それ
十九時。
日没は過ぎ、外は暗い。
ネルアは用具の在庫確認を行なっていた。
ジャンルごとに纏められている棚を一つずつ確認していく。
(マスクや手袋はある。タオルやシャワー用具類も補充の必要はまだない)
大体の物資は揃っていた。
ネルアは安堵しながら最後の棚を開く。
そこには一部分だけ空白なスペースがある。そこはいつもならガーゼが収納されているスペースだ。
「そういえば……」
ネルアは退院したナイフのことを思い出す。ナイフの看護を行なっている時の頃。
『ネルアちゃーん!』
ナイフの腕から血が落ちる。そこからは一本の刃が抜かれていた。床へ滝のように血が流れる。
『ネルアちゃーん!』
次の日。
ナイフの腹から血が落ちる。そこからは一本の刃が抜かれていた。床へ滝のように血が流れる。
『ネルアちゃーん!』
また次の日。
その次の日。
そのまた次の日。
ネルアは何度もナイフに応急処置を施した。
(あれだけ使ってたらガーゼの在庫もなくなるか)
ネルアは時計を見た。今からの調達を考える。
幸い患者数も少なく時間にも余裕があった。
万が一、救急の混血患者が来たならば物資は必要だろう。そう考える。
ネルアは診察室へ急いだ。
診察室の扉を勢いよく開く。
そこにはヤーシャがいた。
「ヤーシャさん」
「ななななんでしょう」
相変わらずヤーシャはネルアを前にすると落ち着きがなくなる。
ネルアは説明をした。買い出しに行ってきていいかを。
すぐに答えは『OK』と出る。
ネルアは自室に戻り、支度を始めた。
必要な物を使い古した焦茶色の四角いレザーリュックに詰める。
外は極寒のため紺色のダッフルコートに腕を通す。そして白色のマフラーも首に巻き付けた。
(あとは……)
ネルアがケースに目を移す。
それはレヴィからの誕生日プレゼントが入った物である。
ネルアはケースの中から取り出した。
***
ギィ、と扉が開かれる。ネルアはハーオス病院の外へ出た。
外は暗い。灯りに照らされて見えるのは積もった雪景色。
ネルアの口元からは白い息が舞う。極寒のためフードを被る。
ズシリ、と足跡をつけた。目指すは森と雪道を抜けた先にある小さな街。
ネルアは街の方へと歩く。
ハーオス病院に配送業者は来ない。
エレベーターの修理でさえも自分たちでやるくらいだ。
それは混血専門病院のため。あまり目立ってはいけないのが決まりだからだ。
必要物資についてはいつもレヴィがどうにかしているらしい。
どうやって手にしているかはネルアは知らない。
転移で持ってきているのか。彼しか知り得ないルートがあるのか。詳細は不明だ。
(それに前にヤーシャさんが)
ネルアは数日前の院長のヤーシャの言葉を思い出す。
『か、買い出しなんてボクが行けるわけないじゃん! ボク混血だよ? 街中で混血ってバレたら死じゃん! 嫌だよ! 無理無理無理無理』
その時のヤーシャはネルアの目を見ずに熱弁していた。
(オレは人間だし、ここら辺の土地にも詳しい)
少し行って帰ってくるだけ。そう思い、足を早めた。
寒い。雪は降り続いている。
整備された道はなく、灯りもない。
ネルアは暗い中着実に前に進む。
やがて耳と頬は寒さで赤くなっていた。
暫くすると木々を抜ける。
ネルアはそのまま歩く。
前へ目をやる。三メートルほど先には電灯が見えた。
(……?)
電灯の側に何かが見える。
『それ』は光りの具合によってキラキラと輝いている。
ネルアが目を細めて凝らす。
不思議なことにその物体の周りにだけ雪がない。
ネルアは通り道のためそのまま近づいた。
一歩ずつ近づく。
『それ』が見えてくる。
見えてきてしまった。
ネルアは視力が良かった。
だから一メートル先だろうと『それ』が何なのか見えてしまった。
「え…………」
ネルアの目は見開かれる。眼球が小さく見えるほどに。
『それ』。
混血患者のナイフ。
彼女の頭部。
酷く鉄の匂いがした。
ネルアが大きな一歩を出す。
動揺が足に現れた。
走った。
被っていたフードは外れる。
ネルアは我が目を疑った。
(違った、物体の周りに雪がないんじゃないっ!)
周りの雪は黒かった。褐色がかった黒色に染まっている。だから地面が見えているものだと勘違いしてしまった。
(うそ、だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!)
荒い息を吐く。
嘘だと言ってくれ、何かの間違いだ。
そう激情に駆られながら走った。




