第2話 「これからどうする」
「ぐ~~~~~~~~」
静まり返った寺の中に、妙に長い音が響いた。
「……」
「……」
「……」
三人とも動かなかった。
誰の腹が鳴ったのか。
確認する必要もなかった。
金髪の聖女――アンタが、腹を押さえていた。
「……腹減ったわ」
アンタは何事もなかったかのように言った。
「なんか、ええもんあんた食べてない?」
「え?」
響が自分のキャリーバッグを開ける。
「えーっと……」
中から取り出したのは、コンビニのおにぎり。
ただし、一個。
「これしかないけど……」
「おお!」
アンタの目が輝いた。
「これ、食べてええんか?」
「どうぞ」
響がおにぎりを渡す。
アンタは受け取ると、そのまま、
ガブッ!
と、かぶりついた。
「ちょっと!」
響が慌てる。
「それ、袋!」
「ん?」
アンタは、透明な包装ごとおにぎりをもぐもぐしている。
「この世界の食べ物は、なんか透明の紙があるけど、これ食べれんの?」
「食べられません!」
「そうなん?」
「それは包装のビニール!」
響はそう言ったものの、異世界人に「ビニール」と言っても分からないことに気づいた。
「えっと……食べ物を守るための、食べちゃいけない透明なやつ!」
「最初からそう言いや」
「いや、最初から分かりやすく言ったつもりなんだけど!」
響が包装を外す。
「はい。これなら食べていいから」
「おおきに」
アンタは、おにぎりを受け取った。
そして。
ガブッ。
もぐ。
もぐもぐ。
「……」
「……」
速い。
あまりにも速い。
数秒後。
アンタの手には、何も残っていなかった。
「足りんわ」
「……」
「なんかない?」
将司と響は顔を見合わせた。
「……ない」
「ないわね」
「そうか」
アンタは残念そうに呟いた。
「魔王討伐の前でも、もうちょっと食わせてもろたで。」
「魔王討伐って、遠足じゃないですよね?」
「知らん。王国はケチやからな」
「……」
将司はふと気づいた。
俺たちは、何をしているんだ?
ついさっきまで、俺は医学部三浪が決まって、家にも帰りたくなくて、人生そのものから逃げてきたはずだった。
響も、何か事情があってここに来ている。
そして目の前には異世界の聖女。
その聖女が腹を空かせている。
「……とりあえず」
俺は言った。
「これからどうする?」
「……」
「……」
アンタが俺を見る。
響も俺を見る。
「そうよね」
響が呟いた。
「まず、この人をどうするかよね」
「わしはアンタや」
「名前はもういいです」
「なんでや!」
アンタが怒る。
「いや、名前として変でしょう」
「失礼な。名門ダレヤ家のアンタ・ダレヤで、しかも聖女やぞ」
やっと気づいた将司も吹き出しながら、
「でも、こっちの世界ではただの金髪の変な人ですよ」
「誰が変な人や!」
「その服装で街に出たら、間違いなく変な人です」
響が言い切った。
アンタは自分の服を見た。
白いドレス。
金色の装飾。
胸元には謎の宝石。
背中には小さな羽根のような飾り。
どう見ても現代日本の一般市民ではない。
「……これ、そんなに変か?」
「ものすごく。コスプレです」
「そうか……よ~わからんけど」
アンタはしょんぼりした。
そして響が、ふとキャリーバッグを見る。
「……着替えならあるけど」
「え?」
「私の服。サイズはたぶん大丈夫」
「ほんまか!」
アンタが急に元気になった。
「ちょっと待ってて」
響はキャリーバッグから服を取り出した。
「これと、これ。あと上着」
「助かるわ!」
「あと、その髪もどうにかした方がいいわね」
「なんで?」
「金髪の長髪で聖女の服を着ていたら目立つから」
「でも、わし聖女やし」
「この世界では秘密にしてください」
「なんで?」
「病院に連れていかれる可能性があるから」
「……怖い世界やな」
しばらくして。
着替えを終えたアンタが戻ってきた。
「どうや?」
「……」
将司は絶句した。
響も絶句した。
そこにいたのは、白い聖女ではなかった。
普通の服を着た、金髪の女性。
しかし。
「……外国人観光客にしか見えない」
将司が呟いた。
「それなら大丈夫やろ」
「いや、金髪すぎるけど」
「日本人でも金髪の人おるやん」
「いますけど……」(なぜに知っているの?。こいつ)
「ほな、ええやん」
「まあ……」
こうして。
なぜか俺たちは、寺を出ることになった。
響のアパートに行く。
とりあえず、アンタをそこで休ませる。
そして、これからどうするか考える。
それしかなかった。
俺と響は連絡先を交換した。
「じゃあ、何かあったら連絡してください」
「うん」
「将司君も、家出なら……」
「……」
響が言葉を止めた。
「無理に帰らなくてもいいんじゃない?」
「……」
俺は少し考えた。
しかし。
「いや、まあ……」
結局、俺は普通に帰ることにした。
家出の予定だった。
遠くへ逃げるつもりだった。
それなのに。
なぜか家に向かっている。
そして。
家の玄関を開けた。
「ただいま……」
「おかえり」
母だった。
俺は少し身構えた。
何を言われるだろう。
すると母が、俺の顔を見て、すぐに察した。そして、いきなり言った。
「まあ、来年があるわ」
「……え?」
「お父さんにはお母さんからLINEしておくから」
「いや、ちょっと待って」
「何?」
「もっとこう……ないの?」
「何が?」
「その……落ちた息子に対する……」
「慰め?」
「そう」
母は少し考えた。
「ご飯にします?お風呂にします?それとも、・・・」
「ご飯にします!。」
「お腹空いてるでしょう?」
「……うん」
「じゃあ、先に食べましょう」
俺は靴を脱いだ。
そして思った。
――あれ?
