第一話 視線の先
ダンジョン都市の朝は騒がしい。
石畳を踏み鳴らす冒険者。
露店から漂う焼き肉の匂い。
装備を叩く鍛冶屋の音。
そして、その中心を歩く俺――レイン・アルヴァは、今日も面倒事に巻き込まれていた。
「おいレイン! 本当に一人で《灰狼》を倒したのか!?」
「盛りすぎだろ絶対!」
「いやいや、レインさんならあり得ますって!」
ギルド前で騒ぐ連中に囲まれ、俺はため息をついた。
「別に大したことじゃない。群れのボスを倒したら逃げただけだ」
「いや十分すげぇよ!」
冒険者仲間のガルドが笑いながら肩を叩いてくる。
正直、少し鬱陶しい。
《灰狼》はC級モンスターだが、群れると厄介だ。
新人なら普通に死ぬ。
だが俺には、生まれつき妙な才能があった。
敵の動きが“見える”。
剣筋も、魔力の流れも、次の一撃も。
まるで最初から知っているみたいに分かる。
だから負けない。
それだけだ。
「レイン」
不意に、静かな声が聞こえた。
振り返る。
白銀の髪。
透き通るような肌。
青い瞳。
黒いローブを纏った少女――エリシアが立っていた。
周囲が一瞬静まる。
それくらい、彼女は目立つ。
「依頼の時間」
「あー……悪い、忘れてた」
「忘れてたんだ」
エリシアは小さくため息を吐く。
だが怒っているようには見えない。
いつも通り、感情の薄い顔だった。
「またダンジョンか?」
「うん。《旧地下聖堂》」
「最悪じゃねぇか……」
ガルドが露骨に嫌そうな顔をする。
《旧地下聖堂》は最近発見された中級ダンジョンだ。
アンデッド系が多く、空気も悪い。
初心者殺しとして有名だった。
「ま、お前らなら余裕か」
「余裕ではないだろ」
「でも死なない」
エリシアが言った。
妙に断定的だった。
俺は肩をすくめる。
「縁起でもないな」
「……そうだね」
なぜか、エリシアは少しだけ困ったように笑った。
その視線が、一瞬だけ俺の横を通り過ぎる。
いや。
後ろ?
誰もいない空間を見たような気がした。
「どうした?」
「……ううん」
エリシアはすぐにこちらへ視線を戻す。
「行こう。見られてるから」
「は?」
「なんでもない」
そう言って歩き出す。
ローブが揺れる。
俺は首を傾げながら、その背中を追いかけた。
◇
《旧地下聖堂》は薄暗かった。
崩れた石柱。
湿った空気。
奥から響く水音。
俺とエリシア、それに僧侶のミナを加えた三人で最下層を進んでいた。
「うぅ……絶対なんかいるよぉ……」
「実際いるだろ」
「そういうことじゃなくて!」
ミナが涙目で杖を抱える。
すると前方の闇が揺れた。
スケルトン。
それも三体。
「来るぞ」
剣を抜く。
瞬間、世界が少しだけ遅くなる。
骨の軋み。
剣の軌道。
足運び。
全部見える。
一体目の首を斬る。
返す刃で二体目の腕を断ち、
三体目の懐へ踏み込む。
一瞬。
本当に一瞬で終わった。
「相変わらずおかしい強さ……」
ミナが引いている。
「レイン、右」
エリシアが呟く。
反射的に横へ飛ぶ。
次の瞬間、巨大な斧が地面を砕いた。
「オーガか!」
アンデッドではない。
赤黒い巨体。
腐臭。
濁った目。
最悪だ。
こんな下層にいる魔物じゃない。
「下がってろ!」
俺は剣を構える。
だがオーガは動かなかった。
いや。
見ている。
俺ではない。
その後ろを。
ぞわり、と背筋が冷えた。
「……エリシア」
「うん」
彼女は静かに前へ出る。
そして。
ぱちり、と指を鳴らした。
轟音。
一瞬で、オーガの上半身が消し飛んだ。
爆発したみたいに。
ミナが口を開ける。
「え……?」
「……今の魔法」
俺も言葉を失う。
見たことがない。
上級魔術師でも不可能だ。
なのにエリシアは、何事もなかったようにこちらを見た。
――違う。
まただ。
彼女は俺じゃない。
俺の少し横。
何もない空間を見ている。
その青い瞳は、
誰かを見つめるみたいに優しかった。
「……やっと静かになったね」
「エリシア?」
「ん?」
彼女は笑う。
綺麗なくらい完璧な笑顔。
なのに。
なぜか、その笑顔は空っぽに見えた。




