第2話 彼氏なのに、相方じゃない
「ギルド、作れないんだけど」
「エンペリウムは?」
「何それ」
翌日の夜、俺のギルド設立計画は、知らない単語に止められた。
プロンテラの道の端に、俺とミナのキャラクターが座っている。
「ギルドを作るために要る石だって」
「名前を決めれば作れるんじゃないのか」
「私もそう思ってた。調べたら石が要った」
「どこで買える?」
「売ってる人、探そう」
街には、店を出した商人のキャラクターが並んでいた。
俺たちは店の名前を見て歩き、目当ての石を見つけた。
値段を見た。
自分の所持金も見た。
「……ミナ、今いくら持ってる?」
「帽子のお金は貸さないよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に出てる」
「同じ顔だろ、ずっと」
ミナのキャラクターが、俺から一歩離れた。
「動きにも出てる」
俺は石の店を閉じた。
ミナと二人でお金を出しても、まだ足りない。
エリの相方よりでかいギルドを作るつもりだったのに、今の俺は、ギルドを作るための石も買えなかった。
「じゃ、先に名前を決める」
「買えないから?」
「準備だよ」
そこへ、ユイが走ってきた。
「先輩、今日もいた!」
「おう」
「何してるの?」
「ギルドを作ってる」
「まだ作ってない。名前を考えてる」
ミナに訂正された。
「かっこいい名前にしよう。人が入りたくなるやつ」
「どんなの?」
俺は少し考えた。
「永遠の絆」
ミナの返事が来なかった。
ユイの返事も来なかった。
「……何か言えよ」
「子犬一匹であんなに慌ててたのに、名前だけ立派だね」
「犬の話はもう忘れろ!」
ユイが笑う顔を出した。
絵文字だと思っていたけど、こういうのはエモーションというらしい。
「私は、かわいい名前がいい」
「かっこよくて、かわいいやつにするか」
「それならいいです」
ミナからも案が出た。
「よりみち」
「何の?」
「ギルドの名前」
「弱そうじゃね?」
「休憩に来てもよさそうでしょ」
「強いやつを集めたいんだけど」
「強い人も休憩するよ」
ユイは気に入ったらしく、すぐに賛成した。
俺は二対一になったところで、名前の決定を保留した。
*
結局、俺たちは街の外で、お金を稼ぐことにした。
ミナが敵を倒し、俺が回復する。
ユイも小さな敵を殴り、倒れると、落ちたものをせっせと拾った。
「先輩、こっち拾い忘れてる」
「それも売れる?」
「売れる。さっきお店で売ってみた」
ユイはもう、俺たちが教えていないことも知っていた。
「今日は犬に触らないんだな」
「もうあの子たちは見るだけ」
「よし」
「でも、飼える子もいるって聞いた」
見るだけで終わる気はなさそうだった。
ミナが敵を集めすぎた時、俺はユイに離れるように言って、ヒールを使った。
一度では追いつかず、もう一度。
ミナの体力が戻り、魔法が出て、敵が倒れた。
「助かった」
「集めすぎなんだよ」
「だって、石のお金と帽子のお金が要るから」
「帽子は別だろ」
「同じ狩りで稼いでるんだから、効率いいじゃん」
前より少し、間に合うようになった。
ミナが動いて、俺が回復する。ユイが拾いに戻る。
次の敵を見つけるまでの間には、三人でくだらない話ができる。
街へ戻って拾ったものを売ると、所持金は増えていた。
それでも、さっき見た石には届かなかった。
「これ、毎晩やれば買えるよね」
ミナは増えた分を、紙に書いているらしかった。
「買ったら、次は人を集める」
「まず三人で遊べればよくない?」
「三人だけじゃギルドっぽくないだろ」
「先輩、ギルドになっても、私と狩りしてね」
「するよ」
ユイは嬉しそうなエモーションを出した。
「ヒールもよろしく」
しばらくして、ユイは明日の宿題があると言ってログアウトした。
俺とミナは、街の端に残った。
『ギルドの名前、電話で決めない?』
ミナからの耳打ちだった。
『ここでも決められるだろ』
『そうだけど、どんな感じにするかとか』
『名前は、もう少し考えようぜ』
俺は街を歩いている人たちのギルド名を見た。
短い名前も、長い名前もある。英語だと、何と読むのか分からないものもあった。
その時、机の上で携帯が震えた。
エリからだった。
昨日、ゲームで会ったあとに、俺はメールを送っていた。
一度、電話で話せる時間はないか、と。
今なら少し話せる、という返事だった。
俺はミナに耳打ちを送った。
『ごめん、ちょっと電話してくる』
送り終えるのと、携帯を開くのは、ほとんど同時だった。
*
呼び出し音が、二回鳴った。
『もしもし』
エリの声だった。
ゲームのキャラクターがこっちを向いた時より、ずっと強く、会えた気がした。
『……俺』
『うん。分かってる』
『今、大丈夫?』
『少しなら。さっきメールしたじゃん』
エリが笑った。
俺も少し笑った。
『今週、どっかで会えない?』
『土曜なら大丈夫だよ』
『ほんと?』
『うん。いつもの駅でいい?』
エリは、普通に答えた。
俺は携帯を持ち直して、約束の時間を決めた。
