第二話 見えていないもの
ダンジョンから戻ったあとも、俺は妙に落ち着かなかった。
「……なあ」
夕暮れの通りを歩きながら、隣のエリシアを見る。
「さっきの魔法、なんだったんだ?」
「魔法」
「いやそれは分かる」
あのオーガを一撃で消し飛ばした攻撃。
あんな威力の魔術、王国の宮廷魔導師でも無理だ。
なのにエリシアは平然としている。
「お前、そんな強かったのか?」
「普通だよ」
「普通じゃねぇよ」
即答した。
エリシアは少しだけ首を傾げる。
本当に不思議そうな顔だった。
「……レインって、たまに変なところで鈍いよね」
「なんだそれ」
「別に」
ふっと笑う。
綺麗な笑顔。
だけど、やっぱり妙だった。
上手く言えない。
笑っているのに、
感情がそこにないような。
そんな感じ。
「レインくーん!」
後ろからミナが駆けてくる。
両手に串焼きを持っていた。
「ほら! 反省会!」
「ただ食いたいだけだろ」
「バレた!」
ミナは元気よく笑った。
こいつを見てると調子が狂う。
エリシアと違って、
感情が分かりやすすぎる。
「エリシアちゃんも食べる?」
「……ううん」
「えー? 美味しいのに」
「今はいい」
そう言いながら、
エリシアはまた空中へ視線を向けた。
ほんの一瞬。
誰かと目を合わせるみたいに。
俺は思わず振り返る。
当然、誰もいない。
「……なあエリシア」
「なに?」
「さっきから何見てるんだ?」
聞いた瞬間、
彼女の動きが止まった。
通りを歩く人々の声。
馬車の音。
夕焼け。
その中で、
エリシアだけが静止したみたいだった。
「……見えてないんだ」
「は?」
「ううん。なんでもない」
彼女はまた笑う。
だが今度は、
どこか安心したような顔だった。
まるで、
“まだ気付いていない”
ことに安心しているみたいに。
「怖っ」
ミナが小声で呟いた。
「聞こえてる」
「ひっ」
エリシアが見る。
ミナじゃない。
また、
俺たちの少し後ろ。
何もない場所。
「…………」
ぞわり、と寒気がした。
なんなんだ。
本当に。
その時だった。
――キィィィィィン。
突然、頭の奥で金属音みたいなものが響く。
「っ……!」
視界が揺れる。
知らない光景が脳裏をよぎった。
暗い部屋。
妙に明るい四角い光。
誰かの手。
そして。
“こちらを見るエリシア”。
「レイン!?」
ミナの声で我に返る。
気付けば膝をついていた。
「おい、大丈夫か!」
「……いや」
息が荒い。
今のはなんだ。
記憶?
夢?
分からない。
ただ、
最後に見えたエリシアだけは、
異様なくらい鮮明だった。
彼女は静かに俺を見下ろしていた。
いや。
違う。
まただ。
彼女は、
俺を通り越して、
その向こうを見ている。
「……もうすぐだね」
「何がだ?」
問いかけても、
エリシアは答えなかった。




