第九話 好感度
地下室の空気は冷たかった。
蝋燭の火が揺れる。
壁に映る影も、
どこか歪んで見えた。
俺は荒い息を整えながら、
エリシアを睨む。
「……お前、今なんて言った」
「NPC」
あっさり。
本当に当たり前みたいに、
エリシアは答えた。
「意味分かって言ってんのか?」
「うん」
「ふざけてんのか!?」
思わず声を荒げる。
だが。
エリシアは困ったように首を傾げるだけだった。
「なんで怒るの?」
「なんでって……!」
こいつ、
本気で分かってない。
それが逆に怖い。
「レイン」
セレナが低い声で言う。
「落ち着け」
「これで落ち着けるかよ!」
「感情的になると飲まれる」
「何にだよ!」
「世界に」
その言葉で、
地下室が静まり返る。
セレナは壁へ刻まれた文字を見る。
『SYSTEM ERROR』
『MEMORY LEAK DETECTED』
ノイズが走る。
文字列が崩れ、
また戻る。
「この世界は正常じゃない」
セレナは静かに言った。
「最初からな」
「だったら教えろよ!」
「私も知らない!」
初めてだった。
セレナが感情を露わにしたのは。
「私は覚えてないんだ……!」
彼女の声が震える。
「何回死んだのかも、何回やり直したのかも……!」
地下室の空気が重くなる。
ミナが怯えたように後退った。
「……セレナ」
「でも、一つだけ分かる」
彼女はエリシアを見る。
「全部の中心にお前がいる」
エリシアは否定しない。
ただ。
少しだけ寂しそうに笑った。
「しょうがないよ」
「何が」
「だって私は、選ばれたから」
意味不明だった。
なのに。
その言葉を聞いた瞬間、
頭の奥で何かが軋む。
ノイズ。
視界の揺れ。
そして。
また見えた。
黒い画面。
選択肢。
▶ エリシアを助ける
▶ ミナを助ける
「っ……!」
俺は頭を押さえる。
「レイン!?」
ミナが駆け寄る。
だが。
その瞬間。
エリシアが小さく笑った。
「また私を選んでくれた」
背筋が凍る。
「……何言ってる」
「覚えてないの?」
エリシアは近付く。
一歩。
また一歩。
「何回も、何回も」
優しい声。
恋人へ話しかけるみたいに。
「あなたは私を助けてくれた」
「やめろ……」
「ミナより」
ミナの顔が青ざめる。
「世界より」
ノイズ。
地下室が揺れる。
「自分自身より」
「やめろッ!!」
叫んだ瞬間。
世界が止まった。
蝋燭の火。
空気。
音。
全部。
完全に静止する。
「……え」
動いているのは、
俺とエリシアだけだった。
ミナも。
セレナも。
まるで時間停止したみたいに固まっている。
「ほら」
エリシアが微笑む。
「また二人きりになれた」
怖い。
なのに。
どこか懐かしい。
その感覚が、
何より気持ち悪かった。
「……お前、誰なんだ」
震える声で聞く。
エリシアは少し考えてから、
静かに答えた。
「あなたのヒロインだよ」
次の瞬間。
世界に激しいノイズが走った。




