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68. 草星霊の道

「……はぁ〜」


 俺はバカでかいため息をしながら、自室で身支度をしていた。旅用の服は、生地にゴワつきはあるものの動きやすい縫製をしていた。


 そして着替えを終えた頃合いに、扉がノックされ、ウェルテが迎えに来た。普段のメイド服とは異なり、領境の街アンバーで新調した旅用の服だ。あのときの装備に加え、腰にはステッキタイプの杖(ロッド)が添えつけられている。


「……行くか」

「はいっ!」


 もちろん俺もウェルテも、他の皆も全く乗り気ではないが。


「我々も準備できてます」


 中庭に出た俺たちを迎えたのは、トモエさん、サーラ、トッシュ。そして、エルフェイの二人。


 トモエさんたちも旅支度を終えていた。こちらもメイド服ではない、非常に動きやすそうな軽装であった。

 しかし、服の裏側には幾つもの武器が仕込まれているのを俺は知っている。サバイバルナイフのようなものから、投擲用の刃、鉤爪のついたワイヤーロープなどがコンパクトに収納されており、いろんな戦況に対応できるようになっているんだとか。


 サーラは、魔法使いのようなローブを着ていた。短めなロッドを携帯しており、しかし小柄なぶん、その容姿は子供服のようにも見えてしまう。まるでフランス人形だ。


(口に出したら殺されるな)


 そしてトッシュ。彼は、馬車を運転していたときよりも重装備である。鋼の胸当てに、愛用の手斧。そして長剣も携えている。


「ご準備は良ろしいでしょうか」

「……」


 シトリスの一言一言が、非常に癇に障る。

 良い訳無いだろう。

 しかし結果的に、シトリスたち(こいつら)の言いなりになってしまっている。そうせざるを得なかった。


 実質的に、勇者を人質に取られているようなものだ。

 勇者の存在を知られていることは思いもしなかった。勇者の内情を知られている時点で、俺たちの負け戦は決まっていたのかもしれない。


「……ふふっ」

「……ちっ」


 俺達はそのまま、シトリスのあとについて中庭を抜け、屋敷の外に出た。


 ……それから、どれくらい歩いただろうか。そんな事を思った時、シトリスたちが街道を外れ、道なき森の中へ入っていった。


「そんなところに、道があるのか」

「実際は、ありません」


 矛盾した返答が返ってきた。しかしそれの意味は、すぐに理解できた。


「我々の聖域は、植物のあるところには自在に転送可能です。我々は『草星霊の道(グラスロード)』と呼びます」


 シトリスが言うには、エルフェイの住む聖域(シェルター)には、植物が生い茂っている場所であれば、どこへでもワープできるとのことだ。距離などにも成約がなく、本人が知っている地名であれば、例外なく飛べるとのこと。


「そう、例えば、大湿原ロピカナ、など。ね」

「ちっ」


 俺の口から、本日2回目の舌打ちが出る。


「人間社会とは、かくも面倒なのだな」

「カルマンダ、人間は面倒な生き物なのです。『体裁を取り繕う』というらしいですが。エルフェイには無い考えですわね」


 先程から道案内されているが、その間は奴らから、人間に対しての悪態が止まらない。

 自分たちが優位になったとたん、この態度である。


(……策はあるのかい、ランジェ坊や)

 耳につなげたイヤホンから、サーラの声が聞こえた。ある程度の小声でも、十分に聞き取れるよう音量を調整済みだ。

 エルフェイの奴らは、このイヤホンに気づいているかは定かではないが、今は、聞こえていないものとして会話するしか無い。


(正直厳しい、けど、策がない訳では無い。奴らの本拠地……聖域(シェルター)に入って、まずは相手の戦力を確認する)


 情報が足らないのだ。

 エルフェイの数は、どれくらいだとか。

 武器はどういったものを保持しているのだとか。

 先ほどの草星霊の道(グラスロード)の精度はどれくらいだとか。

 そして、カルマンダという女剣士並みの強さのエルフェイが、他に何人いるのか……など。


 それぞれの詳細な情報を得るには、敵の懐に飛び込むしか無い。


(だからこそ、最強メンバーで来たんだ)

(ごくっ……)


 緊張からか、生唾を飲む音が聞こえた。ウェルテのものだろう。

 正直、ウェルテを連れて行くかどうかは悩んだが、彼女の同伴はシトリスたちの希望でもあった。呪文の出力は安定しないが、あのゴーレムを一撃で破壊させた力は、今後必要になるかもしれない。



 そして俺たちは、そして俺達は、森の獣道の中に誘われた。

 獣道すら外れて外れ、誰も通ったことのないような方向へ進んでいった。


(……本当にこの先に、その草星霊の道というのがあるのか?)


