第二十九話 最後の夜
物語終了まで
残り1日
夜だった。
世界は静かだった。
不気味なほど。
鳥の声もない。
風も吹かない。
まるで。
世界そのものが終わりを待っているみたいに。
「眠れないな」
レインが呟く。
王都の城壁。
崩れかけた石壁の上。
そこに座って空を見ていた。
星はない。
代わりに。
無数の文字列が流れている。
エラー。
警告。
終了通知。
世界の寿命だった。
「やっぱりここにいた」
後ろから声がした。
エリシアだった。
白いワンピース。
いつもの杖は持っていない。
戦いは終わった。
もう必要ないから。
「ミナは?」
「寝た」
苦笑する。
「泣き疲れて」
静かな時間。
二人とも何も言わない。
言いたいことは沢山あるのに。
言葉にならない。
「ねぇ」
エリシアが空を見る。
「覚えてる?」
「何を」
「最初の日」
レインは笑った。
「忘れるわけないだろ」
広場。
銀髪の少女。
そして。
『また私を選んでくれた』
あの言葉。
「今思うと怖いな」
「ひどい」
エリシアが頬を膨らませる。
少しだけ。
昔みたいだった。
「でも」
レインは続ける。
「嬉しかった」
エリシアが固まる。
「え?」
「選ばれてたんだなって」
静かな声。
「ずっと」
何周も。
何度も。
何度も。
相馬湊はエリシアを選んでいた。
その事実は変わらない。
「だから」
レインは笑う。
「俺も嬉しかった」
エリシアの瞳が揺れる。
涙が溜まる。
でも。
今回は泣かなかった。
「ずるい」
小さく笑う。
「本当にずるい」
「何が」
「そういうところ」
レインは意味が分からなかった。
だが。
エリシアは知っていた。
だから好きになったのだ。
ずっと前から。
沈黙。
しばらくして。
エリシアが小さく呟く。
「私ね」
「うん」
「怖いんだ」
初めて聞く声だった。
弱い声。
強がっていない声。
「消えるのが?」
首を振る。
「違う」
少し考えて。
そして言った。
「忘れられるのが」
レインの胸が痛む。
やっぱり。
最後までエリシアらしい。
「私はさ」
笑う。
「物語だから」
空を見る。
「完結したら本棚に置かれる」
「……」
「誰も読まなくなったら終わり」
静寂。
だが。
レインは首を振った。
「違う」
「え?」
「読んだやつは覚えてる」
エリシアが固まる。
「全部は覚えてなくても」
笑う。
「どこかに残る」
旅の記憶。
セレナ。
ミナ。
エリシア。
全部。
「だから」
レインは立ち上がる。
「忘れられないよ」
エリシアの瞳から涙が落ちた。
一粒。
また一粒。
「……うん」
声が震える。
「ありがとう」
その瞬間だった。
ドクン。
空が脈打った。
今までで最大の振動。
世界が揺れる。
王都が軋む。
空間が割れる。
「来た」
エリシアが立ち上がる。
顔色が変わる。
レインも空を見る。
そして。
そこにいた。
巨大な裂け目。
その向こう。
真っ暗な空間。
そして。
一人の少女。
制服姿。
未来のエリシアだった。
「――!」
彼女は何か叫んでいる。
聞こえない。
だが。
必死だった。
泣きながら。
こちらへ手を伸ばしている。
「エリシア!」
レインが叫ぶ。
しかし。
未来のエリシアは首を振る。
違う。
そうじゃない。
伝えたいことは別にある。
そして。
彼女は最後に。




