第六話 ログインしていないプレイヤー
夜だった。
宿屋の部屋。
窓の外では雨が降っている。
ミナは先に寝ていた。
規則正しい寝息だけが聞こえる。
だが俺は眠れなかった。
頭の中で、
ずっとあの音が鳴っている。
『Save Complete』
『Load Complete』
意味不明な言葉。
なのに妙に気持ち悪い。
まるで、
忘れていた記憶を無理やり引きずり出されるみたいで。
「……寝れねぇ」
小さく呟く。
すると。
「起きてたんだ」
声。
振り返ると、
窓際にエリシアが立っていた。
月明かりが白銀の髪を照らしている。
「うおっ!?」
「びっくりしすぎ」
「いや普通に怖ぇよ!」
いつからいたんだ。
というかなんで俺の部屋にいる。
「……なんか用か?」
「レインの様子見に来た」
「夜這いじゃなくて?」
「それでもいいよ」
「よくねぇよ」
さらっと言うな。
エリシアは小さく笑う。
でも。
その目はまた、
俺ではなく少し奥を見ていた。
「……なあ」
「うん?」
「お前、本当に何見えてるんだ」
沈黙。
雨音だけが響く。
エリシアは少し考えて、
静かに口を開いた。
「ねえレイン」
「なんだ」
「自分が誰かに見られてるって考えたことある?」
ぞわり、と背筋が冷える。
「……は?」
「ずっと」
彼女は窓の外を見る。
いや。
ガラスへ映った、
“こちら側”を見ている。
「歩いてる時も、寝てる時も、戦ってる時も」
静かな声。
「誰かが見てる」
雨が強くなる。
部屋が妙に暗い。
「……なんだよそれ」
「例えばさ」
エリシアが近付く。
ベッドへ腰掛ける。
距離が近い。
甘い香りがした。
「レインが死にそうになった時だけ、偶然助かったことある?」
「……あるけど」
何度か。
本当にギリギリで。
「選択を間違えた気がしたことは?」
「……」
「初めてのはずなのに、知ってる景色とか」
全部ある。
全部。
心当たりがあった。
「それってね」
エリシアは笑う。
優しく。
愛おしそうに。
「誰かがやり直したからかもしれないよ」
意味が分からない。
だが。
理解したくないのに、
どこかで理解してしまう。
そんな感覚があった。
「……お前」
「うん?」
「何者なんだ」
初めて、
本気でそう思った。
エリシアは少しだけ寂しそうな顔をする。
「私はね」
彼女の白い指が、
空中へ伸びる。
何もない場所。
だがまるで、
そこに誰かがいるみたいに。
「ずっと待ってるだけ」
その瞬間。
部屋の空気がノイズ混じりに歪んだ。
バチッ。
視界が乱れる。
一瞬だけ、
見知らぬ光景が見えた。
暗い部屋。
光る画面。
椅子。
ヘッドセット。
そして。
画面越しにこちらを見る、
エリシア。
『――聞こえてる?』
「っ!?」
頭痛。
激しいノイズ。
俺は思わず頭を抱える。
「レイン!」
エリシアが支える。
近い。
温かい。
なのに怖い。
「……なんだよ、今の」
呼吸が荒い。
エリシアは静かに俺を見る。
いや。
また少しだけ、
視線がズレていた。
「もうすぐ思い出せるよ」
「何を」
エリシアは答えない。
代わりに。
とても優しい声で、
こう言った。
「あなたはまだ、ログインしてないだけだから」




