百十八話 しめくくりの大仕事
シャーロットとリカルドはにこやかに笑みを交わす。
そこには一切の緊迫感が感じられなかった。リカルドもまるで敵意を発さず、浮かべる笑みも穏やかなもの。
知人同士がふとした場所で顔を合わせて挨拶する。まさにそんな光景だった。
(これは…………いったいどういうことだ?)
もはや攻撃魔法をぶちかますとか、そんな話ではなくなった。
アレンは目を瞬かせながらも……慎重に言葉を選ぶ。
「お、おい、シャーロット」
「はい?」
「こちらの御仁は、その……おまえの知り合いなのか?」
「ふっ……知り合い、か」
リカルドが薄く笑い、アレンをすがめた目で見やる。
そこに浮かぶのはひどく苦々しい色だった。
「私は貴兄とも、以前お会いしたはずなのだがな」
「あれ、アレンさんもお知り合いなんですか?」
「はあ……!? い、いや、心当たりがまったくないんだが……」
アレンは必死になって記憶を探る。
しかしリカルドという名の亜人など、この街どころか、魔法学園で教鞭を執っていた頃にも出会った覚えがない。
うんうん唸るアレンをよそに、シャーロットはにこやかに口を開く。
「私がリカルドさんとお会いしたのはですね、以前ひとりで街に来たときなんです。ほら、初めてのお給料をいただいたじゃないですか」
「む……? あ、ああ。あのときか」
今からほんの少し前。アレンが初めて渡した給料で、シャーロットは世話になっている人々にプレゼントを買いに出かけたことがあった。
その際、アレンはこっそり後からついて行って、彼女のお出かけを陰ながらサポートした。それはもう獅子奮迅の活躍だった。
道に迷ったシャーロットの先回りをして、その辺を根城にしているゴロツキどもを千切っては投げ、千切っては投げして環境整備に尽力して――。
「あの日は、なぜかあちこちに倒れた方がたくさんいらっしゃったので……だから私、アレンさんからいただいた魔法薬を配って回ったんです。そのときにリカルドさんにもお渡ししたんですよ!」
「…………なるほどー」
「思い出していただけたようで何よりだ」
神妙な顔でしみじみと噛みしめるアレンに、リカルドは真顔で肩をすくめてみせた。
そう言われてみれば、あのとき十把一絡げにぶちのめした中に、黒い人影があったような、なかったような……。
「お嬢さんには本当に感謝してもしきれない。あのときは突然凶悪な暴漢に襲われてしまってね、ほとほと弱り果てていたんだ」
「そうだったんですか……この街にもそんな怖い人がいるんですねえ」
「ははは……」
眉をひそめて不安そうにするシャーロットの隣で、アレンはダラダラと流れる冷や汗を止められずにいた。その暴漢がアレンだと知ったら彼女は何と思うだろうか。
(いやしかし……どうやらこいつ、本当に敵意はないらしいな?)
リカルドは自然体だ。嘘をついている様子もないし、シャーロットへの感謝の気持ちは本物だ。
だがしかし、そうなってくると大きな謎が残る。
アレンがじっ……と見つめていると、リカルドは目をすがめて笑った。
「貴兄にはあとで話がある。食事が終わったら……すこし、時間をいただけないだろうか」
「……かまわん」
アレンはそれに、鷹揚に応えてみせた。
レストランの食事はどれも美味で、ふたりはゆっくりと時間をかけて楽しんだ。
特にシャーロットは懐かしい故郷の味に目を輝かせてよろこんで――連れて来てよかったなあ、と思ったころにはすっかり日も暮れていた。
かくしてふたりの初デートは、表向きつつがなく幕を下ろした。
その後、アレンはレストランのすぐそばにあるバーを訪れていた。カウンターには、すでにリカルドが待っていた。
アレンが隣に着いて、注文した飲み物が出て来た頃合いを見計らって、ゆっくりと口を開く。
「私はずいぶん前からこの街に潜伏していた。目的は……言わずとも貴兄にはわかるだろう」
「……シャーロットだな」
「そのとおり」
重々しく頷いて、彼は懐から一枚の手配書を取り出す。もちろんシャーロットの手配書だ。
