第十一話 未選択
地下室から脱出したあと、
俺たちは王都西区の安宿へ逃げ込んでいた。
部屋は狭い。
古い。
空気も悪い。
だが今は、
逆にその普通さがありがたかった。
「……」
ミナはベッドの端で膝を抱えている。
ずっと無言だ。
無理もない。
食堂。
地下室。
世界停止。
意味不明すぎる。
「ミナ」
声を掛ける。
彼女は小さく肩を震わせた。
「……レイン」
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけないじゃん……」
消えそうな声だった。
「なんなの、あれ……」
答えられない。
俺も知りたい。
セレナは窓際で外を見ていた。
「今日は静かすぎる」
「静か?」
「王都の夜にしてはな」
確かに。
耳を澄ますと、
妙なくらい音が少ない。
人の声。
馬車。
酔っ払い。
そういう生活音が、
ほとんど聞こえない。
「……嫌な感じだ」
セレナが呟く。
その時。
コンコン。
扉が鳴った。
全員の身体が強張る。
「誰」
セレナの声が低くなる。
返事はない。
ただ。
もう一度。
コンコン。
静かなノック。
「……私が出る」
セレナが腰の剣へ手を掛ける。
ゆっくり扉へ近付き、
一気に開いた。
だが。
誰もいない。
「……は?」
廊下は暗い。
人影もない。
その時。
ミナが小さく声を漏らした。
「……レイン」
「どうした」
「机……」
視線を向ける。
部屋の机。
そこに。
一枚の紙が置かれていた。
さっきまで無かったはずだ。
セレナが険しい顔で近付く。
「触るな」
「いやでも……」
「罠かもしれん」
だが。
紙には、
ただ一行だけ書かれていた。
『次の選択をお待ちしております』
背筋が凍る。
「……なんだよこれ」
誰が置いた。
何のために。
その瞬間。
部屋の隅で、
エリシアがクスリと笑った。
「来ちゃったんだ」
「お前知ってるのか!?」
「うん」
エリシアは椅子へ座る。
まるで自分の部屋みたいに自然に。
「もうすぐ始まるよ」
「何が」
「ルート分岐」
空気が止まる。
「……ルート?」
「うん」
エリシアは嬉しそうだった。
「ここから物語が変わるの」
意味が分からない。
だが。
嫌な予感だけはした。
「待て」
セレナが鋭い声を出す。
「お前、“また”知っているな」
「知ってるよ」
「何を」
「全部」
エリシアは微笑む。
その目は、
どこか熱っぽかった。
「だって私は、ずっとあなたを見てたから」
心臓が嫌な音を立てる。
「……俺を?」
「違うよ」
エリシアは首を横に振る。
そして。
ゆっくり、
こちらの少し奥を見る。
「あなたを見てる人」
ゾワッ、とした。
その瞬間。
部屋の空気が歪む。
視界の端にノイズ。
そして。
突然、
俺の前に半透明の画面が現れた。
▶ ミナと話す
▶ セレナと話す
▶ エリシアと話す
「っ……!」
まただ。
また選択肢。
「レイン!?」
ミナには見えていない。
セレナも剣を構えたまま固まっている。
だが。
エリシアだけは違った。
彼女はその画面を見て、
本当に嬉しそうに笑った。
「やっと出たね」
「……お前」
「選んで」
エリシアが囁く。
「今度は、ちゃんと私を」




