百十七話 これから③
「まあ……ひとまずおまえの意思を確認できてよかった。今日明日で急に行動を起こすことはないから、ゆっくり着手していこうじゃないか」
「は、はい。アレンさんには色々ご迷惑をかけると思いますけど……」
「なにを言う。おまえは俺の……うん」
そこでアレンはすこしばかり口籠る。
しかしややあってから、決意とともにその言葉を舌に乗せた。
「おまえは俺の、恋人、なんだからな」
「……はい」
シャーロットは赤面し、蚊の鳴くような声でぽつりと言う。
おかげで互いにすこし黙り込んでしまった。周囲の食器の音や談笑の声がよく聞こえる。
とはいえ気まずい沈黙でもなく――真っ赤になってうつむくシャーロットを見やって、アレンはしみじみとため息をこぼす。
(うん、やっぱりいいな……こういう、恋人との何気ないやり取りというものは)
将来的に、彼女はアレンを尻に敷くようになるのかもしれないが。今しばらくはその初々しい反応を楽しみたかった。
そんな甘酢いっぱい思いに浸っていると、ふと脳裏をよぎることがあった。
「そういえば、おまえにひとつ聞きたいことがあるんだ。今いいか?」
「へ? 私でお答えできることでしたら……」
「まあ、たいした質問でもないんだがな」
アレンはぼりぼり頭をかいてから、あっさりと問う。
「おまえ、いつから俺のことが好きだった?」
「……はい?」
シャーロットは目を瞬かせて凍りつく。
一方、アレンはおかまいなしで続けた。
「いやなに。俺がおまえへの好意を自覚したのは、先日のドロテアとの一件なんだがな」
自宅の地下に住み着いていたダークエルフ。
彼女に強制された恋人ごっこにより、アレンはシャーロットへの思いに気付いた。
「だがしかし……あれより前から、好きだったと思う。で、そうなるとおまえはどうなのかな、と思ったんだ」
アレンが告白した瞬間か。
それよりもっと前のどこかのタイミングか。
今さら聞いてどうなるものでもないが、無性に気になって仕方がなかった。そして、ふたりきりの今こそが質問のチャンスだ。
アレンはにこにこと圧をかける。
「で、いつからなんだ? うん?」
「えっ、えっと、そのぉ……」
シャーロットはあからさかに動揺し、口籠る。
視線はアレン――その頭の後ろへ注がれていた。そちらにあるのは厨房である。
「料理ならまだしばらく来ないと思うぞ。諦めて白状しろ」
「ううううっ……アレンさんのいじわる」
唇を尖らせて、シャーロットは恨みがましい目を向けてくる。
しかしアレンの諦めの悪さを知っているからか、しばらくしてからため息混じりに口を開いた。
「えっと、その……たぶん、あの、夜からですね……」
「あの夜?」
「ほら、一緒にお星様を眺めたことがあったじゃないですか」
「ああ、そんなこともあったな」
シャーロットが来てから一ヶ月ほど経ったある日。
彼女が悪夢にうなされ、眠れない夜があった。アレンはそんな彼女を外へと連れ出し、気分転換を促した。
「あの夜、アレンさん言ってくださったじゃないですか。『どこにいても助けに行く』って」
「……言ったなあ」
今考えてみると、歯の浮くようなセリフだ。
居心地が悪くなってそわそわしてしまうアレンだが……シャーロットはふんわりと花が綻ぶように笑う。
「それがすっごく……うれしかったんです。気休めなんかじゃなくて、アレンさんが本気で言ってくださっているって、わかったから」
そう言って、シャーロットはほんのり頬を赤らめて視線を膝に落とす。
「それで……あの日からアレンさんを視線で追っていることが多くなって、一緒にいるとドキドキして。だから、好きなんだなって気付いたんです」
「なんだ、俺よりずいぶん早い自覚じゃないか。言ってくれればよかったのに」
「い、言えるわけありませんよ!?」
シャーロットはぎょっとして顔を上げる。
そうかと思ば、今度は肩を落として小さくなってしまう。
「これでもいろいろ悩んだんですよ……お尋ね者の私なんかが好きになっても、迷惑じゃないか、とか」
「まさか。俺がそんなことを気にすると思うのか?」
「……そう、ですよね」
シャーロットはほんのすこしだけはにかんで、そっと顔を上げる。
「でも私、もう逃げませんね。家にも、この気持ちにも」
「うんうん。それでいい。それでこそ、俺のシャーロットだ」
うなずくついでに、さりげなく惚気るアレンだった。
どうやらあれこれと悩んでいたのはお互い様らしい。
それでシャーロットも肩の力が抜けたのか、小首をこてんとかしげて問いかけてくる。
「それじゃあ、あの……私もアレンさんに聞きたいことがあるんですけど。聞いてもいいですか?」
「おお、なんでもいいぞ」
アレンは鷹揚に応えてみるものの――。
「アレンさんって……これまで何人の方とお付き合いされましたか?」
「……は?」
飛び出してきた質問が質問だったため、目を丸くして固まった。
これまでの人生、そんな話題をふっかけられることは皆無だったからだ。
アレンは眉間を押さえ、声を絞り出す。
「今……聞き間違いでなければ、俺は交際経験を尋ねられたんだよな?」
「は、はい」
シャーロットはいくぶん表情を固くして、こくこくとうなずく。
「アレンさんはかっこいいし、お優しいし……やっぱり女性におモテになりますよね? 歴代の彼女さんに負けないよう、リサーチしたいんです!」
「おまえがどこの『アレン』の話をしているのか、まったく分からないんだが……?」
「へ?」
きょとんとするシャーロットに、アレンはぱたぱたと手を振ってみせる。
「ないない。後にも先にも、付き合ったのはおまえだけだ」
「えっ、そ、そうなんですか……? でも、魔法学校って女性の方もいらっしゃいますよね?」
「もちろん生徒にも教員にも女性はいたが、親密になった者はいない。なんせ俺は魔法一筋だったからな」
「それじゃあ……私が、アレンさんの、はじめての恋人……ですか?」
「そうなるな」
「そ、そっかー……えへへ」
「……やけに嬉しそうだな?」
はにかむシャーロットに、アレンは首をひねるしかない。
そういうものなのだろうか。
(ふむ、シャーロットにかつて恋人がいたら……?)
