第四話 保存されない傷
王都の監察官が来る日。
ギルドは朝から騒がしかった。
「うわぁ、人多……」
ミナがうんざりした声を漏らす。
冒険者、商人、兵士。
酒臭い連中までいる。
中央には見慣れない紋章を付けた騎士たちが立っていた。
「最近、魔王軍の動きが活発だからな」
俺は掲示板を眺めながら言う。
「監察官ってそんな偉いの?」
「王都直属だぞ。下手すると貴族より面倒だ」
「うへぇ……」
ミナが顔をしかめる。
その時だった。
ざわ、と周囲が静まる。
入口から一人の女が入ってきた。
赤い軍服。
長い黒髪。
鋭い目。
年齢は二十代前半くらいか。
ただ歩いているだけなのに、
空気が張り詰める。
「監察官だ……」
「《黒鷹》のセレナかよ」
「最悪だな……」
周囲の冒険者が小声で囁く。
セレナと呼ばれた女は、
無表情のままギルド内を見渡した。
その視線がこちらへ止まる。
「お前がレイン・アルヴァか」
「……そうだけど」
「話がある」
いきなりかよ。
「断ったら?」
「構わん。だが後悔はする」
圧が強い。
なんなんだこいつ。
すると。
「レイン」
エリシアが袖を掴む。
珍しかった。
彼女から触れてくること自体少ない。
「……行かない方がいい」
「え?」
声が低い。
初めて聞くくらい、
感情の乗った声だった。
「どうした?」
「その人、嫌い」
「初対面だろ」
「嫌いなものは嫌い」
エリシアはセレナを見る。
いや。
違う。
その奥。
また何もない空間へ視線を向けていた。
セレナが眉をひそめる。
「……なんだ貴様」
「別に」
空気が悪い。
ミナなんか完全に固まってる。
するとセレナがため息を吐いた。
「まあいい。レイン、三日前の《灰狼》討伐について聞きたい」
「灰狼?」
「群れの規模がおかしい。生き残りの証言も不自然だ」
俺は眉をひそめる。
「証言?」
「“何か”を見たと言っていた」
嫌な予感がした。
「何を?」
セレナは少し黙る。
そして。
「空中に浮かぶ、紫色の球体だ」
その瞬間。
空気が凍った。
「…………は?」
ミナが固まる。
俺も言葉を失った。
球体?
なんの話だ。
だが。
エリシアだけが、
静かに目を細めていた。
まるで。
“見えている”ことを確認するみたいに。
「……誰が言ってたんだ」
「討伐隊の生き残りだ。だが奇妙なことに、報告書からその記述だけ消えていた」
「消えた?」
「ああ。まるで最初から存在しなかったようにな」
意味が分からない。
だがその時、
頭の奥でまた嫌な音が鳴った。
キィィィィン――
視界がぶれる。
一瞬だけ。
知らない文字列が見えた。
『Save Complete』
「っ……!」
「レイン!?」
よろめく。
なんだ今の。
意味不明な文字。
見たこともない言葉。
なのに、
なぜか意味だけ理解できた。
保存。
……何を?
顔を上げる。
エリシアがこちらを見ていた。
いや。
また違う。
その瞳は、
俺ではなく。
俺の“向こう側”へ向けられていた。
そして彼女は、
ほんの少しだけ微笑む。
「……今の、見えたんだ」