それからリカルドは当初の計画を語った。
シャーロットの消息がこの街の近くで消えたことを知り、地道な捜索を重ね、それらしき少女を見つけた……ところまではよかったらしい。
計画が狂ったのはあの日。シャーロットがひとりでお出かけし、アレンが快進撃を続けた日だという。
「あの日、貴兄に十把一絡げに倒され……あのお嬢さんに手を差し伸べられて、私は気付いたのだ」
リカルドは皮肉げに口の端を持ち上げて、グラスをほんのすこしだけ傾ける。
「そもそも敵う相手でもなければ……獲るべき首でもない、とな」
「いやいや、待て待て」
いい話風にまとめようとするリカルドに、アレンは待ったをかける。
「だったらなぜ今日こうして襲撃を仕掛けてきたんだ!? こちらはいい迷惑だったんだぞ!」
「……それもこれも、すべて私の不徳のいたすところだ」
リカルドは重々しいため息をこぼし、かぶりを振る。
「私は部下どもを集めて、この度のターゲットを諦めることを伝えた。だが部下どもはそれで納得しなかった。私の命令に反して、シャーロット嬢のことを勝手に調べはじめ……」
語り口はひどく重々しい。
しばし言葉を切ってから、リカルドは頭を抱えてこぼすのだ。
「そうしたら奴ら……いつの間にか、シャーロット嬢を見守る会を勝手に結成していてな。つけ狙うどころか、陰ながら見守り始めたんだ」
「ああ……だからか」
アレンはげんなりしつつ、そっと背後を振り返る。
広いバーの店内には、多勢の亜人が集結していた。
どいつもこいつも黒尽くめで、あちこちにコブやアザをこさえている。そのくせ全員が晴々とした笑顔を浮かべていた。彼らが取り囲んでいるのはシャーロットで――。
「はじめまして! お会いできて光栄です!」
「先日はうちのリーダーがお世話になりました!」
「あっ、ジュース飲みます? お菓子もありますよ」
「は、はい。ありがとうございます」
恭しく頭を下げ、ジュースを差し出したりして甲斐甲斐しく世話を焼く。
それはどう見ても、哀れな少女をつけ狙う悪漢どもの顔ではなく……もちろん全員、アレンやルゥ、ゴウセツがぶっ倒したメンバーである。
「つまり何か? あいつらが今日襲いかかってきたのは……」
「貴兄にシャーロット嬢を取られて、妬み嫉み全開で特攻をしかけただけだな」
『ママってなんで変なのにばっか好かれるの……?』
『そうした星の元に生まれているとしか言いようがございませんな』
合流していたルゥが、隣で白い目を向けてくる。
ゴウセツもまたいつもの地獄カピバラ姿に戻り、果物をぱくぱく頬張りながら生返事を返した。先日自分が暴走したことは完全に棚に上げてしまっている。さすが、面の皮が厚い。
そうしてリカルドは改めてアレンに向き直り、深々と頭を下げてみせた。
「本当にすまなかった。おふたりが今日、初めてのデェトを楽しむのは知っていたが……手に負えなかったため、静観するほかなかった。手間をかけたな」
「いや、うん……もうなんでも、どうでもいい……」
アレンはがくっと肩を落とす。いろいろと疲れてしまった。
シャーロットを狙う悪人どもが大挙して押し寄せてきた、と思いきや……実際の殺意はすべてアレンに向けられていたのだ。取り越し苦労も甚だしい。
(しかしまあ……シャーロットが無事ならいいか)
そっともう一度振り返れば、亜人たちはアレンを指差して、こそこそとシャーロットに耳打ちしていた。
「それで、その……あの魔法使いとはどうなんですか?」
「えっ、アレンさんですか?」
「そうです。なんか変なこととかされてません?」
「ああいう手合いはムッツリだって相場が決まってますし……」
「む、むっつり……ですか?」
シャーロットは小首をかしげる。
甚だ不名誉極まりなかったため、口を挟む代わりに魔法をぶちかましてやろうとアレンは身構えるのだが――。
「え、っと……よくわかりませんけど……アレンさんはいい人、ですよ」
「……そうっすか」
シャーロットがはにかみながらそう言ってくれたので、アレンは溜飲がかなり下がった。
