第1話 彼女を探しに来たのに、女友達の回復役になった
俺の結婚式に、元彼女が来た。
「おめでとう。お幸せにね」
エリのキャラクターが、俺たちの前で立ち止まった。
隣には花嫁がいる。周りには祝いに来た友達がいる。全員、ラグナロクオンラインの中だ。
『知り合い?』
花嫁から、耳打ちが届いた。
『うん。昔、ちょっと』
俺がそう返した直後、式場のチャットに別の発言が出た。
「なつき、よかったね。やっと彼女と同じ画面にいるね」
ミナだった。
俺は大急ぎで、ミナに耳打ちを送った。
『黙ってろ』
『お祝いしてるのに?』
『お祝いの仕方があるだろ』
『じゃ、元彼女って言わないでおく』
「元彼女って言うなよ!」
最後の一文が、式場全体のチャットに出た。
『元彼女?』
花嫁から、また耳打ちが届いた。
俺は入力先を見た。ミナと二人だけのつもりで、全員に返事をしていた。
そもそも俺がこのゲームを始めたのは、エリを探すためだった。
別の相手と結婚して、その式にエリを呼ぶためではなかった。
なのに、どうしてこうなった。
*
「エリ、生きてるよ」
放課後の教室で、ミナは俺の机に腰を預けてそう言った。
俺は握っていた携帯を取り落としかけた。
「どこにいる」
「ゲームの中」
「ふざけてんのか」
「ふざけるなら、もっと面白いこと言う」
二〇〇三年、六月。
高校二年生の俺は、付き合って半年になる彼女から、二週間も返事をもらえていなかった。
それまでのメールは、だいたいエリの返事で終わっていた。ここ二週間は、俺の送った文章だけが増えている。
最後の三通は、ほとんど同じ内容だった。
「ラグナロクオンライン。知ってる?」
「知らん」
「そこで遊んでるって。エリの友達が言ってた」
「……俺には返事しないのに?」
ミナは携帯を見た。それから、俺を見た。
「最後のメールは何て送ったの」
「心配だから返事してくれって」
「その前は」
「無事なら一言でいいからって」
「その前」
「……なんで返事しないんだって」
「順調に圧が上がってるね」
俺は携帯を閉じた。
「ゲームの中で探せるのか」
「やってみれば?」
「ミナも来いよ」
「私、今あんたに情報渡しただけなんだけど」
「一人じゃ分からん」
ミナは机から離れかけて、俺の顔をもう一度見た。
俺は目をそらさなかった。
「……分かった。ちょっとだけね」
その夜、家の電話が鳴った。ミナだった。
『今、キャラクター作るところ。そっちは?』
『起動した』
『サーバー、Lydiaだよ。同じところ選んで』
俺は子機を部屋へ持ってきて、肩と耳で挟んだ。ミナはミナの家で、俺は俺の家で、画面を見ながら話していた。
『俺の声、変じゃね?』
『急に何』
『電話だと、変に高く聞こえるだろ』
『今日も教室で聞いたけど』
高校二年生になっても、俺の声は高かった。声変わりした友達の話し声と並ぶと、自分だけ子供のままみたいで嫌だった。
『気にならないよ。ちゃんと聞こえるし』
ミナはそう言って、俺がキャラクターを作り終えるのを待ってくれた。
ようやく街で会えた時には、俺たちのキャラクターが二人、同じ画面に立っていた。
『ありがと。もう切って大丈夫』
『もう?』
『こっちで話せるし』
俺は電話を切って、チャットに文字を打った。
「なつきです」
ミナの返事が出るまで、少し時間がかかった。
「知ってる」
それからは、ほとんどゲームの中で話していた。
電話で聞く自分の声を気にせずに済むし、送りたい言葉を打ち直す時間もある。俺はそっちの方が好きだった。
*
最初の職業は、二人ともノービスだった。
転職先を決める時、俺はミナに聞いた。
「回復できるやつって、みんな欲しいんだろ」
「何の話?」
「パーティーに」
「ならアコライト。回復の魔法が使えるって」
「じゃ、それにする」
ミナのキャラクターが、俺の方を向いた。