 エルフェイがそこから『来た』のなら、少なからず誰かが通った跡が残るはずだが、そんな痕跡は見られなかった。

 しかしその疑問はすぐに氷解する。



 進むが、


「草木……草木が……勝手に避けている」

「これが、シトリス様の力だ」



 先導するシトリスが、タクトのような杖を振るう。すると森の木々が、まるで溶けた蝋のように柔らかく曲がり、無もなき雑草は根ごと移動しそこに道ができた。


「太古の昔は、すべてのエルフェイがこの力を使えましたのよ」


 有り余るマナを発揮できるエルフェイだからこそできる芸当なのだろう。しかしながらそれらは、魔王の手によって世界樹が倒され、結果、奪われることになった。


「魔王は、我々の魔力を恐れ、エルフェイの護る世界樹を切り倒しました。そして同時に、エルフェイを虐殺したのです」

「……」

「世界樹が枯れ、我々も死に絶えそうだったときに、唯一残った希望。それが、世界樹の種」

「それを、俺の能力で咲かせろってことだったな」

「ええ……さあ、着きましたわ」


 鬱蒼としていた場所が、急に開けた。

 森の樹が、その場だけ生えていなかった。短い芝生くらいに伸びた雑草が、木漏れ日を浴びていた。


 その中央に、ツタで出来た円環があった。大人一人が十分通り抜けられるくらいの円環が俺たちを迎えた。


(神社にある、茅の輪くぐりみたいだ)


 しかし、中央の輪から向こうの景色は見えない。

 まるで水溜りに浮いた油膜みたいな、キラキラした虹色を呈しており、まさに別世界に繋がっていそうな雰囲気を醸していた。


「さ、参りましょう。我々の聖域(シェルター)へ」

「……いこう。みんな、警戒は怠るなよ」

「はい」


 シトリスとカルマンダに促され、俺たちはその輪をくぐった。しかしその瞬間、あの虹色の瞬きは消え、逆に暗転し明かりが無くなった。


「暗っ。みんなついてきてるか?」

「はい」

「大丈夫です」


 あまりの暗さに不安になるも、ウェルテとトモエさんの声を聞いて、少し安心した。

 真っ暗な道だが、地面はちゃんとあり、ふわふわとした芝生を踏んでいるようだ。

 不思議な感じだった。


 そしてしばらく歩くと、前方から光が見えてきた。先導したシトリスとカルマンダの人影がくっきりと見え、その先には光──森の木漏れ日のような柔らかな明かりが確認できた。


(出口、か)


 俺は、エルフェイの聖域(シェルター)に足を踏み入れる。

 地面はしっとり湿っていて、湿度を帯びた空気が、体にまとわりつく感覚。

 そこが奥深い森の中であることを、肌で感じられた。


「──!!」


 しかし、目に飛び込んできた風景は、彼らエルフェイの『聖域』というには、いささか場違いだった。


 生い茂っていただろう草木は、ところどころが枯れていた。

 元々は大木だったと思われる木々は、朽ちて葉が落ち、大きく傾いていた。


 なにより違和感を持ったのは、ニオイだ。

 森林浴が楽しめるような匂いでは無かった。

 有機物が腐敗し、発酵しているような臭いだ。


「こ、ここが……うっ」

 後ろにいたウェルテも、つい反射的に鼻をつまんだようだ。


「ええ、ここが我々の聖域です。ようこそ、アル=パタルー」


 シトリスが大げさに手を広げ、俺達を迎えた。

 しかし俺は、彼女のリアクションより周囲の環境が気になってしまっていた。


「なんというか、思ったよりも……」

 そんな本音が出そうになった瞬間、周囲の茂みの中からゾロゾロと人影が現れた。

 彼らは一様に、剣や槍、弓などといった武器を携行していた。


「……やっぱ待ち伏せ、は、あるよな」


 しかし彼らは皆、目に覇気はなく、口はだらしなく開いているような者もいた。

 屋敷を襲撃してきたエルフェイと同じだ。


 推測だが、シトリスが戻ったタイミングで仕組まれていたのだろう。


「! ランジェ様っ! ゲートがっ!」

「な、なにっ! しまった!」


 後ろの門から着いて出てくるとばかり思っていた。

 だが、その草のゲートは、今は光を帯びていない。ポッカリと、茅の輪があるだけだった。


「サーラ! トッシュ! トモエさん!」


 油断していた。明らかに相手の術中だ。

 必死にイヤホンをタップするも、通信は届かなかった。


「招かねざる客には、お引き取りいただきましたわ。欲しいのは、アル=パタルー(あなた)と、そこのエルフェイだけだもの」

「こいつ……!」


 シトリスは笑顔だった。人を小馬鹿にするような。周り全てを見下したような、不快な笑みだった。自然な温かさなど、到底感じられなかった。


「『策もなく、敷居をまたがせると思いまして?』……貴方がた人間の真似、ですわよ……くすくす」



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