第五話 繰り返す街
その日は妙に静かだった。
王都の朝はいつも騒がしい。
商人の声。
荷馬車の音。
酔っ払い。
なのに今日は、
全部が遠い。
まるで薄い膜を一枚挟んで、
世界を見ているみたいだった。
「……気持ち悪いな」
俺は空を見上げる。
青空。
雲一つない。
なのに息苦しい。
「レイン」
隣を歩くエリシアが小さく呟く。
「今日、外れないでね」
「何から?」
「……さあ」
またそれだ。
意味深なことを言って、
説明はしない。
最近ずっとこんな調子だ。
「お前さ」
「うん?」
「なんか隠してるだろ」
エリシアは少し考える。
そして困ったように笑った。
「隠してるよ」
「認めるのかよ」
「全部話したら、多分レイン壊れるから」
「怖ぇよ」
冗談みたいに笑う。
だがエリシアは笑わなかった。
その代わり。
また空中を見る。
俺の肩越し。
誰かへ向けるみたいに。
「……でも、もう少しかな」
何がだ。
聞こうとした瞬間だった。
「止まれ」
低い声。
振り返ると、
路地裏の入口にセレナが立っていた。
今日も赤い軍服姿。
周囲を警戒するように見回している。
「監察官サマがこんな所で何してんだ」
「お前たちを探していた」
「俺たち?」
セレナは無視して続ける。
「この街はおかしい」
「今さらか?」
「そういう意味じゃない」
真剣な顔だった。
「昨日から同じ人間を三回見た」
「……は?」
「同じ時間、同じ場所、同じ会話だ」
ぞくり、とした。
「見間違いじゃ――」
「私はそういうミスをしない」
即答。
空気が張り詰める。
「他にもある。時計台の鐘が十三回鳴った。消えたはずの依頼書が戻っている。死んだ魔物が別の場所にいた」
それを聞いて、
頭の奥が嫌な感じに疼いた。
どれも、
どこかで知っている気がした。
「……バグ、みたいだな」
思わず口に出る。
その瞬間。
セレナの目が見開かれた。
「今なんと言った?」
「え?」
「バグと言ったな」
「いや、なんとなく……」
自分でも分からない。
でも自然に出た。
その言葉が。
セレナは苦しそうに額を押さえる。
「……私も、その言葉を知っている」
「なんだよそれ」
「知らない。だが知っている」
意味不明だ。
だが。
エリシアだけは静かだった。
まるで全部理解しているみたいに。
「セレナ」
エリシアが名前を呼ぶ。
「あなたはまだ思い出せないんだね」
その瞬間。
セレナの顔色が変わった。
「……貴様、何を知っている」
「いっぱい」
「ふざけるな!」
怒声。
通行人がこちらを見る。
だがセレナは構わない。
「私は何度も夢を見る! 知らない部屋! 光る文字! 変な音! 死ぬ瞬間ばかりだ!」
呼吸が荒い。
初めて見るほど取り乱していた。
「毎回、最後にお前がいる!」
沈黙。
風だけが吹く。
エリシアは静かにセレナを見つめる。
いや。
違う。
また少し、
視線がズレている。
「かわいそう」
優しい声だった。
だから余計に怖い。
「ずっと閉じ込められてるんだ」
「……っ」
「でもね」
エリシアは微笑む。
本当に綺麗に。
「もうすぐ終わるよ」
その瞬間。
世界が一瞬だけ止まった。
通行人。
風。
音。
全部。
完全な静止。
そして。
――ピッ。
頭の奥で、
電子音みたいなものが鳴る。
『Load Complete』
次の瞬間。
世界が動き出した。
「……あれ?」
「なんか今、変じゃなかった?」
俺は奇妙な感覚を覚えた
セレナだけが青ざめた顔で、
震えている。
「……また、巻き戻った」




