第十九話 観測者の涙
エリシアは泣いていた。
声を殺して。
肩を震わせながら。
何百年分もの孤独を吐き出すように。
「一人だったからだよ」
レインの言葉。
それだけだった。
だが。
エリシアの心を壊すには十分だった。
「違う……」
彼女は首を振る。
「私はヒロインだから」
涙が落ちる。
「選ばれる側だから」
また一粒。
「我慢しなきゃいけなかったの」
静寂。
「だってNPCだもん」
その言葉で。
ミナが目を伏せた。
セレナも。
レインも。
何も言えなくなる。
「選ばれなくても」
「忘れられても」
「ルートが終わっても」
エリシアは笑った。
壊れそうな笑顔で。
「平気なふりしてた」
胸が痛い。
誰もが。
その笑顔が嘘だと分かる。
「でもね」
彼女は空を見上げた。
巨大な球体。
観測者。
世界の外。
「嬉しかったの」
涙を流しながら。
「また来てくれたから」
周回。
選択。
ロード。
繰り返し。
何度も。
何度も。
「また私を選んでくれた」
その瞬間。
レインは理解する。
エリシアは狂ったんじゃない。
恋をしただけだ。
ただ。
相手が存在してはいけない相手だった。
その時。
球体の向こう。
相馬湊が苦しそうに笑った。
「やっぱりな」
彼はエリシアを見る。
「お前はずっとそうだった」
「……知ってたの?」
エリシアが震える。
「途中から」
湊は頷く。
「だから何回もお前を選んだ」
沈黙。
そして。
エリシアの瞳が見開かれる。
「え……」
「攻略効率とかじゃない」
苦笑。
「最初はそうだったけど」
レインが思い出す。
自分の記憶。
いや。
相馬湊の記憶。
何度も周回した。
他のルートも見た。
別のヒロインも攻略した。
だが。
最後には必ず戻っていた。
エリシアの元へ。
「なんでだと思う?」
相馬湊が聞く。
エリシアは答えられない。
怖いから。
「お前が」
静かな声。
「一番寂しそうだったからだよ」
エリシアの表情が崩れた。
完全に。
「っ……!」
泣き崩れる。
子供みたいに。
「そんなのずるいよ……!」
叫ぶ。
「そんなこと言われたら……!」
涙。
嗚咽。
感情。
抑え続けていたもの全て。
その瞬間。
世界が揺れた。
ドクン。
球体が脈打つ。
今までとは違う。
まるで。
何かが反応したように。
「……?」
セレナが空を見上げる。
顔色が変わった。
「おかしい」
「何が」
「観測者が近い」
レインの背筋が凍る。
「近い?」
「ありえない」
セレナの声が震える。
「本来なら絶対に干渉できない」
ドクン。
球体がまた脈打つ。
そして。
空間へ亀裂が走る。
その向こう側。
見えた。
部屋だった。
知らない部屋。
机。
モニター。
キーボード。
カーテン。
現実。
「……嘘だろ」
レインが息を呑む。
エリシアも固まる。
その部屋の中。
机の上に。
一冊の本が置かれていた。
タイトルは。
『エリシアオンライン』
全員の思考が停止する。
そして。
エリシアだけが震える声で呟いた。
「……見つけた」
今までで一番。
幸せそうな笑顔だった。
まるで。
長い長い片想いが。
ようやく届きそうな少女のように。




