第二十六話 セレナの願い
扉は閉じた。
未来のエリシアも。
桜並木も。
全てが闇へ消えていく。
残ったのは静寂だけだった。
「……」
誰も喋らない。
未来のエリシアが残した言葉。
私は失敗した
全部思い出したから
その意味が。
誰にも分からなかった。
ただ一人を除いて。
「そういうことか」
セレナだった。
彼女は苦笑していた。
どこか諦めたように。
「セレナ?」
レインが振り返る。
彼女は空を見上げる。
崩れかけた空。
ノイズだらけの世界。
「思い出しちゃダメなんだ」
「何を」
「全部」
静かな声。
「自分が何者だったか」
沈黙。
「世界が何なのか」
「観測者が誰なのか」
「その先に何があるのか」
彼女は笑う。
「知りすぎると壊れる」
その言葉は。
誰よりも重かった。
セレナ自身がそうだからだ。
「私は知った」
レインが息を呑む。
「ループの中で」
「何百回も」
「何千回も」
彼女は自分の手を見る。
既に半分以上がノイズになっている。
「だから壊れた」
静寂。
ミナが泣きそうな顔になる。
「そんな……」
「大丈夫」
セレナは笑った。
本当に。
久しぶりに。
優しく。
「もう十分だから」
その笑顔に。
レインは嫌な予感を覚える。
「お前」
「うん」
セレナは頷いた。
「私の役目終わったみたい」
世界が軋む。
ドクン。
球体が脈打つ。
そして。
空へ新しい文字列が浮かんだ。
異常データ検出
個体:SERENA
削除候補
ミナが叫ぶ。
「やだ!」
セレナが振り向く。
「ミナ」
「嫌だよ!」
涙。
「一緒に帰ろうよ!」
セレナは少しだけ目を伏せた。
「帰る場所ないんだ」
その一言で。
全員が黙る。
現実のセレナは死んでいる。
だから。
ログアウトできない。
だから。
ループしていた。
「ねぇ」
セレナがレインを見る。
「レイン」
「なんだ」
「相馬湊」
訂正した。
わざと。
「ちゃんと生きろよ」
静かな声。
「私の分までとか言わない」
苦笑する。
「そういうの重いし」
レインは笑えなかった。
「だから」
セレナは続ける。
「エリシア泣かせるな」
エリシアが目を丸くする。
「なっ……!」
「あとミナも」
「セレナ!」
ミナが泣きながら抱きつく。
セレナは困ったように笑った。
「最後くらい格好つけさせろよ」
その瞬間だった。
削除処理開始
白い光。
セレナの身体が透け始める。
ミナが必死に手を伸ばす。
だが掴めない。
指がすり抜ける。
「やだ!!」
「ミナ」
「やだぁ……!」
子供みたいに泣く。
セレナは優しく頭を撫でた。
最後に。
本当に最後に。
「ありがとう」
その言葉と共に。
彼女の身体は光へ変わる。
粒子となって。
空へ溶けていく。
誰も喋らない。
ただ。
消える直前。
セレナは少しだけ笑った。
「やっと終われる」
その顔は。
初めて救われた人の顔だった。
個体SERENA
データ終了
文字列が消える。
ミナが泣き崩れる。
エリシアも俯く。
レインは拳を握る。
そして。
空を見上げた。
そこには。
もうセレナはいなかった。
ただ一つだけ。
彼女が消えた場所に。
小さな光が残っていた。
まるで。
誰かの記憶みたいに。




