で言った。
『怒ってないって言っただろ』
『文字だと、分かんない時あるから』
俺は子機を持ち直した。
何と返せばいいか考えているうちに、ユイが街の外へ向かっていた。
「初めてのギルド狩り、行こう!」
ミナも歩き出した。
俺は携帯を開いて、時間を見た。
もうすぐ九時だった。
エリも、今頃ログインしているだろうか。
リョウが来るのを、待っているだろうか。
『なつき、来てる?』
電話の向こうで、ミナが呼んだ。
俺は子機を肩に戻して、二人を追いかけた。
『行く』
俺は携帯を、画面が見えるように机へ置いた。
エリから連絡が来たら、すぐに分かるように。




