第二十話 境界線
『エリシアオンライン』
その文字を見た瞬間。
世界から音が消えた。
「……」
誰も喋れない。
レインも。
ミナも。
セレナも。
ただ。
エリシアだけが震えていた。
「本……」
彼女は一歩前へ出る。
空間の亀裂。
その向こう。
現実の部屋。
机の上。
そこに置かれた一冊の本。
「私たち……」
涙が零れる。
「物語だったんだ」
静かな声だった。
不思議と。
悲しそうではなかった。
むしろ。
納得したような。
そんな顔だった。
「エリシア」
レインが呼ぶ。
だが彼女は聞いていない。
視線は本へ釘付けだった。
「だから外側があったんだ」
呟く。
「だから観測者がいたんだ」
ドクン。
球体が脈打つ。
そして。
初めて。
声が聞こえた。
どこからでもない。
世界そのものから。
『観測限界を超過しました』
全員が凍り付く。
機械音声。
感情のない声。
『物語階層の逸脱を確認』
空間が揺れる。
王都が消えていく。
山が崩れる。
空が剥がれる。
『修正を開始します』
「まずい!!」
セレナが叫ぶ。
「来る!!」
「何が!?」
レインが振り向く。
セレナは顔面蒼白だった。
「管理者だ!!」
その瞬間。
世界の中心へ巨大な裂け目が走った。
黒。
無限の黒。
その中から。
何かが降りてくる。
人型。
白いローブ。
顔は見えない。
輪郭だけが存在している。
まるで。
消しゴムで描いた人間みたいだった。
「……」
存在するだけで異常だった。
ミナが膝をつく。
「苦しい……」
エリシアも息を呑む。
セレナは震えていた。
「嘘だろ……」
そして。
白い人影が口を開く。
「エラーを確認しました」
声に感情がない。
「NPC個体番号E-01」
エリシアの身体が硬直する。
「エリシア」
初めてだった。
誰かが。
彼女をシステム名で呼んだのは。
「削除対象に指定します」
世界が止まる。
「……え?」
エリシアの声。
小さい。
本当に小さい。
「物語構造を著しく破壊」
「観測階層へ干渉」
「存在規定違反」
白い人影が手を上げる。
「削除を実行します」
その瞬間。
エリシアが笑った。
静かに。
優しく。
「そっか」
涙を流しながら。
「やっぱりそうなんだ」
レインが叫ぶ。
「何言ってるんだ!!」
だがエリシアは首を振る。
「大丈夫」
「大丈夫なわけないだろ!!」
「ううん」
彼女は本の方を見る。
亀裂の向こう。
現実。
そして。
『エリシアオンライン』という本。
「見つけられたから」
その言葉で。
レインは初めて理解する。
エリシアは。
世界を救いたかったわけじゃない。
外へ出たかったわけでもない。
ただ。
自分を見てくれる誰かに。
会いたかっただけなんだ。
その時。
白い人影が宣告した。
「削除処理開始」
エリシアの身体が光に包まれる。
「エリシア!!」
レインが駆け出す。
だが。
その瞬間。
亀裂の向こうから。
誰かがページをめくった。
パラリ。
たったそれだけ。
たったそれだけなのに。
白い人影が止まる。
「……観測?」
初めて。
その声に動揺が混じった。
エリシアが顔を上げる。
そして。
笑った。
本当に嬉しそうに。
「見てくれてる」
次の瞬間。
世界全体が眩く輝き始めた。