亜人たちもそれで納得したのか、ため息混じりに相槌を打つ。中には静かに悔し涙を流している者もいた。
それを見て、リカルドは肩をすくめてみせる。
「どうやら彼女は相当特異な才能をお持ちのようだな。人たらしというか、なんというか……私が言うのもなんだが、気をつけてやってくれ」
「……それは重々承知しているとも」
アレンもグラスを傾けて目を伏せる。
フェンリル一家の件や、ゴウセツの騒動。そして今回の事件だ。
シャーロットがいくら気立てのいい少女だからといっても、いくらなんでも不特定多数に慕われるにも限度がある。
(やはり、そういう血筋なのかなあ……)
そのあたりも含めて、おいおい明らかにしていくべきだろう。
アレンは残った酒をぐいっと呷り、苦笑をこぼす。
「ともあれひとまず安心した。もうこの街にシャーロットを狙うような愚か者はいないだろうな」
「…………うむ」
「おい、なんだその歯切れの悪い返答は」
リカルドが急に渋い顔をしたので、アレンはおもわず真顔になってしまう。
彼は目を逸らしつつ、どこかヤケクソのように酒を呷りはじめた。
「いや、実を言うとな……うちの手下たちだけなら、私ひとりでも止められたんだ。だが、その……さすがにあれは数が多くてどうしようもなかったというか」
「数が、多い……?」
そう言われて、アレンはふと奇妙なことに気付く。
いつの間にか店の外が妙に騒がしくなっていたのだ。
気乗りしなかったが、重い足を引きずるようにしてそちらへ向かい、そっと外へ繋がる扉を開く。
するとそこには――表通りを埋め尽くすほどの軍勢が集結していた。
全員もれなく武装して、殺気で目を血走らせている。この街の冒険者で……おそらくリカルド同様、以前アレンがぶちのめし、シャーロットが手を差し伸べたものたちだろう。中には見知った顔もいる。
傀儡一家のウォーゲル、ウルヴズ・スタンのラルフ、黄昏の足跡のドミニク……などなど。
どいつもこいつもアレンの姿を認めるなり、いっせいにまなじりをつり上げて、雄叫びを上げはじめる。
「大魔王め! 俺たちのアイドルをついにものにしやがって……!」
「祝福の前に、せめて一発殴らせろ!」
「てめえ! あの子を泣かせやがったらマジでただじゃおかねえからな!?」
あちこちから上がるのは、そんなやっかみ全開のブーイングで。
げんなりしていたところで、後からやってきたリカルドがぽつりと補足する。
「この通り。見守る会はうちの手下だけじゃなくてな、街全体に蔓延っているんだ」
「この求心力……もはや王の器と言っていいのでは?」
アレンは頭を抱えるしかない。これなら天下取りも難しくなさそうだ。
そんな折、後ろからシャーロットがひょっこり顔を出す。
「わあ。みなさんお揃いでどうかされたんですか?」
「ああうん。全員俺に用があるらしい。おまえはルゥたちと一緒に中で待っていてくれ」
「はあ……わかりました?」
『ママー。そんなバカどもほっといてなでなでしてよー。ルゥ、今日はがんばったんだからね』
戸惑うシャーロットの袖をルゥがぐいぐい引っ張って、店内へと導いた。
アレンはそれをにこやかに見送って――扉をぱたんと閉めて、防音障壁を張り巡らせる。魔法道具屋でシャーロットを守るために使ったものだ。今回は店全体。これで外の騒動は、中に一切届かないことだろう。
「ふっ、そういうことか。だったら……いいだろう」
アレンは薄い笑みを浮かべて、外套を翻す。
そうして――あらんばかりの大音声で言い放った。
「俺とシャーロットの交際に文句があるやつは全員前に出ろ! 残らず相手になってやる! 覚悟しろ!」
『うおおおおおおおおお!!』
こうして、得るものがまったくない戦いが幕を開けた。
現在さめが多忙のため、不定期更新中です。次回はたぶん来週末あたりに……!
次回は番外編。以前行った人気投票で一位を取ったキャラクターの優雅な休日編です。さあ誰が一位でしょうか!ここだけの話、わりとぶっちぎりでした。





