6.秀才と天才
翌日、登校してホームルーム前に勉強をしていると聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「ゆき、おはよー」
「その『ゆき』ってのやめてくれないか」
「いいじゃん。ギャップがあって」
俺のことを『ゆき』と呼ぶこの男が腐れ縁の野田である。
『ゆきと』のゆきを取ってそう呼ぶのだが、正直やめてほしい。
「女みたいに思われるじゃねーか」
「あー、ゆきちゃん。今時、『女みたい』とか、性別で区別するのはダメなんだよー?」
出た、野田のオネエ口調。
こういうときは俺のことをからかっている証拠だ。
「はいはい」
軽くあしらう。
今は勉強に集中したい。
「相変わらずがんばるねー」
「まぁな。そういうお前は大丈夫なのかよ」
「もちろん!今のところノーベン!」
「だろうな」
「えー心配してくれよー。親友だろー?」
「そもそも本人にやる気がないのに心配も何もないだろ」
「ということで、今日の放課後付き合ってくんね?」
「なにに」
「数学でわからないところあってさ。教えてほしいんだよ」
「わかっ…」
言いかけて止まった。
彼女のことを思い出したからだ。
「悪い、ちょっと確認してくる」
「家の手伝い?」
そういえば野田にはまだ彼女とのことを伝えてない。
デリケートな部分もあるし、今は伏せていた方がいいだろう。
「まぁそんなとこ。連絡してみるから分かったらまた言う」
「おっけー。さんきゅー」
予鈴がなり、野田が自分の席へ戻った。
周りにばれないよう、机の下でこっそり彼女に連絡する。
『今日の放課後はどうしますか?』
送った後に気が付いた。
真面目な彼女のことだ。
学校ではスマホを触らないかもしれない。
しかし、意外にもすぐに返事が来た。
『申し訳ないんですが、今日もお願いしていいですか?』
『もちろんです。じゃあ、放課後学校近くの図書館で』
『分かりました。よろしくお願いします。』
最後の授業が終わり、片づけをしている野田の元に向かう。
「野田、悪い。今日はパスで。また埋め合わせする」
「あーん振られたー」
「めんどくさい彼女か」
「まあ家の手伝いなら仕方ない。頑張って!」
「おう」
野田は、俺が今日家の手伝いで付き合えないと思い込んでいる。
なんだか騙している気分になって申し訳なくなった。
実際、噓をついてはいるのだが。
足早に図書館に向かう。
館内に入ると、右手にキッズスペース、左に一般向けの書架が並び、その奥に自習スペースがある。
ぱっと見でもわかるほど、同じ学校の制服を着た人間が自習スペースの大半を占めている。
テスト前で学校からも近く、自習スペースがある静かな空間。考えることは皆同じということだろう。
出入り口から対角の一番奥に彼女の姿を見つけた。
向かいの席に俺が座ることを見越してからか、カバンを押いて席を確保してくれていたようだ。
周りの迷惑にならないよう、小声で話しかける。
「すみません、お待たせしました」
「あ、三島くん。おつかれさまです」
「早いですね」
「授業終わってすぐ来ましたから」
「今日は何を?」
「今は数Ⅰをしていますが、これが終われば日本史をと思っています」
「了解です」
俺も今日は数学にするか…と心の中で呟き、教科書と問題集を広げた。
30分ぐらい経っただろうか。
ふと視線が気になり顔を上げると、彼女が俺の手元をまじまじと見ていた。
「あの、どこか分からないところでも?」
「いえ!あの、三島くんって数学をどうやって勉強しているんだろうと思って見てたんです」
「別に大したことはしてませんよ。問題を解いてみて、分からなかったら教科書で解法を確認してます」
「でもあまりノートに書いたりしてないですよね?」
確かに、勉強を始めて30分経った俺のノートには式が一本しか書かれていない。
「手を動かすのが面倒なのであまり書いたりしないんです」
「どうやって問題を解いてるんですか?」
「一応自分なりに方法はあって。まずは問題を見て10秒考えます。そして頭の中で式を組み立てて答えを出すんです。それが合っていれば次の問題に行きますし、間違っていればノートに書き出して手の動きと一緒に記憶させます」
「なんだか天才みたい…」
「そんな大層なものじゃないですよ。結局楽しようとしてるだけですから」
「それで出来ちゃうのがすごいです」
「でもそうですね…。勉強において自分なりのルールを作るといいですよ。宮川さん、何か自分の中のルールってあったりします?」
「ルールですか…。三島くんみたいなルールではないですが、強いて言えばこのシャーペンを使う、ってことぐらいです。これ、手が疲れにくくて気に入ってるんです」
彼女は手に持っている薄ピンクのシャーペンを見せてきた。
リーズナブルで書き心地がよいと評判のシャーペンだ。
「いいですね。勉強ってやっぱりフラストレーションが溜まりますから、そういったルーティンというか、大げさに言えば心の拠りどころを作るのは大切だと思います」
「心の、拠りどころ…」
「すみません、べらべらと話過ぎました。続きしましょうか」
「そうですね」
その日は閉館時間までみっちり勉強した。
図書館から出て各々の帰路につこうとしたとき。
「三島くん」
「はい?なんでしょう」
「迷惑ってことは分かってるんですが、一つお願いしてもいいですか?」
「えぇ、俺にできることであれば」
「来週のテストまで毎日、少しだけでもいいので一緒に勉強してもらえませんか?」
正直、毎日は想定していなかったが、偉そうに説教をした挙句あんな啖呵を切った以上、断ることはできない。
バイトがあるがそれはなんとか調整してもらおう。
「分かりました。バイトは調整してみます」
彼女の表情がパッと明るくなった。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる彼女。
素直な彼女の『ありがとう』が妙に嬉しかった。
その日は現地解散となった。
「あ、野田のこと忘れてた。まぁいいか」
バイトの交渉に母親は渋るかと思いきや、
「あやねちゃんのためならいくらでもワンオペするわよ!」
とやけに張り切っていた。
翌日から放課後は図書館で待ち合わせ、一緒に勉強を進めた。
時々彼女に教えることはあったが、ほとんどの時間を各々のしたい勉強に費やした。
金曜日の放課後、今日も例の如く図書館で勉強をしていた。
「え、ゆき?」
背後から声がした。
振り向くとそこには野田の姿があった。
「野田…」
「ゆき、お前家の手伝いじゃなかったのかよ」
「いやこれは…」
「しかも宮川さんまで一緒に」
「お前、宮川さんを知ってるのか?」
「当たり前だろ!校内で宮川さんを知らない人はいないぞ。
うちの入試をトップで合格した秀才、しかも同い年とは思えないクールビューティーな立ち振る舞い。」
「そうなんですか?」
彼女に目をやる
前に突き出した両手を全力で左右に振っている。
「違うらしいぞ」
「いや、そんなことはない!というか話がズレてる!」
「お前が勝手に盛り上がったんだろ」
「とにかく、なんでゆきと宮川さんが一緒に勉強してんだよ」
「あの、二人とも…」
彼女が俺らを呼び止める。
彼女は「周りを見てみなさい」と指さしのジェスチャーで伝えてくる。
周りの視線を完全に集めてしまっていた。
無論、悪い意味で。
「すまん野田、一旦外に出よう。宮川さん、ちょっと席外しますけどすぐ戻ってきますので」
「でしたら私も一緒に出ます。残りは家でもできますし」
野田への事情説明のために気を遣ってくれたのかもしれない。
そそくさと片付け、周りの痛い視線に見送られながら図書館を後にした。
ご覧いただきありがとうございました!