「一緒に狩りに行けるね」
「うん。エリの役に立てれば、一緒に行けるだろ」
しばらく返事がなかった。
「じゃ、私は魔法使いにする」
「何で?」
「あんた一人でレベル上げるの、大変そうだから」
その夜のうちに、俺はアコライトになった。ミナもマジシャンになった。
転職してからも、ミナは俺より先に敵を見つけては殴られていた。
「なつき、ヒールして」
「さっきしただろ」
「また怪我した」
「エリに会う前に、お前の回復ばっかりしてるんだけど」
「エリに会った時、上手にできるよ。練習、練習」
ミナの言う通り、ヒールを使うのは少しずつ上手くなった。
ただ、その頃の俺が覚えたのは、ほとんどミナにヒールをする手順だった。
問題は、エリが見つからないことだった。
彼女は、かなりレベルの高い人たちと遊んでいるらしい。こちらは、街の外に出れば迷子になる初心者二人だ。
森で離ればなれになると、ミナから耳打ちが届いた。
『なつき、今どこ』
『木の横』
『私も木の横なんだけど』
『でかい木』
『森だからね』
ミナの言う「ちょっとだけ」は、毎晩になった。
俺がログインすると、先に来ていたミナから耳打ちが届く。
『今日、電話しない?』
『ここで話してるじゃん』
『そうだけど』
『エリのこと何か分かった?』
ミナはいつも、それにも返事をくれた。
ある晩、二人で街に戻ると、何人かが同じ印をつけて集まっていた。
「あれ、ギルドだって。一緒に遊ぶ人の集まり」
「俺たちも作るか」
「急だな」
「人が増えれば、エリを知ってるやつもいるかもしれない」
「ギルドの募集理由が迷子捜索」
「人探しだ」
「じゃ、私は普通に遊びたい人を集めるね」
さらに別の女友達、ユイも誘った。
三人で少し遠出した日、ユイが小さな犬に近づいていった。
名前を見ると、デザートウルフの子供と表示されていた。
「かわいい!」
ユイがその子をクリックした。
キャラクターが近づいて、小さな犬を殴った。
「なでたかったのに!」
犬が振り向いて、噛み返した。
「クリックすると攻撃になるよ!」
ミナの説明が出た時には、もう喧嘩が始まっていた。
ユイはまだノービスだった。歩き出したばかりのキャラクターが、反撃を受けるたびにぐらつく。
「先輩!」
俺はヒールを選び、ユイをクリックした。
減っていた体力が戻る。
「おお!」
もう一回。
「先輩すごい!」
俺は少し得意になって、続けてヒールを使った。
「なつき。回復できるからって、そのまま殴り合いさせないで」
「大丈夫、まだ」
ヒールが出なくなった。
魔法を使うためのSPが、足りない。
「先輩?」
「ミナ、ちょっと倒して!」
「最初から言って!」
ミナの魔法で、犬との喧嘩は終わった。
ユイはまだ動けた。
「ユイ、大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう」
「次は、むやみに触るなよ」
「はい。なつき先輩がいると安心だね」
ミナからも発言が出た。
「だってさ」
「これならエリとも狩れるかな」
ミナの返事は、少し間を置いてからだった。
「まず、私たちと上手く狩れるようになろうね」
*
エリが見つかったのは、そんなことが何度かあったあとだった。
ミナが街で聞いてきた情報を頼りに、俺たちはプロンテラへ向かった。
待ち合わせに使われる場所だという街の入口に、何人かが集まっていた。
その中に、見覚えのある名前があった。
エリ。
俺はミナに耳打ちを送った。
『いた』
すぐに返事が来た。
『電話していい?』
俺は迷ってから、携帯の番号を耳打ちで送った。家の電話は、今は使われていた。
少しして、机の上の携帯が鳴った。
『……どうすればいい』
『まず、話しかけてみなよ』
エリのそばには、大きな剣を持った男のキャラクターが立っていた。
