2.君のお願い
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
目の前の少女から内容も意図も不明なお願いをされたのだから、仕方ない。
「私に1位を譲ってほしいんです」
「1位って、なんのです?」
「テストの成績です。三島くん、前のテスト学年1位でしたよね?」
「え、なんでそれを…」
俺が学年1位であることを知っているのは、中学時代からの親友もとい腐れ縁の野田ぐらいだ。
『どうせお前のことだから、1位なんだろ』
そんなことを言われたこともあった。その時の野田のやれやれ顔が思い出される。
「すみません。少し調べさせていただきました。諸事情で…」
うちの高校は、よくある掲示板への成績の貼り出しなどの成績の開示は行われない。
それ故に他人の成績を把握することは容易ではないが、その『諸事情』とやらはそのハードルを軽々と超えさせるほどの力を持っているらしい。
「えっと、それで…1位を譲るというのは?」
「すみません、諸事情で私、どうしても次のテストで1位にならないといけないんです」
「その諸事情って?」
「すみません、それは言えません…」
他人の成績を調べるということはよほどの事情があるのだろうが、他人のことにずけずけと踏み込むのは失礼だ。本人が拒否しているのだからこれ以上は訊かないようししておこう。
「とりあえず1位にならないといけない状況なのは分かりました。ただ、1位は譲ろうと思って譲れるものではないと思うんですが…」
「もちろん失礼なことをお願いしているのは分かっているんです。三島くんに手を抜けと言っているのと同じですから…」
「そうですね。俺もテスト前には復習はしておきたいし、目の前に解ける問題があれば解答を書きます。」
「そう、ですよね…」
「失礼ですが、成績の方は?」
「自分で言うのも恥ずかしいですが、ずっと学年2位なんです。入試はなぜかトップでしたが…」
なるほど、入試ではトップだったのに入学してからは2位止まりなことに劣等感を抱いているのか。
それで俺を目の敵にされても困るが…
「1位になりたければ、頑張るしかないんじゃないんですか?」
「頑張ってもなれないからこうやってお願いしてるんです!!!」
彼女が叫んだ。
もう客もいない店内。彼女の声はやけに大きく響いた。
「あ、ごめんなさい…」
自分の声の大きさに驚いたのか、彼女も我に返ったらしい。
「ちょっとゆきと、どうしたのー?」
厨房で仕込みをしていた母親がひょこっと顔を出した。
そこにはレジに立つ息子と、レジカウンターを挟んで恥ずかしそうに顔を赤らめる少女が一人。
「あんた、お客さんになにしたの」
やや怒りを含んだ小声で問いかけてくる。
「いや、俺は別に…」
「あんたが何かしなきゃ、こんな状況にならないでしょ」
とんだ言いがかりだ。
「お客様、うちの店員がすみません。」
「いえ、違うんです!私が三島くんに失礼なことを言ってしまって…」
「あれ、うちの息子と知り合い?」
「え、息子さん!?」
「あ、知らなかった?これ、息子のゆきと。たまに手伝ってもらってるの」
これ、と言いながら実の息子を指さしてくる。この母親も大概失礼だ。
「そうだったんですか…」
話が脱線して、まとまらなくなってきた。
「世間話なら席に座ってしたらどう?」
ややこしくなりそうだったので話を遮る。
「あんたが当事者でしょうが。ちゃんと謝りなさい。えっと、お名前訊いてもいいかしら?」
「宮川綺音と言います」
「あやねちゃんね。すごくかわいい名前」
「あ、ありがとうございます…」
照れくさそうに俯く。
実はこの瞬間まで俺も彼女の名前を知らなかったことは伏せておく。
「ゆきとのこと知ってるってことは、同級生とか?」
「はい、そうです。同じ愛生学園の1年生です」
「そうだったのね~。いつも来てくれてありがとうね!」
「いえ!とんでもないです」
「それで、うちの息子が何か粗相を…」
「違います!私から三島くんにお願いをしていただけで」
「そうなの?」
怪訝そうな顔をこちらに向けてくる。
その通りだと頷く。
「あ、あやねちゃん、ごめんなさいね。今日はもう閉店でまだ作業も残ってるの。もし話の続きがあるなら、ゆきとと連絡先交換してあげてもらえない?」
「え、それは全然いいんですが…」
宮川がこちらに困惑の目線を向けてくる。
「母さん、勝手に話を進めないで」
「いいじゃない。あんた友達もいなくてふらふらしてるんだから、話し相手になってくれる子がいた方がいいでしょ」
話し相手というか、ライバルというか…
ただ、ラインなら簡単にやりとりできるし、話もしやすいかもしれない。
「あ、えっと、宮川さん。よければ交換しておきますか?」
「じゃあ、お願いします」
交換が終わり、お互いが友達追加されたことを確認して彼女は帰路についた。
「宮川さん、可愛くていい子じゃない」
「何の話だよ」
「あんたの話よ」
「訳が分からん」
「とりあえず、テーブルと床の掃除お願いね」
話を逸らされたような気がするが、とりあえず指示されたしごとをこなし、その日の仕事を終えた。
風呂あがり、勉強机に置いていたスマホに1件の通知が来ていた。
『今日は突然ごめんなさい。』
『こちらこそ母が強引に話を進めてしまってすみません。』
『全然気にしないでください。すごく素敵なお母さんですね。』
素敵なお母さんか…
そんなこと言われたこともなかったし、感じたこともなかった。
他人からの評価というのは分からないものだ。
『ありがとうございます。母も喜ぶと思います。』
『また行きますとお伝えください。』
『分かりました。』
会話が止まってしまった。
普段ラインをしない弊害が出てしまっているようだ。
といっても無意味にやりとりを続ける必要もないが。
問題集を説いていると、再度通知が来た。
やはり彼女からだった。
『今日お話ししたこと、もう一度お話させてもらえませんか?』
今日のお願いされた件、やはり諦めきれないようだ。
『分かりました。学校じゃないほうがいいですか?』
『ありがとうございます。そうですね、では明日の放課後、高校近くの公園まで来ていただいてもいいですか?』
『分かりました。おそらく4時半ごろには行けると思います。』
『ありがとうございます。すみませんが、よろしくお願いします。』
明日、彼女と会うことになった。
言われることは十中八九例の件だろうが、さて、なんて返そうか。
試験のことよりも明日話すべき内容に意識をもっていかれ、勉強が捗らなかった。
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