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退院

う、後ろに下がっていて正解だった……)

 ネルアは深呼吸をする。知らず知らずのうちに構えを取っていた。

 それは背中の腰から銃を取り出すポーズである。

 しかし、当然ながら銃はない。

 癖で銃を取り出す仕草を体はまだ覚えていた。


「ごぉめん、ネルアちゃん……ワタヂったらお喋りに興奮してしまったの。そしたら体からなたちゃんがぁ」


(……これも異能なのか)

 ナイフもレヴィと同じく異能を所持している。

 二人だけではない。

 入院しているほとんどの混血患者が異能を所持している。

 ネルアはここ数日で患者のカルテに目を通した。初めは異能ではなく奇病だと感じていた。しかし、目の当たりにした奇病は異能に近い。奇病といえば現実的に聞こえるが明らかに非科学的な物も多数見られた。


 ナイフの異能は『刃』である。

 元々は皮のない人体模型のような混血で生まれたという。

 本人曰く、生きていく中で外界からの攻撃を防御するために後天的に異能が備わったと話していた。

「ナイフさん」

「なぁに? ネルアちゃん」

「元気そうで何よりですがオレを殺そうとしないでください」

「ワタヂがチミを殺すわけないだろぉう」

 ネルアはため息を放つ。ここ数日死が近い毎日ばかりだった。


「その……退院して本当に大丈夫なんですか?」


 ネルアは事実を口にした。

 ナイフは治療が終わり、基礎的な異能の使い方まで学んだという。

 そんなナイフの退院日は今日だった。

「大丈夫だよ。これでもワタヂ、レヴィさんに異能の使い方を褒められたんだからぁ」

 ナイフは口元に右肩を寄せた。

 そして口を大きく開く。

 ナイフは自信満々にあムッ! となたかじりついた。

 ボリボリ、バリバリと金属的な咀嚼音が鳴る。ナイフは自身の刃でできた歯で飛び出たなたを徐々に食い尽くしていく。

(な、何故当然のように食べる……? やっぱり混血は人と違って内臓が異質なのか?)

 ナイフはペロリと自身の体から出たなたを完食した。

「はわぁ~~~~、お腹たっぷちゃんだぁ」

 ナイフは自身の腹を片手でポンポンと軽く叩く。鳴る音はポンポンではなくカシャンカシャンだ。

 ネルアは額に右手を添え、やれやれと首を振る。

「退院の時間までには荷物をまとめてくださいね」

「うひぃ、分かってるよん」

 ネルアはふと下を向いた。

(退院は喜ばしいことだ……でも)

 少し寂しい。

 折角仲を深めたというのに別れが来るなんてとネルアは眉毛を垂らした。

 しかし、ナイフは笑顔だった。それもそのはず、退院を待ち望む理由があったから。

「怪我も治って異能の使い方も慣れてきたからさぁあ、ようやくあの国に行けるんだよ」

「あの国?」

「楽園国家だよぉ」

 楽園国家とはルイスギー連合王国のことである。

 アリゾレッドから西に位置する島国。そこは情報が一才掴めない謎の国と称されちる。

「でもルイスギーには入ることができないですよ」

 ルイスギー連合王国は巨大な謎の黒い結界で覆われている。こちらからは見ることすらできない。無理矢理入ろうとした者は物理的に歪む(・・・・・・)。落とされたミサイルは歪み、入ることはない。

 なんとも不思議な結界だった。

「そうだねそうだねぇ。でも入ることさえできればワタヂは幸せな監獄で暮らすことができるんだ」

 ナイフは続けた。ルイスギーは何があろうと入国不可であり出国不可だという。結界があるから当然だ。

「そんな大きな牢とも呼べる国になぜ行きたいのかオレにはわかりません」

「なぁんだ、ネルアちゃん知らないのぉ?」

「何がですか?」

 ナイフが微笑みながら答えた。

「あの国は世界で唯一、混血差別がない国なんだよ」

 ナイフの刃に覆われた内の目は輝きに満ちている。

 彼女は両手を祈るように掴んだ。


「ワタヂにとってジディ様は女神に値するから」


 ナイフは笑った。

(ジディ……?)

 知らない人物である。

 けれどつい最近、どこかで耳にした気がする。


 ナイフは立ち上がる。傷の付いたトランクを持って歩く。

 ガシャンと足音を鳴らし、床を傷付けながら廊下を歩く。

 ネルアはナイフを追いかけた。

 ナイフは病院の扉を開く。

 そして雪が降り積もる外に出た。

「じゃあねぇー、ネルアちゃん」

 ナイフは弾ける笑顔をネルアに向けた。

「ま、まだ退院時間まで二時間ほどありますよ!」

「さっきなた食べすぎちゃったから歩きたいんだぁ」

 ナイフは指というはさみをピースにした。

 そして笑顔のままネルアに背を向ける。

「またねだぜ、ネルアちゃん」

 そう言いつつ進んだ。ふと数メートル先でナイフは振り向いた。


 ネルアは深く礼していた。手を太腿の横に添え、敬意を表すお辞儀をしている。

 それを見たナイフは喜ばしげな気分のまま後ろを向く。

 彼女は西を目指した。

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