険悪だったとかいう、婚約者の王子はノーカンだ。
アレンはほんのりそれを想像しようとして……こめかみがピシリと引きつるのがわかった。
「あ、ダメだ。殺したい」
「はい? 今なにかおっしゃいましたか?」
「ははは、なんでもない。気にするな。ちなみにおまえも……初めてでいいんだよな?」
「も、もちろんですよ。ここに来るまでは、男の人と話したこともほとんどなかったですし……」
「そうか! それはよかった!」
ぐっと拳を握るアレンだった。
そんななか、シャーロットはあごを撫でてうなる。なぜか疑わしげな目をアレンに向けて――。
「うーん……でもでも、アレンさんなら絶対モテると思ったんですけど。本当に女性の方とは何にもなかったんですか?」
「買いかぶりすぎだ。俺に好意を寄せる物好きなど、おまえ以外にいるものか」
「そうですかねえ……」
「そうだとも」
アレンはやれやれと肩をすくめる。
「たかだか手作りの弁当やら菓子を無理やり押し付けられたり、研究室の掃除をわざわざ請け負ってくれたり……女性との接点など、その程度だったな」
「……はい?」
シャーロットの笑みがぴくりと引きつった。
しかしアレンは気付くこともなく懐かしい教師時代に想いを馳せる。
「いや、料理を作りすぎたとかでよく差し入れをもらってな。味の好き嫌いがないせいか、何人も俺に押し付けてきて……そういえばたまに手紙もついていたな、うん。『いつも見ている』だの『授業中の声がいい』など益体のないことばかり書かれていたが」
ほかにも授業のあとに質問に来るのは、決まって女子生徒たちだった。それだけではなく、学校が終わったあとは図書館や鍛錬場、行く先々で女子に囲まれた。
「いやはや、あの学校の女性はみな勉強熱心だったなあ……」
「アレンさん」
「うん? どうし――っ!?」
そこでアレンは思わず息を飲んだ。
シャーロットがにこにこと笑みを浮かべていたからだ。しかもいつもの天真爛漫な笑みではない。どこか凄みを感じさせる笑みを張り付かせながら、淡々と言うことには――。
「そのとき女子生徒の皆さんにどんなお料理をいただいたか、あとで詳しく教えていただいてもかまいませんか? 私も練習してみます」
「へ? ああ、いや、しかし普通のサンドイッチとか、カップケーキとか、そういったものばかりで――」
「そういう話じゃないんです。とにかく教えてください。いいですね?」
「は、はあ……」
有無を言わせぬ圧に、アレンはおずおずとうなずくしかない。
シャーロットは「絶対負けませんからね! どんなお料理だろうと、しっかりマスターしてみせます!」なんて熱く意気込みを語ってくるのだが、アレンは首を捻りつつ「がんばれ……?」と戸惑い気味のエールを送るだけである。
彼に自覚はまったくないが、実は女性人気が高かった。
そこそこ顔立ちも整い、史上最高と評された天才少年、かつ後ろ盾であるクロフォード家は国内有数の名家である。
これだけ好条件が整えば、エキセントリックな性格もある程度は許容され、玉の輿狙いの女性たちがあからさまなモーションをかけていた。
しかし、当時のアレンにとって恋愛というのは別世界の話で。
フラグが乱立していることにも気付かずに、今に至るというわけだ。
(まあ、なんにせよ……シャーロットが意欲的になってよかったなあ)
魔物使いの勉強に、魔法に料理。
彼女の世界は日々広がっていく一方だ。
感慨を噛み締めながら、アレンはグラスに口をつけ――。
「うんうん。やっぱりおまえは強――ぶふーーーーーっ!」
「ふえ? どうかしましたか、アレンさん」
次の瞬間、盛大に吹き出してしまった。
シャーロットが目を丸くする。
だが、アレンには取り繕う余裕などまるでなかった。
店の入り口から、黒豹の獣人が平然と入ってきたのが見えたからだ。それはまぎれもなく、シャーロットをつけ狙っているはずの賞金稼ぎ集団――その頭目、リカルドだった。
(大ボスのおでましとは……! まさかここでやる気か!?)
日中ということもあり、周囲には人も多い。そんな中、しかも単身で乗り込んでくるのは自信の現れとしか思えなかった。
アレンは瞬時に警戒態勢を整える。
いつでも魔法をぶちかませるように待機した、その瞬間。
「あれ?」
シャーロットがくるりと振り返り、獣人の姿をその目に捉えた。
そうしてあろうことか――満面の笑顔を向けるのだ。
「リカルドさん! こんにちは」
「ああ、いつかのお嬢さん。こんにちは」
「…………は?」
リカルドの方もまた朗らかに頭を下げてみせる。
おかげでアレンは腰を浮かせたまま、ぽかんとすることしかできなかった。
風邪を引いて伸びてしまって申し訳ありませんでした……!
書籍化作業があるため、続きは来週12/2(月)前後更新になります。
更新が開くたび、毎回の分量が増えつつあるわけですが、大丈夫ですかね……?
一ページ長くて読みにくければ分割しますのでおっしゃってください。次回で本章は終わり予定。