俺のアコライトとは、着ているものから違った。二人は並んでいて、時々、エリだけが相手の方へ向き直る。
俺はチャット欄を開いた。
「エリ。俺だよ」
送信するまでに、三回読み直した。
何もおかしなところはない。それでも指が止まった。
エリのキャラクターが、こっちを向いた。
「なつき?」
たった一言で、俺の肩から力が抜けた。
「そう」
「どうしたの?」
どうしたの。
電話の向こうで、ミナが小さく息を吐いた。
俺はエリへの返事を打った。
「メール、返事なかったから」
「ごめん。最近、こっち忙しくて」
大きな剣の男からも、発言が出た。
「お友達?」
俺は反射的に文字を打ち、送った。
「リアルの彼氏です」
『なつき』
電話の向こうで、ミナが声をひそめた。
『それ、初対面の挨拶で言うことなの?』
送った文字は、エリにも男にも、その場にいる他の人たちにも見えていた。
俺は電話のミナに言い返した。
『お友達って聞かれたから』
『だからって、いきなり交際の証明をしなくても』
俺は挨拶を打とうとした。今さら「初めまして」と送っても遅い気がして、指が止まった。
「そうなんですね。初めまして、リョウです」
男は、普通に挨拶を返してきた。
画面の中で一歩ずれて、俺がエリの隣に立てるように場所を空けた。
嫌なやつだったらよかったのに、と思った。
チャットに、エリの発言が出た。
「なつきもRO始めたんだ」
「うん」
「今、レベルいくつ?」
答えると、エリは少しの間、動かなかった。
「そっか。まだ一緒には狩れないね」
俺は画面に映る自分のキャラクターを見た。
ミナにヒールをして、ユイも何とか助けて、前より役に立てるようになったと思っていた。
エリのいるところには、まだ届いていなかった。
「ごめんね。今日は相方と約束してるから」
相方。
エリが男の方を向いた。
「紹介するね。いつも一緒に遊んでもらってるリョウさん」
リョウが笑う顔の絵文字を出した。
俺も、笑う顔を出した。
出せてしまうのが、嫌だった。
二人は狩りに出かけた。
俺とミナは、街の入口に残った。
『……なつき』
『レベル、上げる』
ミナが何か言いかけたところで、俺は続けた。
『あいつと同じくらい役に立てれば、一緒に行けるんだろ』
『私はレベルの話をしようとしたんじゃないよ』
『じゃあ何だよ』
焦ると、声がさらに高くなる。自分の耳に届いた声で、言い方まで幼く聞こえた。
その声をミナにぶつけたことが、急に恥ずかしくなった。
『……ごめん』
少しして、ミナのキャラクターが動いた。
俺の横を抜け、街の外へ向かった。
『じゃ、今日は私と狩りに行きなよ』
『付き合ってくれるのか』
『あんたがエリ探してた間、私もレベル上げてたんですけど』
『……ありがとう』
『あと、欲しい帽子があるから、お金稼ぎたい』
『俺を慰めようとしてるんじゃないのか』
『慰めるよ。狩りながら』
ミナが街の外で立ち止まった。俺が追いつくと、また歩き始めた。
『じゃ、電話切るな』
『まだいいじゃん』
『喋りながら操作するの、苦手なんだよ』
ミナが黙った。
『……分かった。じゃ、こっちで』
電話を切ると、チャットにミナの発言が出た。
「ヒール、よろしく」
「任せろ」
文字なら、そういう返事もすぐにできた。
「ミナ。ギルド、作ろう」
「前に言ってたやつ? いいよ」
「あいつらのところより、でかくする」
ミナのキャラクターが止まった。
「今、二人しかいないけど」
「ユイもいる」
「犬の子供一匹で慌ててた三人で?」
言い返せなかった。
「じゃ、私は普通に遊びたい人を集める。あんたは強くなりたい人を集めなよ」
ミナが、こちらを向いた。
「あと、私の帽子、ギルドの予算で買っていい?」
「よくねえよ」
「運営費」
「お前の帽子代だろ!」
ミナが笑う顔の絵文字を出した。
俺も笑う顔を返して、街の外へ歩き始めた。




