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プレゼントの正体

 ネルアの認識する現実は時を止めた。

(で、でも……)

 ずっと止まっていたくない。

 でも見たくない。

(それでも)

 ネルアは目を閉じたまま深呼吸をする。

 震えながら吸って、吐く。

 それを何度も繰り返した。


 しばらくして覚悟を決める。

 目に力を入らせつつ恐る恐る開く。

 ゆっくりと。


 そこには脳の欠けた赤黒い頭部があった。


 それは身体を切断され、脳のない人体模型のよう。

 普段見ていたナイフとは違うあられもない姿だった。


(……なんで、なんでこんなことに)

 何故だかネルアは先ほどのヤーシャの言葉を思い出す。

 買い出し、行けない、混血、混血ってバレたら、死、嫌、混血、混血、混血。

 言葉の一部分が乱雑に反芻する。


──────────なんで

(なんでナイフさんが死ななきゃならないっ!!)


 ネルアの思考はぐるぐると落ち着きを失う。

 拾い上げた頭部をそっと地に置いた。唇を噛みながら。

 ネルアの手は傷と寒さで赤かった。

 その手で頭部と眼球と刃を一つの場所にかき集める。

 ネルアはその側でうずくまった。

 雪に頭をつけて感情を叫ぶ。

「あ、あんなに自分の奇病、異能と戦って……苦しくても生きて、や、優しくて!」


 ナイフとは短い付き合いだった。

 家族でも恋人でもない。単なる患者と看護師の関係だった。

 ナイフを『混血』という言葉で差別できなくなっていた。

 彼女はネルアに友のように接してくれた。対等に優しく。

(嬉しかった)

 様々な思いが走馬灯のように駆け巡る。

 ネルアの考えがハーオス病院に来てから変わった。

(なんで国は混血を捕らえて始末するんだ……彼女を殺す必要がどこにあった)

 苦しい死の事実を反発するように疑問が生まれる。

(国はナイフさんのことを、混血のことを何も知らないくせに)

 

 疑問は嫌悪へと向かう。


「許さない」

 そして嫌悪は憎悪となる。


(許さない)

 ナイフの死は国を恨むには簡単すぎる事実だった。

「誰が殺した……? なんで殺した……? 何故─────」


『自分もやっていたことでしょう?』


 背後。ゾッとした。

 耳元で声がした。

(母上っ……?)


 凍てつく悪寒が全身に走る。ネルアは膝をついたまま体を起こす。

 それは紛れもない母の声だった。


 ネルアはゴクリと息を飲む。

 そして一気に振り返る。

「え……」


 誰もいなかった。


『貴方は何度も混血に銃を向けたじゃない』

 背後。また母の声。

 ネルアは再度前へと振り返る。


 けれど何もない。

『貴方は何度も混血を撃ったじゃな───────』

「やめてくださいっ!!」

 姿のないその声を否定した。

(これ以上現実を突きつけないでくれ)

「母上……お、オレは、オレは混血を殺したりしていません……」

『直接的には、でしょう? 何度も捕らえて引き渡してそれであなたは生きてきた』

「違います……違うんだ」

『違わないでしょう?』

 ネルアは耳を塞いだ。

 母の幻聴が止まらない。


「うるさい……」

 ネルアの首に血管が浮き出る。


「違う……違うんだ、そんな……そんなつもりじゃなかった!」

 痛い。心が締め付けられていく。

 そう感じる過去を思い出してしまう。

 ネルアは警察官の頃、何度も混血に銃を向けた。

 そして撃った。

 殺さずとも行動不能にした。

 それは『脳が綺麗なら体はどうなっても構わない』という指令だったから。


 ネルアは動くことのできなくなった混血を無理矢理車に連れ込んだ。

 そうして混血を上へ引き渡す。それの繰り返し。

(オレはただ国の正しさに従っただけで……)

 それからの混血の行方は知らない。

 けれど、捕らえた混血をこの目で見ることは二度となかった。

 どうなったかなど察しがつく。

 混血、煩わしいものがまた一つ消えた。国がまた一つ綺麗になった。

 以前のネルアはそう思っていた。指令は掃除する感覚と何ら変わりないものだった。

 それが当たり前で正しい考えだと思ったから。

『自分も混血を殺す側でしょう?』


 耳を強く塞いだ。

 母の声が止まらない。


『貴方は人間。人族の味方。混血のことなんてる必要もない』


 ネルアは手で心臓辺りを抑えた。

(肺、が痛い)

 下を向き痛みに耐える。

 ネルアの肉体は寒さにやられていた。

 しかしそれ以上に苦しい。

 心が、苦しい。

 痛い。嫌だ。


(何が、正しい?)


「オレは、オレは──────────」


 パァァァァァァアアアアアアアンッ!! と鳴った。


 銃声だ。

 銃声が響いた。


(…………は?)


 ネルアの目の前で肉が弾け飛ぶ。

 銃弾はナイフの頭部へ当たった。

 赤い頭部が液体となって宙を舞う。そしてボトボトと飛び散った。


 ナイフの頭部が一瞬で跡形もなく弾けた。


 ネルアの思考が止まる。

 脳が追いつかない。

 辛うじて息を吐くことしかできない。


 軽く弾けるような銃声は灯りの先、道路の方から。

(な、んだ?)

 ナイフの頭部は打ち砕かれてしまった。埋める暇も手を合わせる暇もなく撃たれた。

 ネルアは咄嗟に立ち上がる。


「見つけました。[願叶有機体(ドミニエル)]で間違いありません」


 前方から男性の声。

 ネルアは目を凝らす。

 先の道路にはパトカーが三両。

 車の灯りは消してあり、こちらからは見えずらい。

 先頭のパトカーの窓が開いていた。

 一人の警察官が窓から腕を出し、こちらへ銃を向けている。

(警察官……? なんでこんなところに)

 ナイフの頭部、混血の回収のため来たのだろうか。

(……回収なら撃つ必要はない)

──────────オレを狙った?

 ネルアは警戒する。

 少しずつ下がりながら辺りを見る。

 

 車の扉が開く音がした。

 雪景色の先からはゾロゾロと人影が増えていく。

 十数名の警察官だ。警察官がライトをネルアへ向ける。

 その灯りで見えた。

 警察官の全員が銃をネルアへと構えていた。

(なんで)

 ネルアは走った。まっしぐらに。

 逃げなければ、という危機感が直感で働く。

 木々が生い茂る森を目指して走った。

「逃がすな」

「はっ」

 一人の警察官が部下に命令する。

 その男の顔にはいくつもの傷があった。

 返事をした警察官らは一斉にネルアへ走り出す。

(なんでオレが追われている? 混血と関わっているのがバレた? いや、バレるようなヘマはしていない。だとしたら何だ)

──────────[願叶有機体(ドミニエル)]だから?

 ネルアは手を振り回し夢中で走る。

 足が重い。雪にドタドタと足跡をつけながらもただ走る。

 パァァン! と後ろから音が鳴る。

 何度も何度も銃声が鳴った。

「うるさい……」

 音がいつもより大きく感じる。

 神経が過剰に反応して仕方がない。

 銃弾は段々と近づいていた。

(まずい、このままだと追いつかれる)

 暗い中木々が見えてくる。

 しかし、銃声が近い。そして多い。このままでは森に隠れる前に捕まってしまう。

 ネルアは唾を飲む。そして立ち止まった。

 

 背中に手の甲を付ける形でコートを捲る。

 背の腰に巻かれたホルスターから取り出す。


 銃を。




***





「必要だろ?」




挿絵(By みてみん)

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