5.謝罪と感謝
「え…」
思わぬカミングアウトだった。
確かに一緒に勉強をしてはいるが、関わるようになって間もないわけだから、はっきり言ってまだ親密な間柄とは言えない。
しかし、それでも俺にこんな話をするということは、よほど何か伝えたいことがあるのだろう。
「ちょうど1年前ぐらいでした。私の進路のことで両親が大揉めしてしまって。私の自由にさせたい父親と多少無理してでも良い学校に進学してほしかった母。その二人の意見が対立したんです。
私は正直どちらでもいいと思ってました。裕福でなくても母と父がいる家でご飯を食べて,勉強をして、二人と会話する、そういうことが幸せでしたから」
彼女の目線は俺には合わない。
部屋の隅を見つめるようにじっと動かない。
「でも一度入った亀裂は元には戻りませんでした。言い争いは徐々にエスカレートし、ついには全く口を利かなくなりました。
…
三島くん、『好き』の反対は何かご存じですか?」
「好きの対義語だと、『嫌い』なんじゃ…」
彼女が首を横に振る。
「好きの反対は『無関心』なんです。
好き合って結婚したはずの私の両親は、口も利かないほどお互い無関心になってしまいました」
一瞬彼女が声を詰まらせる。
「そこで私は考えました。結婚して二人で生活していた時と、無関心になってしまった当時の状況を比較して何が違うのかと… すると決定的な違いがありました」
「違い?」
「私の存在です」
「っ!」
「離婚の原因を考えてみても納得でした。私が両親をお互いに無関心にしてしまったのだと。
結局二人は離婚し、母親が私を引き取ることになりました」
彼女の口ぶりを聞いていれば分かる。
彼女は自分のせいで両親が離婚し、自分のせいで家庭が崩壊したと思い込んでしまっている。
今日までそう信じて疑わずに生きてきたはずだ。
「だから私は、もう母親の重荷になりたくありませんでした。いい学校に進学し、特待生になって経済的にも負担をかけないようにする。それが私の生きる理由になっていました」
「宮川さん…」
「ごめんなさい、こんな重たい話。でも三島くんが『同情しない』って言ってくれたから、全力で戦うって言ってくれたから、話してみてもいいかなって。
勝手ですよね、すみません…」
「俺、宮川さんと話をしていて、一つ分かったことがあります」
「なんでしょう?」
「宮川さんは謝罪の言葉をよく使うなって思って。事あるごとに『ごめんなさい』や『すみません』が出てきてしまっているなと」
「そ、そうでしょうか…」
「それが悪いっていうことじゃないんです。話を聞く限り、過去の出来事をきっかけに自分を守るための鎧として身に着けてきた言葉なのだと思います。でもやっぱり『ごめん』よりも『ありがとう』って言ってもらえる方が、嬉しくないですか?」
「それは確かに…」
「急にいろいろ改める必要はないと思います。
普段から感謝を伝えてないわけではないと思いますから。
けれど、人に何かしてもらって、何かいいことがあって、お願いを聞いてもらって…そういうときに『ごめん』よりも先に『ありがとう』って言えるようになれたらいいと思いませんか?」
俺も彼女と話していて分かったことがある。
俺はどうやら自己陶酔の癖があるらしい。
話した後にふと振り返ると、つい喋りすぎてしまっている。
他人に説教をして悦に入っているのか、なかなか質の悪い性格をしてしまっているようだ。
これほど「お前が言うな」という言葉が似合う人間もそうそういないだろう。
「また俺は偉そうに…やっぱり忘れてください」
「ぷっ」
彼女が噴き出した。
そういえば彼女が笑ったところを初めて見たかもしれない。
先ほどとは打って変わり、穏やかな表情をしていた。
「三島くん、話聞いてくれてありがとう」
顔を上げた彼女と目が合った。
面と向かって感謝されると、これはこれでとても照れくさい。
「ど、どういたしまして…」
「あと、勉強の邪魔をしてしまってごめんなさい」
「全然気にしてないですよ。あ、あと…」
言いかけたところでドアのノックする音が聞こえた。
「はーい」
ドアを開けると母親が立っていた。
「ねぇ、あやねちゃん。よかったら晩ご飯食べていかない?」
「ちょ、母さん急に何を…宮川さんが困るだろ!」
「あら、そう?
あやねちゃん、もし親御さんが大丈夫なら食べてってくれると嬉しいな」
彼女は何やらもじもじしている。
「宮川さん…?」
「あ!えと、誘ってもらえて嬉しくて…お言葉に甘えていいですか?」
「もちろん!むしろ食べて行ってくれると嬉しいわ~
じゃあ、リビングで待ってるからね」
早々とドアを閉め母親は準備に向かったようだ。
「なんか、ごめん…」
「いえ!誰かと一緒にご飯なんて久々だから、誘ってもらえてすごく嬉しかったです」
「そっか、ならよかったです。」
「一応お母さんに連絡だけ入れておきますね」
彼女が母親に連絡を入れ、二人でリビングに向かった。
食事中は他愛のない会話で盛り上がった。
家でのこと、学校生活のこと、俺の黒歴史などなど…
彼女は終始楽しそうな表情で食事と会話を楽しんでいた。




