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第9話 共闘

 森が揺れていた。


 木々が軋み、地面が震える。


 咆哮だけで、周囲の魔物達が一斉に逃げ出していく。


「おいおい……」


 ガルドの額に冷や汗が浮かぶ。


「これ、本当に試験か?」


 カナトも同感だった。


 右眼が焼けるように熱い。


 森の奥から近づいてくる魔力。


 重い。


 濁っている。


 まるで巨大な災厄そのもの。


 そして。


 木々をなぎ倒しながら、“それ”が姿を現した。


 全長五メートルを超える巨体。


 黒い外殻。


 異常発達した右腕。


 頭部には捻じれた角。


 そして全身から溢れ出す、泥のように濁った黒い魔力。


「……魔人種」


 リゼアが低く呟く。


 その声から、初めて余裕が少し消えた。


「知ってるの?」


「高位個体。普通は前線にしか出ないわ」


 つまり。


 アルビオン入隊試験にいていい存在ではない。


 魔人種が低く唸る。


 その瞬間。


 カナトの右眼が未来を視た。


「避け――!!」


 直後。


 魔人種の右腕が振り抜かれる。


 轟音。


 空気そのものが爆ぜた。


 数メートル後方の木々がまとめて吹き飛ぶ。


「っ!?」


 ガルドが目を見開く。


「なんだ今の!?」


「衝撃波……!」


 ただ腕を振っただけ。


 それだけでこれ。


 まともに受ければ即死。


 だが。


 リゼアだけは笑っていた。


「面白いわ」


 その赤い瞳に宿るのは恐怖ではない。


 歓喜。


 次の瞬間。


 彼女の掌から真紅の炎が放たれた。


 爆炎。


 熱風。


 轟音。


 大気を焼きながら、灼熱の奔流が一直線に魔人種へ叩き込まれる。


 森が真紅に染まった。


 だが。


「……は?」


 リゼアの瞳が見開かれる。


 爆炎の中。


 ドス黒い魔力を纏った魔人種が、その炎を真正面から押し割りながら歩いて出てきたのだ。


 外殻の一部が焼け焦げている。


 それだけ。


「嘘でしょ……私の炎をまともに受けて」


 その瞬間。


 魔人種が地面を蹴った。


 爆発的な加速。


 巨体とは思えない速度。


「リゼア!!」


 カナトが叫ぶ。


 黒い拳が振り下ろされる。


 轟音。


 リゼアがいた場所がクレーターのように陥没した。


「チッ……!」


 寸前で跳躍回避。


 だが魔人種は止まらない。


 追撃。


 空中のリゼアへ狙いを定める。


 その時。


 カナトの右眼が、“最適解”を捉えた。


 視える。


 筋肉の動き。


 魔力循環。


 外殻の強度。


 そして。


 首元。


 ほんの僅かに魔力の流れが乱れている箇所。


「――そこだ」


 カナトが叫ぶ。


「ガルド! 首の右側! 外殻が薄い!」


「マジかよ!?」


「三秒後、左腕が空を切る! その直後、一瞬止まる!」


 ガルドは疑わなかった。


 地面を蹴る。


 予測通り。


 魔人種の左腕が空を薙いだ。


 そして。


 一瞬だけ生まれる隙。


「うおおおおおっ!!」


 ガルドの大剣が叩き込まれる。


 ギギギギィィン!!


 火花。


 衝撃。


 そして。


 バキィッ!!


 黒い外殻が砕け散った。


「グォォォォオオッ!!」


 魔人種が初めて苦悶の咆哮を上げる。


「リゼア!!」


 カナトが空中の少女を見上げて叫ぶ。


「今なら通る!!」


 リゼアが一瞬だけカナトを見る。


 平民。


 本来なら、命令されるなどあり得ない。


 だが。


 カナトには、一切の迷いがなかった。


 “視えている”。


 本能がそう告げていた。


「……気安く指図しないで!」


 吐き捨てながら。


 リゼアの掌へ、超高密度の炎が圧縮されていく。


 空間が悲鳴を上げる。


 熱量だけで空気が歪む。


「塵に還りなさい!」


 放たれたのは、太陽を槍へ変えたような真紅の閃光。


 一直線。


 ガルドがこじ開けた首元へ、寸分違わず突き刺さる。


 直後。


 天地を揺るがす大爆発。


 轟音。


 熱風。


 そして。


 魔人種の首から上が完全に吹き飛んだ。


 巨体がぐらりと揺れる。


 地響きを立てて倒れ伏した。


 静寂。


「……ははっ、やったか?」


 ガルドが肩で息をしながら呟く。


 だが。


 カナトだけは武器を構えたまま動かなかった。


 右眼が、狂ったように熱い。


「……いや」


 嫌な予感。


「離れて!!」


 次の瞬間。


 首の断面から、ドクドクと黒い魔力が噴き出した。


 泥のような瘴気。


 それが周囲へ広がった瞬間。


 木々が一瞬で腐り落ちた。


「なっ……!?」


 ガルドが息を呑む。


 さらに。


 ボキボキ、と不気味な音が鳴る。


 骨。


 肉。


 血管。


 すべてが蠢きながら再生していく。


 首が、生えてくる。


「……再生してる?」


 カナトの声が僅かに掠れた。


 しかも。


 さっきより魔力が増えている。


 周囲の空気そのものが毒へ変わっていくような圧迫感。


 リゼアの表情から、完全に笑みが消えた。


「……冗談でしょ」


 その声には。


 初めて、本物の緊張が混じっていた。



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