土曜日になれば、エリに会える。
『メール、もう少し返してくれよ』
『ごめん。あとで返そうと思って、そのままになっちゃってた』
『何してるかも分からなかったし』
『うん。ごめんね』
エリの声を聞いていると、用意していた言葉が減っていった。
ゲームで会えた。電話もできた。土曜日には会う。
それなら、もう大丈夫な気がした。
『ゲーム、どう?』
『ミナたちとやってる。ギルドも作る』
『え、もう?』
『まだ、石がなくて』
『エンペリウム?』
『それ』
エリはすぐに名前が分かった。
俺たちには大仕事に見えていることを、エリはもう知っている。
『回復、だいぶできるようになった』
『アコだもんね』
『うん。今日もミナを助けた』
『楽しそうじゃん』
俺は画面の中の自分を見た。
ミナのマジシャンが、隣に座っている。
『エリとも一緒に遊びたい』
『レベルが上がったらね』
『少しだけでも、明日どう?』
『明日はリョウさんと約束してるんだ』
そこで、またあの名前が出た。
『じゃ、その前』
『明日はログインしたら一緒に行くことにしてるから』
『毎日、約束してるの?』
『ううん。いつも、だいたい同じ時間に来るから』
エリは、何でもないことみたいに言った。
その説明で、俺には余計に分からなくなった。
俺は二週間、メールの返事を待った。
会う日を決めるために、電話のできる時間も聞いた。
リョウは、いつもの時間に来ればいいらしかった。
『相方って、何か設定があるの?』
『設定?』
『パーティーみたいに、登録するのかと思って』
『ないよ。いつも一緒に狩ってるから、そう呼んでるだけ』
だけ。
『じゃ、俺もなれる?』
エリが、少し黙った。
『なつきは、ミナたちと遊んでるじゃん』
『エリと組みたいから、回復にしたんだよ』
『……そうだったんだ』
俺はその返事を待って、続けた。
『レベルも上げるから』
『うん。今度、みんなで行こうね』
『二人じゃなくて?』
言ってから、声が高くなったのに気づいた。
俺は口を閉じた。
『なつき、そんなに急がなくていいよ』
『急いでない』
急いでいるみたいな返事になった。
『今はリョウさんと組んでるし、せっかく始めたんだから、ミナたちとも楽しんでほしい』
今は。
俺は、その言葉を覚えた。
土曜日に会う場所も時間も、ちゃんと決まっている。
エリは電話に出たし、俺に、ごめんねとも言った。
それでも、ゲームでエリの隣に立っているのは、別の男だった。
『リョウさんって、何時くらいに来るの?』
『夕飯のあとくらいかな。何で?』
『……昨日、ちゃんと挨拶できなかったから』
『そうだね。いきなり彼氏ですって言うんだもん』
エリが笑った。
俺は、その笑い方を知っていた。
『だって、彼氏だろ』
『うん。そうだよ』
すぐに返事が来た。
彼氏だということは、否定されなかった。
相方になれるとは、言ってもらえなかった。
『じゃ、また土曜ね』
『うん』
『ミナたちにもよろしく』
電話を切った。
俺は待ち合わせの時間を、携帯のカレンダーに入れた。
土曜日の予定は埋まった。
明日のゲームの予定には、まだエリがいなかった。
*
ゲームの画面には、ミナがいた。
俺のアコライトの隣に座っている。
チャット欄を見ると、耳打ちが一つ届いていた。
『エリ?』
俺が電話をかけた頃のメッセージだった。
そのあとには、何もなかった。
『うん。今終わった』
『そっか』
『待ってたの?』
『帽子の店を見てた。買えないから、見るだけ』
ミナが立って、俺の周りを一周した。
『ついでに待ってた』
『ごめん』
『いいよ。話せたんでしょ』
『土曜、会うことになった』
『よかったじゃん』
ミナが笑顔のエモーションを出した。
俺も、同じ顔を返した。
『じゃ、土曜日は狩りなしね』
『夜は来ると思う』
『デート中にレベル上げの心配しない』
そう言われて、少し恥ずかしくなった。
エリに会いたくて始めたゲームなのに、エリと会う日にも、狩りの予定を入れようとしていた。
ミナが街の外へ歩き出した。
俺も追いかけた。
「石を買ったら、よりみちにするか」
俺がそう打つと、ミナが止まった。
「ギルドの名前?」
「うん。ユイも気に入ってたし」
「弱そうじゃなかった?」
「強くすればいいだろ」
笑顔のエモーションが出た。
「名前、三人で決めたって言おうね」
「分かってる」
ミナが敵を見つけた。
俺はミナを追いかけながら、ヒールを選んだ。
「頼むよ、ギルドマスター」
「まだなってないだろ」
「予約」
俺はミナにヒールを使った。
「任せろ」
「明日、早く来るわ」
「何時くらい?」
「学校から帰ったら」
「早。宿題は?」
「あとでやる」
ミナの返事が、少し遅れた。
「じゃ、私も早く来る。石のお金、稼ごう」
「うん」
「今日、なつきが来るまで暇だったから、明日はもうちょっと長く遊べるね」
俺は笑う顔を返した。
ミナも、同じ顔を出した。
明日は、リョウより先にログインする。
エリが来たら、すぐに誘ってみよう。
行く相手がまだいなければ、俺と行ってくれるかもしれない。




