第八話 セーブポイント
雨が降っていた。
王都外れの旧礼拝堂。
人の気配はない。
窓ガラスは割れ、
木製の椅子は腐っている。
そんな場所に、
俺たちはいた。
「……ここなら追ってこない」
セレナが壁にもたれながら言う。
食堂から逃げて、
もう三十分ほど経っていた。
だが。
未だに心臓が落ち着かない。
「あれ、なんだったんだよ……」
全員同じ顔。
同じ声。
同じ動き。
あんなの人間じゃない。
「世界の補正だ」
セレナは短く答える。
「補正?」
「異常を認識した存在を、元へ戻そうとする」
「意味分かんねぇよ……」
「私も全部は知らん」
セレナは疲れたように目を閉じる。
「だが、この世界は壊れている」
静かな声だった。
重い。
まるで、
何度も同じ結論へ辿り着いたみたいな。
「……お前は何を知ってる」
「知らない」
「は?」
「本当に覚えていない」
セレナは自嘲気味に笑う。
「だが私は、何度もここへ来ている」
ぞわり、とした。
「この礼拝堂も?」
「ああ」
「……初めて来た場所じゃないのか?」
「違う」
即答。
「何回も来た。何回もお前と話した」
「……は?」
「その度に世界が壊れる」
空気が冷える。
ミナが小さく身を縮めた。
「や、やめてよそういうの……」
怯えた声。
セレナは少しだけ表情を緩める。
「安心しろ。今はまだ大丈夫だ」
「“まだ”って何……?」
答えない。
代わりに、
セレナは祭壇の奥へ歩いていく。
そして。
床の一部を蹴った。
ガコン。
鈍い音。
床板がずれる。
「……隠し部屋?」
「正確には違う」
暗い階段。
地下へ続いている。
「来い」
俺たちは顔を見合わせ、
ゆっくり後を追った。
地下室は異様だった。
古い石壁。
蝋燭。
そして。
壁一面に刻まれた、
意味不明な文字列。
『SAVE POINT』
『PLAYER DATA』
『ERROR』
「……なんだこれ」
読める。
読めるのに意味が分からない。
だが。
頭の奥が、
妙にざわついた。
「私はここで目覚めた」
セレナが呟く。
「目覚めた?」
「最初の記憶だ」
彼女は壁へ触れる。
「暗闇の中で、この文字を見ていた」
その瞬間。
壁の一部がノイズ混じりに揺れた。
バチッ。
光。
そして一瞬だけ、
半透明の画面が浮かぶ。
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「っ!?」
俺は息を呑む。
ミナも青ざめていた。
「な、なに今……!」
だが。
エリシアだけは静かだった。
嬉しそうですらある。
「懐かしいね」
その一言で、
空気が凍った。
「……お前」
セレナの声が低くなる。
「やはり知っているな」
「知ってるよ」
エリシアは笑う。
白銀の髪が、
蝋燭の火に揺れる。
「だって私は、ずっとここにいたから」
「何者だ」
「NPC」
あまりにも軽く、
エリシアは言った。
「……は?」
「でも、ただのNPCじゃない」
彼女はゆっくり、
こちらを見る。
いや。
また、
その少し奥。
「あなたが何度も選んだから」
その瞬間。
頭痛。
ノイズ。
視界が激しく揺れる。
知らない景色が流れ込む。
ゲーム画面。
メニュー。
ステータス。
エリシアの立ち絵。
『好感度 UP』
「ぁ……っ」
頭が割れそうだ。
膝をつく。
「レイン!」
ミナの声。
遠い。
エリシアが近付く。
そして。
優しく、
俺の頬へ触れた。
「もうすぐ思い出せる」
その目は、
俺を見ていない。
もっと遠く。
画面の向こう側を見ていた。




