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翡翠色の眼球

「なっ……」


 息が、声が震えてしまう。

 呼吸の制御ができない。


──────────なんで


「ナ、イフさんっ……?」


 信じられず、声が震える。

 ドクンドクンドクンと心音が早い。口から心臓が飛び出そうなくらいだ。

「な、なんでっ、なんでっ」

 すぐに息切れが起きた。

 暑い。真冬だというのに。

 額から一瞬にして大量の汗が出る。流れる汗のせいで肌がヒリヒリする。

 ネルアの視界は大きく揺れた。

 頭は働かず、疑問で真っ白になる。

「あ゛あ゛ぁああああ゛ああぁっ」

 感情が声に出る。言葉にならない壊れた声となって。

 痛い。

 胃が締め付けられていく。

 痛い。

 胸が締め付けられていく。

「あ゛ぁっ……う゛あぁ」

 激しい鼓動は胸をキリキリと痛めつけてた。

(み、短く……浅い呼吸しかできない)

 徐々に体は酸欠状態へと誘われていく。

 呼吸はさらに速くなっていった。

 ネルアは一気に酸素を取り込もうとする。しかしその呼吸はやがて喉や肺にも痛みが来る。

「はぁぁ゛っ……あ゛あぁっ」

 ぜいぜいとした息を吐く。

 ネルアの体温は上昇していた。

(分からない、分からない! こんなのありえない、なんで)

 ネルアは激しく瞬きをした。

 視界から分かる状況を頭で理解しようとした。


 けれどまともに考えることはできなかった。


(目が、チカチカする)

──────────どうして


「あ゛」


 プツンと何かが切れた。

 膝がガクリと落ちてしまう。


 ネルアは息を吐く。そして吸う。

(酸素が足りない)

 ネルアは震えた手を伸ばした。

 ナイフへ。

 ナイフだった物へ。

「ナイフさんっ……ナイフさん……」

 返事はない。

 あるわけがない。

 欠損した頭部だけが転がり、周囲には十分に乾いた血溜まりがある。

 死を解らせるには十分な情報だった。

 ネルアはナイフの頭部へ手を伸ばす。

 そして持った。そっと優しく。

 しかし両手に痛みが走った。遺体から生えている刃がネルアの手を痛みつける。

 痛い。

 いたい。

 心拍が早い。

 痛い。

 心が痛い。


 ネルアはゆっくりとその頭部を自身の胸まで持ってくる。 


「っ……!?」


 ボトリ。

 遺体から目玉が落ちた。

 

 ほんの一瞬、ネルアの息が止まる。

 顔が青ざめてしまった。体の内側から冷やされる感覚が指先まで伝い出す。

 

 地へ翡翠ひすい色の眼球が落ちた。

「はぁ゛っ……あぁっ……」

 呼吸は更に乱れ出す。

 ネルアの手が震える。体が震えてしまう。

(もし……)

 ナイフの生前に目を見れたのならそれは綺麗な翡翠ひすい色だっただろう。そう思った。


 今は綺麗とはかけ離れた黒い球体だ。


 乾いた血液に汚染された眼球は黒かった。その目に光は一切ない。血塗れの濁った眼球だ。


 その眼球の瞳孔がちょうどネルアへと向いた。

 普段の彼女の瞳は刃で隠れてこちらからは見ることはなかった。

 目が合っている。今。初めて。

 でも……


「こんな、こんな形で合わせたくなかったっ……」


 ネルアの手は血まみれだった。

 自身の血はポトポトと粒になって流血していく。

 

 カタン。

 すると一つの刃が落ちた。

「あ゛あぁぁ」

 無数の刃はドロドロと剥がれ落ちていく。


 グサリ。

 落ちる刃が翡翠の眼球に刺さる。それも沢山。

 ネルアは目をぎゅっとつむる。

(もう……見せないでくれ)

 こんな現実を見たくない。何も知らなかった状態に戻りたい。

 力の入ったまぶたで視界を閉じた。

 ぎゅっと酷い現実を否定した。

(このまま閉じていれば)

 酷い事実から逃れられる。そんな気がした。

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