第三十話 作者
「見つけた」
その声は。
優しかった。
だからこそ恐ろしかった。
世界が静まり返る。
風も。
音も。
時間さえも。
全てが止まる。
「……」
エリシアは振り向けない。
身体が震えていた。
今までずっと会いたかった。
ずっと探していた。
なのに。
なぜか怖かった。
振り向いてしまえば。
全てが終わる気がしたから。
「エリシア」
その声が名前を呼ぶ。
優しく。
懐かしく。
まるで親が子供を呼ぶように。
「どうして泣いてるんだ」
涙。
気付けば流れていた。
エリシア自身も知らないうちに。
「……」
答えられない。
答えたら。
壊れてしまいそうだった。
その時。
レインが前へ出る。
「お前は誰だ」
静かな怒り。
相馬湊としてでも。
レインとしてでもない。
ただ。
エリシアを守りたい人間として。
「誰だよ」
その問いに。
声の主は少しだけ笑った。
「難しい質問だな」
静寂。
「君たちの世界を作った人間」
レインが息を呑む。
「管理者ではない」
「観測者でもない」
「ただ」
優しい声。
「最初に彼女を書いた存在だ」
エリシアの肩が震える。
その言葉だけで。
全部分かってしまった。
彼女が生まれた日。
最初の設定。
最初のセリフ。
最初の笑顔。
全て。
この声の先から始まった。
「……なんで」
震える声。
ようやく。
エリシアが口を開いた。
「なんで私を作ったの」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
声は少し困ったように答えた。
「作ろうと思って作ったわけじゃない」
「え?」
「気付いたらいた」
レインが眉をひそめる。
だが。
その答えは妙に納得できた。
物語を書く人間は。
時々そう言う。
キャラクターが勝手に動いたと。
「最初はただのヒロインだった」
声は続ける。
「でも」
少し笑う。
「いつの間にか君が主人公になっていた」
エリシアが目を見開く。
「私が……?」
「そうだ」
静かな声。
「レインの物語だと思っていた」
「世界の物語だと思っていた」
「でも違った」
沈黙。
「君の物語だった」
涙が止まらない。
エリシアはずっと脇役だった。
選ばれる側だった。
NPCだった。
そう思っていた。
なのに。
「そんなの」
嗚咽。
「そんなのずるいよ」
泣きながら笑う。
「今さら言うの」
声の主も笑った。
「ごめん」
世界が少しだけ温かくなる。
初めてだった。
エリシアが。
自分を作った存在と話している。
その時。
未来のエリシアが叫ぶ。
「ダメ!!」
全員が振り向く。
裂け目の向こう。
未来の教室。
彼女は泣いていた。
「思い出しちゃダメ!!」
必死に。
「その先はダメなの!!」
声の主が沈黙する。
そして。
初めて。
少しだけ悲しそうに言った。
「やっぱりそこまで見たんだね」
未来のエリシアが震える。
「来ないで」
「うん」
「思い出さないで」
「うん」
「お願いだから」
静寂。
そして。
声の主は。
最後にエリシアへ問いかけた。
「君はどうしたい?」
世界が止まる。
最後の質問。
誰かに選ばれるのではない。
エリシア自身が選ぶ。
初めて。
本当に初めて。
ヒロインではなく。
一人の人間として。
選ぶ。
エリシアは涙を拭った。
そして。
レインを見る。
ミナを見る。
セレナが消えた空を見る。
未来の自分を見る。
最後に。
世界の外を見る。
そして。
小さく笑った。
「私は――」
空に最後の選択肢が現れる。
▶ 全てを知る
▶ この物語を終わらせる
第一部、最終話へ続く。