俺、そんなに落ち込んでない?
さっきまで、人生の終わりぐらいに思っていた。
でも今は、腹が減った。
飯が食いたい。
そして、明日のことを考える余裕が少しある。
「……なんなんだろうな」
俺は自分でも不思議だった。
* * *
一方。
響の部屋。
「……ここが、あんたの家か」
「そう」
「狭いな」
「悪かったわね」
「いや、落ち着く」
アンタはソファに座り、テレビを見ていた。
そして。
「……」
ニヤッと笑った。
「なあ、響」
「何?」
「あんた、貧乏スケベやろ」
「…………は?」
響の顔が固まった。
「な、何を言ってるの?」
「略して、ビンスケ!」
「略すな!」
「いやいや」
アンタは楽しそうに笑った。
「実はな」
人差し指を立てる。
「あたしゃ、人の心が読める!」
「……」
「だから、あんたの考えも丸見えや」
「……」
「バイトだけじゃ金が足りん」
「……」
「親には頼りたくない」
「……」
「男から金をもろてる」
「……」
「しかも――」
「ちょっと待って!」
響が叫んだ。
「勝手に読むな!」
「おもろいやん」
「私の心は娯楽じゃない!」
「結構、アレが好きなんか」
「……」
「もう、かわいい顔してやらしいなぁ」
「うるさい!」
響はクッションを投げた。
「お前、聖女だろ!」
「せやで」
「聖女なら人の心を勝手に読むな!」
「なんで?」
「プライバシーってものがあるでしょうが!」
「異世界にはそんな概念ないわ」
「帰れ!」
「帰れへんねん!」
「……」
「だから困っとるんやと言いたいところやけど。」
アンタが、少しだけ寂しそうな顔をした。
いや、ふりだった。
響は黙った。
しばらくして、ふっと笑った。
「……まあ、いいわ」
「何が?」
「あんた、本当に聖女なのね」
「今さら?」
「だって、人の心を読めるなんて……」
響は少し考えてから言った。
「そうか」
「何が?」
「あんたは、この世界の『せいじょ』なんだ」
「『せいじょ』?」
「そう」
響は自分を指さした。
「ほら。聖女の『聖』じゃなくて――」
指を頭の横に持っていく。
「心偏の『性女』」
「・・・・すごいなぁ。漢字もわかるのって、それ、単なる語呂合わせ!」
「なんや、その言い方」
「だって、私の心を全部読めるんでしょ?」
「まあな」
「じゃあ、私より私のことを知ってるじゃない」
「……」
アンタは少し黙った。
「それは……」
「?」
「ちょっと、ずるい能力かもしれんな」
「どうして?」
「人の心ってな」
アンタはテレビを見ながら呟いた。
「本人にも見せたくないところがあるやろ」
「……」
「そこまで見えてしまうと、しんどいで」
(と、口では言いながら、いやいや、人のプライバシーはおもろいやん)
響は何も言わなかった。
そして、しばらくして。
「じゃあ、私の心は見ないでよ」
「……」
「お願い」
「……分かったわ」
アンタは珍しく素直に頷いた。
しかし。
三秒後。
「でも、さっきの男のことは――」
「もう一回クッション投げるわよ!」
「わははは!」
響の部屋に、久しぶりに笑い声が響いた。
こうして。
俺は家に帰り、響は自分の部屋に戻り、アンタは異世界から現代日本へ迷い込んだ。
三人の人生は、まだ別々だった。
ただし。
この翌日。
俺たちは、もう一度集まることになる。
なぜなら――
聖女アンタには、現代日本で生きていくための「仕事」が必要だったからだ。
そしてその仕事をめぐって。
俺たちは、とんでもない騒動に巻き込まれていくことになる。
AI使用ですが、基本、自分で書いたものを校正してもらってます。不器用ですので、・・・




